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メットン

柔らかく日光がふりそそぐ森の中。小さな、小さな村が埋もれるようにしてあった。


生活の音が響きはじめ、心休まる雰囲気がただよい始めている。そんな中を横切り、森へと歩いていく人物がいた。その人影は身長五十センチほど。すこし低めの頭に大きな帽子をのせて、ひょこひょこと歩いてゆく。目指すは村のはずれ、こぢんまりとした井戸だ。


その人物がかがんだ時、後ろから近づいてくる人影が一つ。すこし大柄のその人物はずんずんと大股で近寄っていく。


「よお、メットン! 今日も相変わらずだな」

「……ナコット! びっくりしたよ、おはよう」

「ん、おはようさん」


ナコットと呼ばれた八十センチと大柄なその人物は、小柄なほうの人物……メットンの帽子を取り上げて、頭をなでる。親愛のこもったその手のひらに、メットンはされるままでいた。

ナコットは二百年ほど前に初めて出会ってから、メットンの親友らしい。


この世界において自分たち「コット」と自称する人々は、それぞれ絶えず死と生を繰り返してきた。肉体はたったの五十年で命を終えるが、その魂はまた亡骸から生まれでる新しい肉体にうつって、ふたたび人生をつづけてゆく。

ひとりの体の中で、死と生が共存する。それがこの世界の常だった。


しかし、メットンに前のメットンだったころの記憶はない。前の「メットンだった者」の魂は、なにがあったのか死の国——スンヤへと旅立ってしまったのだった。なのでメットン自身には他のコットのように、いままでの自分自身の記憶があるわけではない。

まるきり新しい、赤子のような魂のやどったもの。それが今のメットンだった。


メットンに記憶はないが、それでもコットの住民たちが皆口をそろえて「メットンとナコットは親友だった」と言うのだ。それにナコットの面倒見の良さからしても、それに間違いはないのだろう。

そう判断して、メットンはナコットにいろいろと頼れるところは頼るようにしている。


「ほら、汲めたぜ。しかし、なんでこんな井戸が怖いかな」

「だって、積まれている石は低いじゃないか。うっかり落ちたらと思うと、怖いんだ」


メットンは、その深く掘られた井戸が苦手だった。水を汲む時は井戸の中にひっぱられているような心地がするし、それに耐え切れずうっかり落ちようものなら二度と這い上がってこれないんじゃないかと思うのだ。

だから、朝ナコットに出会えたらいつも水くみをお願いするようにしている。ナコットはそれが嬉しいようで、いつも上機嫌でメットンの分も軽々と汲んでくれるのだった。


「それにしても、前のメットンは活発で好奇心旺盛だったってのに、お前さんは何がそんなに恐ろしいんだ? 」

「し、知らないようそんなの……とにかく怖いんだもの」

「わはは、まあそらそうだよな! 悪い悪い」


そう、「前のメットン」はどんどんやりたい事をやる、今の自分とは正反対の性格だったらしい。生まれて五年が経った今でも未だに「前のメットン」と比較されることは多い。

それというのも、スンヤにいくことで全く別の人格になる。それがみんなの恐怖心をあおったからだった。

大人たちが「スンヤにいったらああなるのか」「スンヤに行くということはどういうことなのだろう、恐ろしい」と怯えていたのを幼いながらも聞いていたのを覚えている。


それを「聞かないでいい」と耳を塞いでくれたのも——今目の前にいる、ナコットだった。

まだまだ恐怖心とともにみられることも多い自分だが、それは見なくていい、聞かなくて良いのだ。自分は自分として生きていけば良い。


ナコットとふたり、村へと並んで歩く。この時間が、一日の中で特別に穏やかで満ち足りていて、お気に入りだった。木々の隙間から差し込む光の幻想、隣にいるナコット、踏みしめる柔らかい土。そのどれもが美しく感じる。


ここでなら。この森の中でなら、昔から素直になんでも話せる。なにかが心を解してくれるようなそんな心地がするのだ。


「ねえ、ナコット」

「んー? なんだ? 」

「前のメットンは、なんでぜんぶを持って行っちゃったのかな」

「…………メットン」

「皆みたくそのままのメットンでいたなら、自分はもっとみんなの役に立てたかも。周りに怯えることも少なくって。皆にスンヤの怖さを知らせることもせずにすんで。みんな穏やかでいられたはずなのにね」

「…………それは、前のメットンにしかわからないことだ。何かがあった。それだけは確実なんだろうさ。皆がいうような、サイクルを終えただのなんだのの理由があったりとかさ」

「……そうかなぁ」

「そうとも」


そんなことを話していると、あっという間に村についてしまう。足で土を撫でながら、言葉をつむぐ。


「あのさー……」

「ナコット! ちょっとこっち手伝ってくれ。キワンが上手く捲けないんだ」

「おーうちょっと待ってろ! どうした、メットン? 」

「んーん。なんでもない。いってらっしゃい」

「おう、悪いな。いってくら」


ナコットの背中を見ながら思う。


「自分は自分でいいはずだ。でも……」


自分はこのままで、果たしていいのだろうか。

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