2.俺は主人公じゃなかった。
少年は、主人公にはなれない―――
「―――ようこそおいでくださいました! 異世界の勇者様!」
白き衣に身を包んだ一人の老人が、両手を広げてそう言った。
広いドーム状の室内には、その老人の声が反射して響き渡っていく。
「こ、これは……?」
ようやく光に目が慣れてきて、だんだんと視界が回復していく。
周囲を見渡すと、俺以外にもあの時教室内にいた人は全員近くに居るようだった。
しかし全員、何事かと騒いでいて気が動転しているのが丸わかりだ。
「緋神……くん?」
「影咲……大丈夫か?」
俺の制服の裾をギュッと掴んでいた影咲も、だんだんと状況が理解できたのか、肩を震わせながら俺にさらに近寄ってきた。
姉ちゃんや悠兄さん達も、不安なのか俺たちの方へと歩み寄ってきた。
「紅蓮、これって……」
「センパイ、何が起きたんですか……?」
姉ちゃんと冥は俺にそう聞いてくる。
しかし俺だって何が起きたかは分からない。だから答えられるわけなんて無かった。
「一旦、落ち着いて状況を―――」
俺がそこまで言いかけた時だった。
「皆様のその反応、無理はありません。しかし、我々は今大いなる危機を迎えているのです。その為に皆様には来ていただいたのです!」
白衣の老人は、再び俺たちに語りかけてくる。
しかし、やはり何を言っているのか分からない。分かる言葉は『勇者』や『異世界』、そう言うファンタジーな言葉くらいだ。
「あの、一つ聞いても宜しいですか?」
すると、この中でも一番堂々とした様子の人物。
そう。生徒会長が白衣の老人へと問いかけたのだ。
「ええ、何なりと」
「ではお聞きしますが、ここは何処なのですか? 何故私たちはこんな場所に居るのでしょうか?」
「フム……いいでしょう。説明致します。貴方たちがここに召喚された、その理由を―――」
そう言うと、白衣の老人は語り始めた。
―――この星の名は、ディルへイム。
そして、今俺たちがいるこの場所は、ユーストリア大陸の小国・ペイン。
さらに細かく言うなら、その小国の一角に位置する建物―――聖堂という場所らしい。
聖堂とは、俺たちの世界で言う教会のような役割を持った施設らしく、神に祈りを捧げたり、身寄りの無い子供たちを引き取って育てたりしているらしいのだ。
そしてそんな小国ペインの聖堂に、何で俺たちが居るか……だが。
俺たちは、“召喚”されたのだ。これも現代日本風に言い換えれば、“異世界転移”という奴だ。
ディルへイムでは世界全土を巡った戦いがもう云百年と続いており、ユーストリア大陸も連合国軍を結成し、まずは何とか他大陸との決着を着けようとしているのだが、ユーストリア大陸自体がそもそも小さな大陸であるが故に弱小国ばかりが集まり、他大陸の国々からは“ゴミ溜め”とも言われる始末らしい。
そんなユーストリア大陸は、遂に禁忌とされている呪法―――“降臨”を使ったのだ。
それは別世界・別次元からの勇者や救世主となる存在を召喚・降臨させる禁忌の魔法。
発動するのには大きな犠牲が必要だという。
そんな禁忌の魔法によって召喚されたのが、あの時2年D組に集まっていた人間だったと言うのだ。
「―――では、貴方たちは我々に、戦争に参加しろとでも言うおつもりですか!」
「ええ、もちろん」
話を聞き終えた会長は、当然のように噛み付いていった。
しかし、白衣の老人はそれは許されないと言った様子で応える。
「どうして……ッ! 私たちは戦いなんて経験した事は―――」
「―――そこは安心してください。異世界の者たちには、必ず強力な力が宿ります。それは、今までの研究によって既に証明されている」
「力があるからって、戦えるわけ―――」
「―――貴方たちは、戦わなくてはならないのです」
意地でも噛み付く会長。
だがそれは、老人の放たれた言葉で止めざるを得なくなってしまった。
「―――貴方たちを召喚するのに、一体どれだけの民が犠牲になったと思うのですか」
俺たちを召喚するのに払ったという犠牲。
俺たちにはそんなこと想像もつかないだろう。
しかし、受け入れるしか無いのも事実だった。
心が嫌がっていても、脳が理解をしてしまっていた。
「そん……な……」
正義感の強い会長は、その言葉でノックアウト。
膝をついて、震えていた。
自分たちの為に、たくさんの人が死んだのだ。
想像するだけでも吐き気がする。
「―――お前たち、彼らに“アレ”を」
「はい、聖堂長様」
聖堂長―――そう呼ばれた白衣の老人が、周りにいた側仕えの女性に声をかけると、その女性は俺たち全員に腕輪のような物を渡し始めた。
銀色の、細い金属製の腕輪。
途中に腕輪の横幅にちょうど収まるレベルの緑色の宝石がはめ込まれていた。
「これ……は?」
「そちらは、皆様の能力値を測るアイテムです。どうぞお付けください。そうすれば、皆様の能力値を自動で測定致しますので」
能力値を測るアイテム。
そう言って渡された腕輪を、俺たちは何の躊躇いも無く付けていった。
俺だけじゃなく、他のクラスメイトたちも付け始めていく。
「その腕輪で分かるのは、皆様の職業適正です」
「職業、適正……?」
「はい。この世界には、二種類の職業分岐があります。
一つは闘気を持つ者がなれる職業、“闘士”。そしてもう一つは魔力を持つ者がなれる職業、“術師”。
その腕輪で分かるのは、どちらの力を持っているか……或いはどちらの力のほうがより多く保有しているか。それが分かるのです」
聖堂長がそう説明すると、腕輪の宝石が緑色に光った。
「測定終了です。皆様、腕輪の宝石に触れて見てください。そうすれば、皆様の適正が見えますので」
(宝石に、触れれば―――)
その言葉で、俺を含めたクラスメイトたちは全員宝石に触れる。
すると俺たちの目の前には、まるでSF映画のような半透明のスクリーンが現れたのだ。
「わ、私は魔力……って書いてあるね」
隣で影咲がそう呟く。
「私は闘気だった!」
「私もです〜」
「僕は魔力に闘気って書いてあるな」
「私は魔力のみらしいな」
姉ちゃんや冥は闘気、悠兄さんは中間くらいで、会長と影咲は魔力らしい。
全員でそう話していた。
他にもクラスメイトたちは、
「俺は闘気55だったぜ!」「フッ、私は魔力60よ!」
「おい見ろよ!俺ってば闘気35に魔力25だぜ!」「中途半端ね」
なんて、さっきまでの暗い雰囲気をかき消すくらいの陽気に包まれていた。
流石陽キャクラスだな。切り替えが早すぎる。
「あれ、緋神くんはどうだったの?」
みんなと話していた影咲は、俺の方に戻ってきてそう話しかけてくる。
しかし、俺は咄嗟にそのスクリーン画面(?)を隠す。
「えっ、な、何で隠すの?」
「いや、あんまり良くなかったからさ……」
影咲には悪いとは思いつつも、俺はこの画面を誰にも見せたくは無かった。
何故なら、俺の測定結果は割と悲惨な物だったからだ。
『闘気1 魔力1』
そう。お世辞でも良い結果だったなんて言えない、救いようの無い結果だったのだから。
どうやら俺は、この物語の主人公にはなれないようだ。
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次回更新は、水曜日22時予定
お楽しみに!