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第五話:元手の融資

 葵の商品仕入れ検討は続いている。


 各々の商人が独立しているために気づかない魔道具のシナジー。それを持ち前の要領の良さで葵は次々に見つけていく。


 そんな順調に見えた仕入れは一つ落とし穴があった。


 俺にとってはどれもこれもガラクタに見える露天の並び。その中の一品を手にとって葵がうめいている。悩ましそうだ。


「う、こ、こっちも高いな」

「ん……? どうしたんですか、会長。いい組み合わせなら買ったほうが」

「ん……」

「さっきの西日剣も保留にしてますけど、あれ割安だと思いますよ」

「……――がないの……」

「え?」

「元手が、無いのよ」


 恥ずかしそうに、そして悔しそうに葵は唸る。


 ああ。そうか。


 そもそも生活費に困窮している葵は、追い詰められすぎて還らずの森へと足を踏み入れた。レアな魔物素材を狙ったのだ。


 そんな彼女に手当り次第仕入れる余裕があるはずがない。先程の西日剣も、基本なまくらとはいえ剣は剣なのでそこそこのお値段がする。ギリギリまで仕入れを厳選するつもりか。


「こっちの腕輪が銀貨五枚……す、すみません、これって売れてないならもう少し値下げできない? 無理? ……そうですか……」


 商人の方も心得たもので、鼻を鳴らしながら首を振った。


 愚直に値下げを申し出てくる葵の足元を見ている。幾らなんでも買いたい本心を明かし過ぎだ、と思った。これでは値下げしてくれない。


 こいつら、ひと目見て財布の重さを読んだりするからな。この世で最も警戒すべきスキルの一つ。個人的な見解だがもっとも厄介な人種は、盗賊でも法務官でもなく商人だ。なんとなく、正道を歩む葵とは相性が悪い気がする。


「くう……もう少し安く仕入れられるかと……でも、少しだろうと稼ぎは狙えるしここで何か買わないと……でも、生活費が……」

「あのー、会長」

「ん、時間かかって申し訳ないけれど、もう少し待っていて。三津谷君も他の店を見て回って――」

「ここは俺が出しますよ」

「へっ?」


 店主に金貨を一枚、親指で弾き飛ばして腕輪のアクセサリーを受け取る。


 これは個人的な買い物ではない。潜在的なトリバレイ協力者候補、陸奥葵の事業を助けるための金だ。


 だったらいつもいつも妻たちに集られてすっからかんなこっちの財布ではなく、トリバレイの前衛工作担当の財布を使う。ただ助けるだけではない。葵とは手を結んで事業拡大したいところ。


 これはその一歩目。葵に足りないのは単に元手だけで、アイデアも実力もあるのだから投資のし甲斐がある。


「ええっ? き、金貨……?」

「さっきの剣も買ってしまいましょう、会長」

「三津谷君、あなた一体……どうしてそんなにお金持っているの?」

「ふふ、言いましたよね。塩の相場でたまたま儲かったんです」


 金銭感覚の乱高下。大金に目をぐるぐる回している葵の傍らで、俺は彼女が推薦(そして資金不足で保留)していた品々を買い漁っていく。どれも良く考えられた商品の組み合わせばかり。


 なるほど。交易は輸送労働の代価で稼ぐが、葵の場合は頭脳労働で稼いでいるわけか。ある意味、才覚が必要な分単純な輸送よりも商売敵が出にくい。


 やってみると良いアイデアだ。それにしても……


「み、三津谷君、こっちの護符も少々値が張るけれど、あっちの護符と合わせれば便利に――」

「はいお買い上げ」

「それはこれ効力の死角を補ってて――」

「買います」

「これは――」

「会長が言うなら、黙って買い」


 先程までじろじろと値踏みする目線を寄越していた店主たちが、「商機来たり」と手のひらを返してすり寄ってくる。


 ピーキーな効果過ぎて普段は在庫の奥底に眠っている品々まで、率先して値下げしてきた。すかさず葵大先生の指示通りに買いあさり。良い循環が出来ている。


 でも、でも……。


 ……これが俺の初異世界無双ですか……。


 両肩が落ち込むぅ。


 初めての無双がマネーパワーに頼りっきりって……。


 しかもそのお金は大半が、自分ではなく女性陣の働きによるものって……。


 異世界無双はもうちょっとかっこいい場面でやりたかった。情けなくて、順調なはずなのに涙腺が痛い。


「凄い、こんなに資金があるなんて思わなかった。ありがとう三津谷君」

「こちらこそ。そもそもこの事業は会長の頭脳がないと成り立ちませんから、感謝しています」

「う」


 手放しに褒めると、ぞくぞくと葵が喜びの笑みをこぼした。


 肩までで綺麗に切りそろえた黒髪を弄くり照れている。ちょっと甘やかし過ぎだろうか。いや、優秀な女の子は自信過剰くらいで丁度いいのだ。


 うむ。そうやって葵をべた褒めすることが…….。


 正確には一度どん底に落ちた人間を、褒めそやして感覚を狂わせてしまうことがいかに悪手か。


 俺は後々身にしみて理解することになる。


 仕入れた品を抱え、胸を張って歩く葵の後ろをついていく。


「取り敢えずこんなところでしょうか、会長」

「そうね。一度私の宿に戻って、荷物を整理しましょう。運んで頂戴」

「はい」


 はい、て。


 バラエティ初めてのアイドルでもまだ喋るぞ。もうちょっと爪痕残さんかい。


 言われるがままに戦利品を運ぶ。先輩後輩とはいえ、すっかり上下関係が根付いてしまった。


 葵に先導されて付いたのは、現在の彼女の下宿先だ。相当みすぼらしい。扉は歪な板を並び束ねただけで隙間があるし、そこ以外も随分と風通しの良い物件である。以前の綾子が所有していた部屋より数ランク落ちる。


 これが一般的な転移人の現実か……。女子の住んでいい場所ではない。防犯面を考えても、今すぐ整備に着手する必要がありそうだ。


「さ、入って」

「お邪魔します」

「三津谷君のおかげでかなりいい買い物が出来たわ。ありがとう」

「どういたしまして。これを他の転移人にセット売りすれば、ひとまず会長の生活費に余裕が出ますね」

「ええ、今月はなんとかなりそう。それにしても……本当にお金持ちなのね、三津谷君」


 感心した様子で葵が頷く。


「転移してから半年でそこまで稼げるなんて、凄いわ」

「ただし運で稼いだ金ですので、あとが続きません。有力な投資先を探していたんです」

「ん……。そ、それって、わ、私の……?」

「はい」


 有力な投資先、とはもちろん葵のことだ。


 出会って間もないが葵の喜びそうな褒め方が分かってきた。容姿ではなく頭脳や要領を褒めたほうが嬉しそうだ。


 口元をもにょもにょ歪める様子が可愛らしい。


「と、投資先という意味なら、さらに考えがあるけれど」

「おお、教えてほしいです」

「ん、んん。商人そのものに投資するの。装備品を仕入れて売る行動への投資」

「ほほう……?」


 確かに利点はありそうだ。オッカズムの町は独立した小規模の商人ばかり。ほぼ全員露天商。


 その日その日で仕入れや売り場が異なる。まだまだ発展余地を残していると言っても良い。ここに資金を投入すれば喜んで稼ぎを増やし、利益の一部を還元してくれそう。


「出資者になれば優遇もしてもらえる。装備を取り置きしたりね」

「なるほど。会長がやろうとしている事業の助けにもなる」

「目ぼしい商人はさっき一通り見ておきました」


 え、いつの間に。


 ゲコゲコ鳴くガマガエルのアクセサリーで俺が遊んでいるうちに、葵は投資先を既に見定めていたらしい。


 普通に要領よくて困る。なんでこの人困窮してたんだよ。どんな商売も先立つ元手がないとどうしようもないのか。改めて、魔物討伐だけで何百枚も金貨稼いだ例のあの女にもビビる。


「少し不安なのが……」

「何かしら」

「商人に投資したとしても、持ち逃げとかされませんかね。この異世界って、警察とか法治とかが元の世界よりもだいぶ劣るでしょ?」

「……? 大丈夫でしょう。契約書を結べば」


 おいおい、契約書って……。これだから性根が真面目な人間は。


 そんなんビリビリ破いて刃物ちらつかせられたらどうするの。


 商人とのやり取りを見ても思ったことだ。この子、清濁の濁が苦手だな。やれやれ、そういうのばっかり得意な俺が教えてやるか。


「ええっと、会長は悪人の気持ちがわからないかもしれませんね。でも俺だったら法が弱いときの契約書なんて無視しちゃいますよ」

「……? ああ、そういうこと」


 合点がいったように葵は手を叩く。何。どういうこと。


「魔法の契約書を作ればいいの」


 三津谷君は知らなかったんだね、と笑う葵。


 はい、知らなかった。


 またかよ。半年住んでいても、この世界は俺の知らないことばっかりだ。


 まあ知らなかったのはともかくとして、年上のお姉さんっぽく、母性多めに微笑む葵を見られて良かったなあと思いました。

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