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第三話:現状整理

 アリシア女王に戦況良好の報告をし、綾子には訓練良好の報告をする。


 これで一つ目の業務は完了だ。悲しい話、俺の独力で解決できる問題は少ないので仕事のほとんどが報告と相談になる。使い鳥の大鷲フーリエに訓練一晩延長の文を渡す際、先手を打つように逆に渡された文に、


『女の子には優しくすること』


 と書かれていたのには背筋が凍ったけれど。とにかく文通の業務完了。


 おいおい魔女か。一体あの女はどこまで耳が届くのだろう。何かを隠し通せたことは一度もない。


「さてと、次は……」


 トリバレイの次期戦略を考えよう。ざっと東西南北で整理すると、


 北はここエルフの森と強固な友好・交易関係にある。いざという時の防衛協定も締結済み。

 (北=軍事:○ 交易:○)


 西は海上をムラクモ・ジル提督率いる第一から第三艦隊が抑えていて、防備・交易ともに万全。

 (西=軍事:○ 交易:○)


 南はジグムント・アクスライン中佐が敵対勢力への戦略を練っている。まだまだ剣呑な雰囲気だ。

 (南=軍事:△ 交易:×)


 東は宗主国ミッドランドの勢力圏。

 (東=軍事:○ 交易:×)


 こうみると軍事的な戦略はほぼ完成しつつある。そういう風に俺や綾子が地政を描いた。経済が軍事的安定の上に成り立つものな以上、軍事が整っていない位置に交易に力を入れても意味がない。


 逆に言うと、軍事が安定しているなら交易をしなければ”勿体ない”、とも言い換えられる。


 治安コストを払っているのに経済の旨味を刈り取れないのは勿体ないのだ。


 では交易的に動くべきは……東だな。


 ミッドランドとは防衛同盟を結んでいる。しかし交易量発展の余地を伸ばし切れているとは言えない。


 道路の敷設、商人との業務提携、ミッドランド将軍級とのコネ作り、などなど。ここで俺がせっせと働いて、奥方様たちのために金稼ぎの下働きをするのが……


「次の方針かな、うん」

「一生懸命何をしているの? 三津谷君」

「わ! か、会長。はい、ちょっと商売のことを考えていまして」


 葵が身を乗り出すと、俺の視線が強制的に引き下げられるのでやめてほしい。


「商売?」

「ミッドランド王国相手に商圏を広げたいのです」

「へぇ、三津谷君って商人やっているの」


 枕が変わって眠れないのか、それとも男のすぐ側で横になるほど警戒心が薄くないのか。野宿用の簡易机を葵が伺っている。


 うーむ、どこまで話そうかな……。俺がトリバレイの領主というのは伏せておこうか。(そもそも信じてくれるか怪しいけれど、)ポンポン正体を明らかにするのは国防上良くない。ただ、せっかくここで葵と顔見知りになれたので、出来れば協力関係を築きたいところ。


「ええ、半年ほど前から商売をしています」

「……! 凄いのね。転移してすぐ」

「といっても、自分に特別なスキルがあるわけじゃないですよ。品を運ぶだけです」

「それでも……凄いよ」


 葵が俯くと、ランプの火が彼女の顔に影を作った。


 ここで俺は疑問を抱いた。


 様子がおかしい。元の世界で見た葵は、全校集会でも堂々とした立ち振る舞いだった。なのに今はどうだ。しょんぼりしてしまって覇気がない。


「私も商売頑張ってみたけれど、全然ダメ。結局どうにか魔物狩りのクエストこなしてしのいでいるけれど……」


 表情を見るに、討伐クエストも芳しくなさそうだ。


 はっきり言って、魔物狩りという生計の立て方はあまりいい生業とは言えない。ランダム性の高い発注だし、危険で、向かう先もバラバラだから効率化が望めない。


 半年前の俺なんて、スライムを狩れずに飢え死にしそうだったものだ。


「今月は会費を納めるのも出来なかった……」

「……会費? 聞きなれない単語ですね」

「あ、そっか。もしかして三津谷君は一人で商売している? それはそれで凄いな」


 葵曰く、会費とは転移人寄り合い所帯の必要経費のようなものらしい。


 学園ごと転移してから約半年。俺がなんとか戦い抜いていた間、他の生徒たちにだって生活があった。


 それは生易しいものではなかった。


 飛び抜けて有能な者(例えば、トリバレイの首脳陣)を除けば、その日の暮らしをなんとかしのぐので精いっぱいらしい。


 だから必要だったのは相互助力。住居や食料など、出来るだけ一纏めに払った方が良い生活コストが会費というわけか。


 ん……? 納めることが、『できなかった』?


「ってことは、今月分を滞納してしまったんですか? 会長」

「……そう。正確には先月分も」


 マジかよ。この人優秀そうなのに、それだけ異世界の生存は厳しいってことか。


 金額を聞いてみても一人当たり月に金貨三枚。稼ごうとしたら大変だけれど、しかし足元を見ている金額ではない。生活費として妥当だ。


「だから……その……お恥ずかしいことに、私は『追放』されたの。会費の滞納は二カ月でアウト」

「……!」

「足を引っ張る者は追放される。寄り合い所帯といっても、生易しい状況じゃないから」

「前にもそういう追放された人が居るんですか?」

「ええ。正直……転移人が全員生き残っているとは、言えないでしょうね」


 追放。


 そうか、何となくわかって来た。


 なぜ葵がこんなエルフの森奥深くに居たのか。異世界で半年も暮らしていれば、流石にここの危険度は知れている筈。


 なのに一人でここに来たのは、一発逆転を狙ったのか。


 貴重な魔獣の素材がここなら獲れる。


 それを直接売り払うか、高値で募集している討伐クエストに応募するか。


 とにかくどん詰まりの現状を打破したかったのだろう。……半ば自暴自棄で。


「私、転移特典がイマイチだったから」

「どんな職業(クラス)が割り振られたんです?」

「……」

「? あの、会長?」

「笑わないでくれる?」

「はぁ」


 笑わない。誓って言える。


 俺(職業:奴隷)未満とかありえないから。


「……事務官。魔法も戦闘技能もボーナス無し。文書を扱うのにちょっと長けるだけ」


 元の世界でも堅苦しい雑用ばかりやっていたからね、と、葵は膝を抱えながら自嘲する。


 個人的意見としては、職業:奴隷よりずっとずっとマシだと思う。が、葵はそうは思えなかったようだ。


 何せ元の世界では尊敬を集めていた生徒会長。それなり以上にカリスマ性はあったし、慕う者も多かった。


 それがこの異世界ではお荷物役。元の世界でも底辺だった俺よりも、落差は大きい。


「普通は特典で良い魔法とか貰えるはずなのに……なんでこうなっちゃったのかなあ……」


 膝に顔をうずめたまま、葵が声を震わせている。


 俺は少し腹立たしかった。


 無論、葵に腹を立てているのではない。その転移人のグループとやらに腹を立てたのだ。


 聞くところによると転移以来幾つかのグループに分かれ、葵が所属していたのは百人近い最大規模の集団。男子生徒だって居たはずだ。それなのにこんな綺麗な女性を泣かせて、挙句の果てに追放するだと。


 どうかしている。


 女の子には優しくしなさいって小学校で教わらなかったのか。


「大丈夫ですよ、会長」

「え……?」

「俺も変な転移特典だったけれど、使いどころはありました」

「そ、そうなの?」

「ええ。事務官ってことは、多分魔物狩りとかじゃなく、もっと非戦闘、日常的な効果を発揮するはずです。会長の得意な場面はきっと見つかります」

「でも……でも、私……明日の生活費もないし……」

「それも大丈夫。俺と一緒に商人のまねごとをしてみませんか? さっきも言いましたが、今は事業拡大の最中なんです」

「……! あ、あ、ありがとう! 本当に助かります、三津谷君」


 そして腹立たしいと同時に、俺は喜んでもいた。


 葵の元の世界での優秀さは全生徒が知るところ。それなのに今まで発揮されなかった転移特典は、恐らく正しい使い方を見つければ絶大な威力の筈だ。


 というトリバレイ当主としての喜び。


 他のグループが見捨てるなら、俺はその人材を全部拾い上げよう。


 それに……


 神経質そうに、卑屈そうに怯えていた葵の表情がようやく和らぐ。


 やっぱり女の子はこうでなくてはな。


 女の子が泣いているっていうのは無条件で嫌なもんだ。

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