3.皆は神に選ばれた。
少年は落ちる。奈落の底へと―――
「―――そなたらを、我が国の戦士として迎え入れよう!」
「有り難く存じます……」
ペイン王国、王城内。
王、謁見の間にて、俺たちは“誓いの儀”たる物を行っていた。
異世界から召喚された俺たちを客人として迎え入れると共に、ペイン王国の剣として雇われる事を誓う儀式だそうだ。
基本的に俺たちがする事は無く、ただ国王の話を聞いているだけでいいのだが、そうでない奴もこの場には居た。
「―――そしてそなたら。一歩前へ出たまえ」
「「「「「はい」」」」」
国王に呼ばれて俺たちより前に歩み出る5人の人間。
「そなたらは、この者達の中でも特に丁重に扱わせて頂く。まさか、千人に一人と言われる数値100の逸材が5人も居るとは思わなかった故な」
そう。その5人は、闘気・魔力のどちらか、もしくは2つの合計数値が100にまで達していた人物なのだ。
たった今国王も言ったが、これは千人に一人と言われているくらい珍しい事で、その5人以外のクラスメイトたちは大体一人あたり50〜70くらいの数値らしい。
しかし、それでも一般的な平均値より高いらしく、初期数値で50超えはまず滅多にある事じゃないのだとか。
「そなたらは、鍛えればいずれ世界最強へと至れる実力を持っている筈。なればこそ、我々がそなたらを必ず強者へと鍛え上げてみせよう」
ただ、俺だけは例外だ。
生まれてくる赤ちゃんですら、合計10以上あるという数値が、俺は2つ合わせても2だったのだから。
鍛えれば数値は上がるというが、それもまだ信用出来ない。
そして、そんな数値100というあり得ない実力を持っているメンバーと言うのが―――
「ヒカミ・ソウカ、シキガミ・メイ、シキガミ・ユウ、サカキバラ・レイ、カゲサキ・カナデ。
以上5名には今日からこの城を拠点とし、貴族と同じ扱いをする事を約束しよう! その他の者たちについても、貴族寄りの扱いをする事とする!」
「はっ」
「では、この5名以外は解散とする! まずはそなたらの拠点となる寮舎や訓練場、また金銭稼ぎの為のハンター登録をしてくるといい! 寮舎にはこれからの生活に必要な物や金があるはずだ! では、来たる戦に備えて頑張りたまえ!」
そう解散の号令を王様がすると、クラスメイトたちはそれぞれ親しい者たち同士で城を出ていく。
(俺も行くかな……)
とにかく今は時間が惜しい。
少しでも鍛えないと、いずれ俺は後悔する事になるだろうから。
「―――あ、あの緋神くん……」
「あ……影咲。その、なんだ。おめでとう、数値100……凄いみたいだな」
俺もクラスメイトたちに続いて城を出ようとすると、影咲に呼び止められた。
だが、緊張してるせいもあって俺はそう祝福の言葉をかけるとすぐに振り返ってしまう。
(数値2と100じゃ……釣り合わないっての)
自らの恋心を押し殺し、とにかく今は影咲や姉ちゃんたちの側に入れるように訓練をしないといけない。
訓練で数値が上がるなら、それしか俺に生きる道は無いのだから。
「えっ……」
「ご、ごめんな影咲。俺、ちょっと考え事があって―――」
「―――そんな者、放っておけ! そなたは神に選ばれた者なのだ。それに対しそこの少年は赤子より価値のないゴミなのだから! ゴミに神が話しかけるなどおかしな話だろう! ほら、分かったらこちらへ!」
(……ッ。そうか、俺は……ゴミか)
俺と影咲が話しているのを見たペイン国王は、そう怒声を放った。
「そ……んな。いくら何でも、それは言い過ぎでは……!」
「言い過ぎなモノがあるかッ! その少年を召喚する為に一体何人の民が犠牲になったと思っている! 最初にそこのゴミの数値を聞いた時は心臓が止まるかと思ったわ!」
「……でも、だからと言って!」
「―――やめてくれ影咲ッ!」
「ヒッ……ひ、緋神……くん?」
俺は、つい叫んでいた。
本当はこんな事したくはない。でも、しないと駄目だった。
―――俺の心が、壊れてしまう前に。
「ぐ、紅蓮……」「センパイ……」
「後輩……」「紅蓮……」
「もう、いいんだよ影咲。そうだよ、俺は国王陛下の言うとおりゴミだ。測定の結果、合計数値が2だった……正真正銘のゴミなんだよ……ッ!」
「そ、そんな……!」
「もう、いいんだよ……。隠してて、ごめんな。でも、俺のことはもう放っておいてくれ。姉ちゃんたちも、頑張ってくれ。
―――じゃあ、また……」
俺は飛び出した。
それはもう無我夢中で。
あの場所にいると、何もかもが否定されているような気がして。
国王のゴミを見るようなあの目。
影咲や姉ちゃんたちの、あの俺を憐れむような目。
きっと違う。
国王はともかく、姉ちゃんや影咲たちは純粋に俺を心配してくれているだけなんだ。
そんな事は分かっている。
分かっているけど……とにかくそう見えてしまって、どうにかなりそうだった。
「はぁっ……はぁっ……!」
城を飛び出して、走って走って走りまくった。
場所も分からない国の中を、とにかく一人なりたくて走りまくっていた。
気づけば、俺は古びた遺跡のような場所へと辿り着いていた。
「こ……こは……?」
視線を巡らせる俺。
すると近くには看板が立ててあり、そこには『危険、入ルナ』の文字が書かれていた。
(危険……? これの何処が……)
神秘的な雰囲気を醸し出した、少し古びた遺跡。
―――ポツ……
「あ……め?」
ただ遺跡を眺めていると、雨が振り始めてきた。
始めはポツ、ポツと水滴が少し降ってくるくらいだったのが、一瞬にしてザーッと豪雨へと変わっていく。
それはまるで、今の俺の心を現しているかのような雨だった。
(雨宿りしないと……)
濡れて風邪をひいてしまえば、今後の訓練に影響が出てしまう。
そう考えた俺は、いけないとは思いつつも雨宿りの為に看板の警告を無視して遺跡の中へと足を踏み入れた。
「……案外、大丈夫そうだな」
俺は遺跡の中を進んでいきながら、そう呟く。
遺跡の中は火が灯っていて明るいし、虫や、居るのだとすればモンスターのような生き物も一匹たりとも確認できない。
ただ少し、遺跡の天井から雨漏りしてるくらいだ。
「……綺麗だ」
歩き進んでいくと、やがて大きな空洞に辿り着いた。
そこには正面に祭壇のような物があり、壁一面に飾られた大きなステンドグラス……? のようなものがキラキラと輝いていた。
そして何よりも目を引かれたのは、その祭壇に飾られた一本の剣だ。
「だいぶ、錆びついてるんだな」
誰も手入れをしていないのだろうか。
ところどころ錆びついていて、少し汚いが、それでもステンドグラスの光を受けたその剣は、白くてまばゆい光を放っていた。
「少しくらい、触ってもいいよな……」
そう不安になりながらも、俺は祭壇から剣を引き抜き、その刀身を撫でる。
「綺麗だ……本当に」
俺が触れると、光の当たる角度が変わったからか、青白い輝きに変化した。
なんかこうなると、俺が触れたことで反応を示したみたいな感じがしてちょっと嬉しい。
(どうせ暇だし、雨も強くなってきたし……折角だから、この剣を綺麗にして眺めてようかな……)
俺は近くにあった小石を広い、剣の錆びや汚れを落とそうとしてみる。
だがきっとこんな物じゃ汚れは落ちないだろう。
「雨がやんだら、また磨きに来てやるからな。それまでこれで、我慢してくれよ」
そう独り言を呟きながら俺は。
一人寂しく、錆びた剣を小石で磨くのだった。
■
雨がやみ、遺跡から紅蓮が立ち去った後。
祭壇に飾られた一振りの剣は、再び青白く輝く。
『ようやく出会えた、運命の人です……! 明日が、楽しみなのです……!』
剣は待つ。今日も待つ。
己を扱える、“マスター”が現れるのを、ずっとずっと。
◆
「―――では、本日はこれで解散と致します。皆様、どうぞゆっくりとお休みください」
国王の側仕えの女性が、そう言って5人の人間を部屋へと案内した。
ようやく解放された喜びと、そしてこの事態への疲れからか5人とも軽い挨拶をしたあと、それぞれの部屋へと入っていく。
全員とも、何か思うことがあるようで。
それぞれの思いを胸に、夜は更けていく。
「―――嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた……。
ああ私の馬鹿。なんで気付いてあげられなかったの。あああ……あああ……紅蓮くん紅蓮くん紅蓮くん紅蓮くん紅蓮くん紅蓮くん……!」
影咲奏は、そう叫びながら壁をその小さな拳で殴りつけて。
「あの国王……絶対に許サナイ……!」
そして、国王への殺意を高めていた。
「―――紅蓮を、傷つけた。アイツは、紅蓮を傷つけた。あの子を虐める奴は、全員許さない。父さま、母さま……見ててね。私が、あの子を守ってみせるから」
緋神蒼華は、紅蓮を守る事を誓い。
「―――センパイ……センパイ……ああ、大丈夫かなセンパイ。私が居ないとセンパイは駄目なのに……」
式神冥は、紅蓮を心配し。
「―――紅蓮。君はどうしていつも僕から離れていくんだ。いや……僕が、君を突き放しているというのか……?」
式神悠は、己を見つめ直し。
「―――フム……後輩が居ないとこのメンバーは機能しなさそうだな」
榊原麗は、今後の事について考えていた。
それぞれの思いが、交錯する夜。
物語が動くのは、来たる翌日だ。
大事故が起きて小説本文を全て消してしまうという事態が発生しました
必死にバックアップを探して、何とか一時間で書き上げました
また後日改稿します
次回更新は懺悔の意味も込めて明日の22時にします
では次もよろしく!