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第七話:取締役解任

 葵が立ち上げた商人連盟『山束高校生徒会』が軌道に乗るのに、二週間も要らなかった。


 今日も朝から葵の鋭い指示が飛ぶ。


「副会長、リストアップした商人を傘下に加えます。契約書の準備を」

「はいっ!」

「桂木さんはもう一つの買収候補の資金力調査」

「お任せください」

「あそこは最近事業に手こずっているようだから、取り込んでしまうチャンスです。間宮さんも補佐して」

「了解です!」


 みすぼらしい下宿先だったのも遠い昔の話。持ち前の才覚で一気に駆け上がった葵は、現在市場に最も近い一等地に居を構える。


 そしてその葵を万全にフォローしているのが、元の世界での生徒会のメンバーだ。葵会長を筆頭に、副会長、書紀、広報、会計の役職五人揃い踏みである。


 その勢いは飛ぶ鳥を落とすほどだ。首都ミッドランドやトリバレイで話題に上がっているくらいに巨大勢力になりつつある。


 次々にオッカズムの商人たちに投資、取り込んだ葵たち。初期投資こそ掛かったものの、葵の投資判断と契約の抜かりなさのおかげで、後はドカドカと利益が転がり込んでくる。はっきりいってオッカズムでは敵なし。


 このまま行けば『姫野商会』ともタメを張れそうだ。


 順調でめでたしめでたし☆ とならなかったのが悲しい所。


「三津谷君! 一昨日言っておいた護符の価格調査は終わっているの?!」

「は、はひ、これです。会長」

「遅い! こんなものは半日で仕上げなさい!」

「ひゃええ……」


 怖いのである。最近の葵はすっかりキャリアウーマンって感じだ。


 それも当然。扱っている金額は人死にが出てもおかしくない規模。生徒会の五人や傘下の商人たちの生活も掛かっている。責任感溢れる葵がピリピリするのは全く不思議じゃない。


 とはいえ、まいった。


 ぱしん!


 と調査報告書を引ったくった葵が、鬼の形相に変わる。元の世界の朝、服装を取り締まる校門前で見かけた表情である。


「全然間違っているじゃない。もう、こんな古い数値使えないわ」

「あわわわわ……」

「ふっ、三津谷さん。だから言いましたよね、私がやっておきますって」

「ぐぬぬぬぬ……」

「そうね。掛け持ちさせて悪いけど、副会長がやったほうが確実ね」

「はい。一時間後に持ってきますね。……ああ、一からやったほうが早いので、それはいらないです三津谷さん」

「およよよよ……(泣)」


 思ったとおり期待はずれだ、と首を振る葵会長。俺がまとめた市場調査は紙吹雪と化す。


 やれやれという困り顔、鼻で笑う副会長・渋谷芹(しぶやせり)。辛いぜ。


 順調な商人連盟の成長過程で、俺だけが足を引っ張っているのだ。苦手なんだよ、こういう細々したの……。トリバレイのために市場調査をすることはあるが、どうしても俺の要領は悪いので葵たちの要求速度を満たせない。


 他の三人の子達も、言葉には出さないけれど呆れて笑っている。正確には「勘弁してほしいよね」と小声で陰口が聞こえてきた。聞こえてるぞ小娘共。


(くそお……全員一週間前は捨てられた犬みたいだったくせに……)


 葵の落胆っぷりも相当なものだったけれど、他の四人だって負けてはいなかった。全員、転移特典は書面扱いや日常的場面をブーストするもの。元の世界での適正を反映しているのだろう。


 それは言い返せば、比較的粗野な環境では“役に立たない”という意味。ペンよりも銃が強い場面だってある。


 だから彼女たちは追放された。例の転移人グループから、葵に続いてはじき出されてしまったのだ。その兆候を俺は事前に察知していて、追放された副会長、書紀、広報、会計を全員スカウトして葵に引き合わせたというわけ。


 シーンさえ選べば、追放どころか大活躍できる人材なのは葵で証明済み。一度ペンが強い環境においてしまえば、後は『山束生徒会』フルメンバーを止められる者はいない。


 あっという間に現在の地位を築き上げてしまった。


「仕方ない。お茶くみでもするか」


 俺の微かな自尊心が砕け散るくらいに、ここではやることがない。出来ることはせめて葵たちの能率アップのために雑用。俺の唯一の長所(笑)であった資金力も、一度事業が軌道に乗ってしまえば大した影響力はないのだ。


 おかしいな。創業者のはずなのに。最近ごまを擦りすぎて手のひらから指紋が消えた。


 先々週、葵に淹れてもらった茶葉よりも遥かに上等なものを一杯。まずは葵のところに持っていこう。そのあとは「くすくす」と笑っている他の子達にもお運び申し上げる。はぁ。


「あっというまに乗っ取られ~……るるる~……どわっ!」


 しまった。


 ちょっとだけ、ほんの少しだけ視界があくびで滲んでいた(泣いてない)ために、足元の紙に気づかなかった。葵が先程呆れて放り投げた俺の調査資料。その最後の一枚を拾い損ねていた。


 踏み込んだ箇所が悪く、


 つるり


 と滑ってすってんころりん。盆に乗せていたカップ群が宙を舞う。


 スローモーションで放たれたカップは、最悪なことに集中しきっている葵の方にまっすぐと飛び――


 がちゃん!


 と中身を執務机の上にぶちまけた。


「あっ! か、会長! やけど……やけどしていませんか!?」

「……」

「今すぐ冷やして……!」

「大丈夫。手にはかかっていません」

「よ、よかっ……」

「そして決めました。三津谷君、あなたもう来なくていいわ」

「……え」


 びしょびしょになった執務机の上の書類。葵の知性の蓄積が、仕上がりかけで台無しになっている。


 お、俺またなんかやっちゃいました……?


 失望ここに極まれり、という表情で葵が宣言する。何を宣言したかって? 決まっている。


 クビだ。


「創業時の立ち上げ資金はこれね。ふむ、全体の一パーセントか」

「え”! お、おかしいですよ会長さん! 俺もっと出したつもりだったのに……」

「? 事業拡大で発行した株式は、全部私達五人が持っているでしょ。そりゃ、初期の投資がゼロになるわけではないけれど……はい、これ株主リスト」

「お、おお、お?」


 実務どころか名目上も乗っ取られていた。


 最初の立ち上げ資金の九十九パーセントは俺が出した。のにいつの間にか『山束生徒会』の株式保有率は、


・陸奥葵三十三パーセント

・渋谷芹副会長二十七パーセント

・間宮咲良書紀十三パーセント

・塚原花梨広報十三パーセント

・桂木桃子会計十三パーセント

・三津谷葉介元雑用一パーセント


 っていつの間にか株式会社としての規約とか利益還元ルールも定まっているし。知らないこんなの知らない。


「ちゃんと全体の利益一パーセントは還元するから、もう邪魔だし来ないで頂戴」

「……あの、他の株主の方々は今の提案に……?」

「「賛成」」


 株主の九十九パーセントが賛成。


 こうして俺の取締役末席という地位は剥奪されたのだった。


――


 葵の事務所を追い出され、とぼとぼと肩を落としてトリバレイへの帰路につく。


 失敗したなあ。いや、全体の一パーセントとはいえ、払った金よりは戻ってくる金のほうが多い。不労所得としては失敗ではないのだが……。


 成功でもないな。逃した利益は文字通り桁違いに大きい。


 普段より十センチほど低い位置の肩に、しゅるしゅると白蛇・次郎三郎がとぐろを巻く。


「これ、そう落ち込むでない三津谷」

「うう、またやっちまったよお、お師匠」

「お人好しを通り越して愚かな。あの五人組は全員、卿が助けたのであろう。

なぜああも無礼な態度を許せる。恩知らずと叱りつけてやったらどうか」

「……そういうわけにも行かないのさ」


 個人的な行動基準だ。城ヶ辻綾子を救ったときもそうだった。


 恩を盾にして女子の意思や行動を縛るのは、なんというか……卑怯な感じがするのだ。単に暴力で脅して支配するよりも、むしろ邪悪だと思うのだ。


 この異世界では困っている子は数え切れないほど多い。そういう子に出会うたびに、手助けしてあげて満足してしまうのは……、


「オスとしては失格なのかもな」

「少なくとも商売人としては失格だ。タダ働きだったな、三津谷よ」


 帰り道。カッカッカと笑う白蛇は、盃を一杯舐めさせたら愉快そうに眠った。


 タダ働きか。こいつは帰ったらもう一回叱られるな。佑香とかはサボりだと糾弾することだろう。覚悟をして東門をくぐった本拠地トリバレイ。


 そこで緊急に知らせを聞いた。『生徒会』が商圏広げるオッカズムが、魔王軍に強襲されている、と。

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