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第六話:筆に宿る奇跡

 魔法の契約書。この世界では単に契約書と呼ばれることが多い。


 なぜなら、それ以外の契約書はほとんど作られないからだ。


 葵の下宿先で仕入れ品を整理し終わり、一息つく。淹れてもらった茶を啜っていると、葵が魔法の契約書を一枚見せてくれた。


 どれどれ。


『・この集団に所属している転移人は、共益費として毎月金貨三枚を収めること。


 ・所属しているものは定例の会合への参加権を得る。


 ・所属している限り共同の物品を自由に使っても良い。


 ・クエスト攻略時のパーティー結成は、所属員を優先すること。


 ・二ヶ月連続で滞納した場合、所属の権利を剥奪する』


 と書いてある。葵が月費を納められなかったグループの規約か。


 A4一枚程度の羊皮紙。既に破棄された契約なので残り香でしか無いが、ぼんやりと魔力を帯びているのが分かる。


「この紙切れが一種の法執行機関になっているの」

「ふむふむ」

「だから商人への投資と利益還元も、こうして契約書にしてしまえばいい」

「違反したらどうなるんですか? 例えば……俺達が投資した商人が、融資金を持ち逃げしたりしたら」

「そうすれば契約書が効果を発揮。私のときみたいに権利を解除することもあるし。融資の場合はその金に相当する物品を、自動的に召し上げて正しい持ち主に送るの」


 おおー……。これめっちゃ便利。


 元の世界での魔法といえば、ゲームの中でしかなかったので攻撃や防御というイメージが多い。


 しかし、実際に魔法がある世界に来てみると、その術式の多くに非戦闘場面で出会う。


「ただ、これって投資側からしたら余りにも有利じゃありませんか?」

「というと?」

「例えば投資先が成功したら、そのまま利益を受け取る。失敗したら契約違反で元手を回収する、って出来るのでは」

「ああ、そういう訳でもないの」


 葵が人差し指を立てて説明を続ける。ピンと指を立てるのは彼女の癖のようだ。


 その説明によると、仮に普通に事業をして損しても、それは契約書通りのことを履行している。単に持ち逃げという契約違反とは話が違う、とのこと。


 なるほど。よく出来ている。


 しかも魔法によって悪意の有無を検出できるようにしているとは。これ、元の世界よりもむしろ裁判がやりやすそうだ。法治が劣っている世界という評価は取り下げなければなるまい。


「注意点としては、あまりに大きな金額は担保しきれないの」

「ほほう」

「大金を担保するには、高度な術で生成した羊皮紙を使わないといけないし」


 契約書そのものにもグレードがあるということか。上級貴族の全財産を契約するには、この世で最も上質な羊皮紙、高度な魔術準備、卓抜した仲介人、などなどが必要らしい。


 それでも担保できるのは金品のみ。人間そのものを縛って操る契約書は、おとぎ話で語られるくらいのもので実用化されていない。


 クナーズで手勢に迎え入れた荘園管理者キサラのような例もあるが、あれも契約書のみで行動を縛っているわけではない。大陸から無理やり引き剥がし、武力を背景に従えていた面も多い。


「しっかり契約書を作れば」

「むしろ元の世界より投資は安全。裁判のリスクがないから」

「よし……! 商人への投資、早速試してみます!」

「あら、頼りがいが出てきたね」


 やる気が出てきた。


 この契約書があれば、より高度な経済活動が可能だ。


 今までのトリバレイは姫野佑香様を筆頭に、自分の元手百パーセントの企業活動をしてきた。それはそれでいい。元手を全部出すというのは利益を独占できるということだから。


 ただ、全部自分の元手でやると限界がある。今の目標はミッドランド経済圏での影響力確保。まずは事業の数パーセントに投資するような、広く浅く手掛けるのが良いだろう。


「うん。三津谷君の資金力なら出来ると思うよ」


 またしても嫁さんたちの金貨に頼りっきりなのは心に来るが。そのへんはスルーしたいですね。


「早速明日から始めましょう、会長!」

「明日、うーん……こっちの装備を、転移人たちに卸さないといけないし……」

「じゃあ二手に分かれますか。投資の方は任せてくださいよ」

「大丈夫? 三津谷君、一人で出来るかしら」

「大丈夫ですって。善は急げですから! はっはっは!」


 翌日、俺は大損こいて泣きながら葵の帰りを待つことになる。


――


「か、か、か、会長~~~~っっ!」

「ええぇ……、出かけた時はあんなに自信満々だったのに。様子が違いすぎる……どうしたの三津谷君」


 俺は床に突っ伏して泣いていた。


 朝は元気よく葵を見送り、昼から露天商の商人たちと投資契約を交わし……。


 夕方には手持ち資金の三割をすって泣いた。なんで。


「……はぁ……三津谷君って、頼りになるんだかならないんだか……」

「うう”う”う”う”」

「はいはい。どうしてこうなっちゃったのよ」


 説明すると長い。


 商人がいい品々を知っているというので、その仕入れ資金の一部を投資。売却益を還元してもらうことにした。無事売れたら元手も返すとのことで、割の良い案件だと思った。


 そしたら仕入れの馬車が途中で盗賊に襲われたんだって。あれ、あんまり説明長くならないな。割と単純にテンポよく金貨スった。


「ってことらしいんですわこれがぁ!」

「……ま、まさかとは思うけど、仕入れが失敗した時のことは契約書に織り込んだのよね?」

「……?」


 はて、と首をかしげると、葵は絶望的な表情を浮かべる。


 言われるがままに今回契約書を差し出す。と、これ以上ないと思われた葵の呆れ顔は三倍くらい濃くなった。


「じょ、条項少なすぎるでしょう……」

「え?」

「今回の仕入れルートの規定は? 盗賊対策の費用下限は? 被害を分散させるために馬車は増やしているのよね?」

「……あのー……」

「していないの」

「はい」


 くらっ、と葵が頭を抱える。


「こんなペラペラ契約書に金貨百枚も……それだけあれば何日暮らしていけると……」

「あのね、会長。実は結んだ契約はもう三枚あって……」

「……」

「あの、全部仕入れに失敗したみたいで」

「このおバカさん!」


 葵が羊皮紙の束をふんだくり、朱書き訂正を入れていく。訂正というのが元の文章の百倍ほどを書き加える、という意味を許容するかどうかは俺には分からないが。


 とにかくものすごい速度で投資契約のテンプレートを葵は仕上げてしまった。


 ひゅぱ、と最後の一文字を払いで〆て、筆を置く。


 一瞥して問題ないことを確認した葵は、羊皮紙をこちらに差し出してきた。すげえ。仕入れ時の金額を何パターン場合分けするんだこれ。


「三津谷君」

「はい」

「規則や契約、ルール、そういう文章は金より重い」

「うう、おバカな書類を書いて誠にごめんなさい……」

「一文字書くのも削るのも、渾身でなければいけません」


 おお……なんか生徒会長っぽいぞ。脚と腕を組んでいる葵より一段低く、俺は地べたに正座。毎朝服装を叱られていた記憶が想起される。


 特に、眉をぎゅっと寄せている様子は非常に威厳が漂っている。仕える女性が不在ならうっかり一生お仕えするところだった。危ない危ない。


 そして俺は唐突に分かった。葵の異世界での適正。


「事務官」

「はい? ちゃんと聞いているの?」

「会長の転移特典ですよ。事務官でしょ?」

「それがなに……か……あっ」


 この離れ業を自覚なしにやっていたのか。はっきり言って今まで出会ったスキルの中でも、桁違いに強力だ。


 何せペンは銃よりも強し。世の中の出来事は、人間の営みというのは必ず文書の上に成り立つ。それを司る能力。


「文書を扱うのに長ける。元々の適正もおありですし、今の筆を取った時明らかに……」


 魔力でブーストされていた。


 その後数パターン試してみたけれど、葵が仕上げた契約書の草案はどれもこれも秀逸。この業と俺の資金力が合わされば、魔法具で一稼ぎどころか商人・流通経路そのものを支配できるかもしれない。


 きっかけはほんの些細なことだ。単に間抜けな契約書を朱書きしただけ。それでも、彼女の両手からふつふつと湧き上がる魔力は、運命すら変える予感がした。


 青白く輝く筆先。陸奥葵は自分の実力に目覚めつつあった。

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