第002話 オオハラさん、神に助けられる。
「オオハラさん? オオハラさーん?」
なんだかとても痛い感覚の後、ボクは女性に名前を呼ばれて目を覚ました。
というか聞き覚えのない声だ。クソ上司の声でもなければ、残してきた後輩の声でも逃げ出した先輩の声でもない。いったい誰だ……?
目を開けようとする。
するとその直後、目を開けていられないほど眩しい光が目に飛び込んだ。
「ああ。ようやく目が覚めましたか」
ボクが目を覚ましたのを確認したのか、目の前にいるだろう女性はそう言った。
「あ、アンタ誰だ? というかここはどこだ?」
「私はオオハラさんがいた世界の食神トヨウケ姫。そしてここは、俗に言う高天原です」
「……はぁ?」
意味が分からない。相手は電波系か?
なんか怖い。だからボクは一歩、後退しようとする……だが直後、ボクは激しい頭痛に襲われた。
「信じられないのも無理ありません。昔と違って、人は神を架空のモノと思うようになりましたから」
食神だという女性の声が、淡々と話し出す。というか頭痛い。
「しかし今は信じる信じないなどと言っている場合ではありません。異世界の危機なのです」
頭痛に襲われているボクを気にしていただけませんかねこれってもしかして電柱にぶつかった時のですかねぇ!?
「ああ、そういえば頭をぶつけたのでしたね。食い逃げ犯に突き飛ばされて」
「なっ!? あ、アレは食い逃げ犯のせいだった……痛ッ!!」
叫んだらさらに痛くなった……もう喋るのやめよう。
「大丈夫です。傷口は塞ぎましたから、いずれ痛みは引くでしょう」
「……は?」
言われて、初めて気付く。
今まで激痛のあまり頭を触っていたのだが、傷口の感触はない。代わりにデカいカサブタの感触がした。
相当酷いケガを負わなければ出来ないような、とてもデカいカサブタだ。電柱に頭をぶつけたのが現実なら、それがここに来ていつの間にか治っているのも、また現実のようだ。まだ痛むけど。
「電柱に激突して、打ち所が悪くて死にかけていたオオハラさんを治療するため、そしてオオハラさんに説明しなければいけない事がありましたので、ここ高天原にあなたを召喚しました。お話を、聞いてくださいませんでしょうか?」
…………相手が電波かどうかはともかく、治してくれた恩人……いや恩神?
とにかく、治療してくれた恩はある。だからボクは目の前にいる女性の話を聞く事にした。眩し過ぎて目は開けられないからそのまま頷く。
「本題に入る前にまず、オオハラさんがいた世界では『異世界』と呼ばれるモノが実在し、しかも無数に存在するという事を念頭に入れておいてください」
…………あれ? 高校の時、そういう話をアキバ系の同級生がしていたような?
「そしてその中には……惑星規模で飢饉が起きている世界がいくつか存在します。無論、まだまだ生きねばいけない異世界人達がいる世界です」
「……まさか、それをボクに救えと?」
ほんの少しだが痛みが和らいだので、試しに訊いてみた。
「ええ。救っていただきたいのです」
「えっと……ボクのいた世界の神が、異世界に干渉してもいいんですか?」
気になったので、訊いてみた。
なんか普通に考えたらそういうのいけない気がする。というか他人の仕事を奪うみたいでボクは嫌だ。
「異世界の神も家族のようなモノですから、困った時は手を貸します。別にそれを禁止するルールもありませんし。オオハラさんの世界でもそうじゃありませんか? 人類みな家族とか共存共栄とか言うじゃありませんか。神の世界でも基本そういう感覚です」
そ、そういう感覚でいいのか神社会。
「でも救うと言っても、ボクは料理できないですよ……まさか、そういう能力でもくれるんですか?」
同級生のアキバ系の話をなんとか思い出しつつ、訊いてみる。
確かこういうのは『異世界系』だとか言われてて、神とか天使とかが主人公に、特殊能力を与えて異世界に放り出す……的な感じの話だった気がする。
「残念ながら、今回ばかりはそういう能力を下手に与えるワケにはいきません」
「え、そうなんだ」
少々ガッカリした。
異世界系なんていうのは個人的に物凄く危険そうな印象を受けるが、特殊能力には憧れる。こんなボクにも、チューニ病な時期がありましたとも。どこぞの奇妙な冒険記やら女人禁制塾を読んでいた影響で……今では凄く恥ずかしい黒歴史だが。
「なぜならば異世界人にとって、別の異世界人が作った料理は……時にとても危険なモノだからです」
「…………ん?」
あれ? なんか予想とは違う理由だな。
「あなたは、イザナギ様とイザナミ様の話の中に出てくる、黄泉戸喫という言葉をご存知ですか?」
「ああ、それはなんとなくだけど知ってる」
黄泉の世界の食べ物を食べる事、だった気がする。
そしてそのせいで、イザナミ様が黄泉の世界から出られなくなったとか。
人伝に聞いたのかそれともTVで紹介されたのかはもう忘れたけど、確かそんな話だった。
「ちなみに希臘国にも、冥界の食べ物を食べた影響で、滅多に元の世界に戻れない体質になってしまった女神が登場する神話が存在します」
「え、外国にも似た話があったの?」
これは初耳だ。
「そしてそれらの話には……モデルがあるのです」
モデル?
「まさかとは思うけど……それって異世界人?」
「はい。その通り、異世界人です」
やっぱりか。
「大昔、とある異世界人が……勇者として召喚され、別の世界へと転移しました。そしてその世界のモノを食べた異世界人は徐々に強大な力を身に付け……最終的には力に溺れ、理性が消失し……災害級の存在になりました。原因は、調べるまでもなく……別の世界の食べ物を食べた事。つまり異世界人にとって異世界の食べ物はその人を災害級の化け物に変えてしまうほどの力を与える〝禁断の果実〟に等しいモノだったのです。ですから私たち神は同じ悲劇をできる限り繰り返さないよう異世界召喚、もしくは神隠し……もとい異世界転移に遭った者が警戒してくれるよう神話の中に……いつの間にか比較的マイルドな描写に改変されましたが、とにかく神話の中にその話を【警告】として組み込んだのです」
……なんか物凄く、怖いな異世界。
そして、なるほど納得な神話の真実。
いや目の前の人が女神かどうかまだ分からないけど。
「その元異世界人は、その世界を創った神の手によって討滅されましたが……この悲劇は、事故や異世界召喚によって異世界に転移してしまった者が、そういう効果を無効にする特異体質を持っていない限り……今も続いています」
……本当にあるんだな、異世界転移。
いや、今のボクの状態も同じか……というか、
「それじゃあ、どうやってボクに異世界を救えと?」
「オオハラさんの体質が、異世界を救済する鍵なんです」
「……え? それっていったいどういう事?」
「実はオオハラさんこそ、異世界のモノを食べた異世界人が化け物になってしまう現象……私たち神の間では【異世界病】と呼ばれるモノを無効化できる、先ほども言った特異体質の持ち主なんです」
「え、ええっ!? なんだって!!?」
「そこで話は戻りますが、その体質を持つオオハラさんには、飢饉で苦しんでいる世界の人達が食べても大丈夫な食材がある世界を、探し出してほしいんです」
「え、という事は……いろんな世界でいろんな物を食べてこいと?」
し、仕事を貰えるどころかその仕事として食事してもいいと!!? な、なんて夢のような話なんだ!! ボクは心の中で何度もバンザイした!!
今も頭痛がして下手に動けないから心の中でだ!!
「でも、無効化しちゃうなら……それが食べ物を求める異世界人に合うか、分からないんじゃないかな?」
しかしボクはバカじゃない。
重要な事を訊くのを忘れない。
「それについては、私から特殊能力……消化器官の一部のみを、救うべき異世界人のモノに変身させる【限定変身能力】を差し上げますので大丈夫です」
「そこは従来の『異世界系』かッ」
なんかガッカリだ。
「というか、他の人をボクと同じ体質にすればいいんじゃないですかね?」
だがガッカリしてないで、次の質問に移る。
この質問も重要だ。神ならばそれができるハズなのだし。
そしてそれができるなら、異世界に行くのはボクじゃなくてもいいハズだ。
「確かに人手は欲しいです。ですがそのような事をしてしまえば、異世界へと侵出できる異世界人が増えて、その分、現地人と戦争になる確率が格段に上がります。だから限られた人にしかこの仕事は依頼しません。例えば天文学的な確率で無効化体質になったオオハラさんとか。料理を作る事ではなく食べる事が好きなオオハラさんとかに」
……雇う人をボクのような人間に限定して、ボクと同じ体質の人間が必要以上に異世界に行かないようにしているのか。
他にも選定基準があるんじゃないかと思うけど……異世界の料理食べられるし、再就職できるから細かい事は不問にしよう。
「分かりました。その依頼、受けます。ちょうど会社辞めたし」
「ありがとうございます。では他にも必要な特殊能力を差し上げます。ええとまずは【異世界移動能力】に【異世界語相互理解能力】に、護身用に【絶対回避能力】……そしてその世界の通貨を手にできるように、少々【金運】も上げておきます」
「おお。確かにそれらも必要だな」
逆に無かったらいろいろ困る。
「ではオオハラさん、いってらっしゃいませ」
目の前の女性の声が、上から下に移動した。
おそらく頭を下げたんだと思うけど……眩しくて確認できない。
というかなんだか、周囲の光がさらに眩しくなってる気が――。