第四話:嫌な予感
翌朝。
足首のねんざがほぼ回復した葵を連れて、俺はエルフの森を抜け出した。
そのまま向かったのはオッカズムの町。俺の本拠地であるトリバレイから見て東、ミッドランド首都から見て西。つまり国境沿いの町だ。以前、俺と出会った頃の綾子が住まいとしていた場所でもある。
ドチャクソ適当女神様が一斉にこのあたりに転移させたせいで、大半の転移人はこのあたりに散らばっていると見ていい。葵や例の転移人寄り合い所帯も同様に、このオッカズムを活動の拠点としているようだ。
国境沿い、ミッドランドの勢力圏ギリギリの田舎と言う割に、まあまあ栄えている。おそらく作物が潤沢に採れるからだろう。
もともとここ以西はエルフの森が近すぎて誰も住まなかっただけで、単純な土地の豊かさでは優秀な点が多い。町の中心部では盛況な市が開かれている。
「そういえば、ここで塩を売り買いしたのが始まりだったなあ。懐かしい……」
「塩?」
「ああいえ、こっちの話です。さてと、オッカズム到着ですね」
「送ってくれてありがとう、三津谷君。……そ、その……」
「? どうしました?」
葵が目線を泳がせ、何かを言いよどむ。
何か頼み事があるらしい。
この世界で女性との会話が前年比百億倍に増えた俺は、なんとなく察することが出来た。何を頼みたいのか、そしてなぜ言いよどむか。
おそらく生計を立てるのに不安があって、手伝ってほしいのだろう。
転移人グループから追放されたばかりだから。何事も一人だと心細いというのは、転移したての俺がよく知っている。しかし既に一度森で助けられた上にもう一度何か頼むなど、しかもこんなチンチクリンの男子にお願い申し上げるなど、恥ずかしいしプライドに触る。
そんなところか。基本的に女子は体裁重視。近頃身にしみている。俺の方から譲歩しよう。
「会長、森でもちょっとお願いしたことですけど」
「な、何かしら?」
「自分は今の商売を拡大したいんです。たまたま塩相場の高騰と暴落で運良く儲かりましたが、そこからはどうもジリ貧で……」
ジリ貧は方便。葵の誇りをこれ以上傷つけないためだ。こちらからお願いするという形にする。
元の世界のバイタリティ溢れる葵になら、底辺モブが気をつかうなど恐れ多くて一生思いつかなかった考え。だが、生計がどん詰まりになって森で涙目になっていた彼女を思うと、これ以上卑屈になって欲しくないと思った。
「ふーん、商売ね」
「ええ。会長のお力がどうしても必要なんです」
「い、いいでしょう! 私もそれを考えていました!」
眉を寄せ、胸を反らして威厳を保った葵。元気が出てきてよろしい。
それに見栄っ張り百パーセントでもなく、本当に葵も商売を始めるつもりだったらしい。流石、俺とは頭の出来が違う。魔物討伐一本ではいつか生活が破綻することも理解している。
しかし商売を始めるには元手が大事で、だからこそ森で無茶をしたというわけだ。
「と言っても、商品のアテが無いんですよね……会長のアイデアを頂きたいです」
なにせ俺が思いついた対エルフ塩交易は姫野佑香に、別の利ざやの大きい商品も他の女性陣に、がっつり乗っ取られて久しい。辛い。
軍備、貴金属、塩、茶、商品作物、宝石、魔法石、香水、ポーション、古美術品。このあたりは全部トリバレイで押さえている。まぁまぁどうせ俺なら上手くやれなかったからいいけどね。
ちょっとくらい手加減して旨味を残してほしかった……。
「そこでどの商材を選ぶか迷っているんですが……」
「ふむ、それも考えがあります」
「お」
「『魔道具』がいいでしょうね」
ピン、と人差し指を立てて葵はアイデアを披露した。先程から胸を反らしすぎて目線の置き場に迷う。大っきすぎでしょ。
ってのは置いておいて……ほほう。意外なところを挙げてくれた。
生活必需品や贅沢品の方が安定して稼げると思うのだが、魔道具か。
「実は、私が元々いた転移人グループでは魔道具が供給不足だったの」
「例えば杖とかですか?」
「ええ、あとは魔法石とか、護符、装備品、魔力を帯びた刀とか」
「なるほど。武器や護身道具の位置づけですか」
「そう。この世界、はっきりいって警察組織なんて全然当てにならないでしょう」
そうか。
転移人は手に職をつけておらず、また現地でのコネクションも浅い。いくら魔物討伐のクエストが非効率とはいえ、どうしてもそういう危険な選択肢を選ばざるを得ない。
しかもせっかく金を稼いでも、今度は現地人や他の転移人から守らなくてはならない。トリバレイでアクスラインたち駐屯兵に治安維持して貰ったのは、今更ながらに僥倖だったと言わざるを得ないな。
「切羽詰まって不十分な装備で戦う子も多かったのよ。ひどい怪我をした例もある」
「それは良くないですね」
「そもそも自衛のために装備は整えてあげたいし……」
困っている子のため、か。
うーむ、責任感が強いとここまで他人のことに熱心になれるのか。見習いたいところだが、それでご本人が困窮してたら良くないんじゃないでしょうか……。
生真面目な性格というのも考えものだ。俺みたいにパッパラパーで生きるのも悪くないですよ。
「ん? 待った、マズイ点がありますよ会長」
「何?」
「交易で稼ぐなら売値と買値に差をつけるのは必須です。でも、このあたりの市場で買えるってことは、他の転移人も買えるってことでしょう?」
需要があるのは葵の証言からも間違いない。だが、そもそもの価格差が無い。
正確には価格差が発生しようがないのだ。だって売る場所と買う場所がほとんど同じなのだから。コンビニの側でジュース売っても大して儲からないのと同じ。
海にたどり着けないエルフ種族に塩を売るなど、輸送コストの現金化が交易である。
「そうね。だから単純に売り買いせずにセットで売るの」
葵の提案はこうだ。
杖などの魔道具というのは、組み合わせることで効果が拡大する。俺の革命スキルとデメリットアクセサリーがいい例だ。もっとシンプルに流水と稲妻を組み合わせる、も例の一つ。
頭を捻って組み合わせることで、作り手が想定していた以上の効果を発揮できる。
「なるほど。これなら……組み合わせを工夫すれば稼げそうです」
「でしょう?」
しかも魔道具には、俺達にとって良い特性がある。
量産に向かないのだ。
組み合わせて利ざやを稼ぐ、といえばとっくに誰かが最適化して独占していそうだがそうはならない。一つ一つが異なる特性をもつので、純粋に賢い者が稼げる。
俺じゃ無理で、葵ならできる。うわわ、考えれば考えるほどいいアイデアだ。
「それで行きましょう! これならガッツリ稼げますよ」
「え、ええ、そんな風に褒められると……その……自信が付きます」
うむよかった、調子出てきてくれたな。さっすが会長一生ついていきます。
と、いつもの如く奴隷根性が湧き上がって来た俺を尻目に、葵は市場の露天を物色し始めた。客寄せの喧騒が四方八方から響くなか、魔力を帯びたショートソードを手にとっている。
「ふむ、ふむ……これ行けるかも」
「お、どんなのです?」
「『西方開拓の剣』。普段は何の変哲もない剣。だけど太陽、特に西日を向いたときに威力が大きく上がる」
「へー」
「普通なら刃こぼれ耐力や切れ味に振る魔力リソースを、全部特性だけに振っているみたいね。条件さえ揃えばかなり強力」
「ふー……ん? なんだか限定的なような……」
「汎用性が高いのは値段も高いから」
それに、魔獣討伐なら自分で時間を選べるから、夕方限定のデメリットが薄まるとのこと。それでも、うーん……。
「もうちょっと良い品あるのでは?」
「これだけだとね。でも、」
と区切って葵はこっそり耳打ちしてきた。困窮して口紅なんて差していないのに、瑞々しいナチュラルな口元に目が奪われる。
うう、年上お姉さんの魅力がやばい。この人ガード堅いくせに変なところで無防備だな。
「少し町外れの店に、『影縫いの腕輪』っていうのが売っていたの」
「腕輪……?」
「そ。効果は狙った対象の影から、針みたいな攻撃を飛ばせる」
「へぇ! 便利」
初めて聞くタイプの効果だ。やっぱり奥深いな、魔法。色々な効果がありすぎて覚えきれないや。
ただ、百戦錬磨の俺はその装備の落とし穴に騙されないのである。安物買いの銭失いはNG。
「ただ操れるのは単体相手の影限定でしょ?」
「まぁ、全部の影を操れると便利だけど、そういうのは何百倍も値段がするの」
「あのね、会長。もうちょっとマシなのがありますって」
「もう、バカだな三津谷君。組み合わせが肝心って言ったでしょう」
よく考えてみて、と葵が先輩らしく助言する。
ん? ……剣は西日を向けば威力が上がる。……腕輪は相手の影から攻撃を飛ばせる。
まあ強いて言えば影腕輪の方が強いね。奇襲性あるし。
でも安物だ。威力はそこそこっぽいから、仕留めきれないと影を凝視されて簡単に対策……。
簡単に……対策できないじゃん。
影を見るには日光を背にせざるを得ないから、そこを西日剣で殴れば超強いじゃん。
「あれ!? この組み合わせ強いですよ!」
「はいはい。じゃ、まだ在庫があるか見に腕輪の店に行きましょうか」
落ち込んでいた昨夜の様子はどこへやら。自信がついてきたのか、くすりと笑って葵は次の店に向かう。
……嫌な予感がする。
嫌な予感がするぞ。これアレだ。
優秀な女性に乗っ取られるいつもの奴!
ということに今更ながらに気づいた俺は、今のうちに荷物持ちを仰せつかろうか悩んだ。




