第二話:エルフ宛ての親書
陸奥葵。
俺と同じ、山束学園高等部の生徒会長。三年生なので一個上の先輩。
誰も守っていない校則を律儀に守り、肩にかからないように切りそろえた黒髪ショート。転移してから半年は経つ。それでも身だしなみを守っているとは驚きだ。
顔面偏差値非常に高めのお顔は、しかし勿体無いことに、常に神経質そうに細眉を尖らせている。
人呼んで風紀の鬼。
元の世界では学年問わず、厳しく遅刻・校則違反と取り締まられたのでよく覚えている。俺は真面目な学生生活を送っていなかったからな。
そんな葵とエルフの森で出会うことになるとは。
「あの会長、立てますか?」
「ええ、ありがとう。……君、転移人、だよね?」
「三津谷葉介、二年生です」
やはり、葵の方はこちらのことを知っていなかった。向こうは有名人だけれど、俺はその他一般人だし無理もない。
敬意を示すために一個下だということを伝え、手を差し伸べる。
引き上げた途端、うめき声を上げながら葵は倒れ込んでしまった。
「痛っ……ちょ、ちょっと挫いてしまったかしら」
「すみません、少し足を見ます。……う」
ひどい。どんどん腫れ始めている。
間違いなく重度の捻挫だし、骨に異常があるかもしれない。
まずいな、日が暮れ始めているのに。
「……これは、歩くのは無理ですね。でも何とかなります。よく効く軟膏を持っているので」
「た、助かります」
「ただ、流石に塗ってすぐは歩けないので、ここで野宿するしかありません」
「ええっ?! こんな獣ばかりいる森で?」
そうだよ。貴女、なんでそんな危ない所にいるんだ。
という当然の疑問は一旦置いておいて、俺は緊急避難の準備を始めた。
持ってきた森中野宿用の簡易テント一式を組み立てる。エルフの森の往来はそれなりに慣れて来たけれど、それでも危険なことに変わりはない。遭難その他緊急時に備えて一泊くらいはできる準備はあるのだ。
組み立てたテントに葵を入れ、その外側からエルフのシグネに貰った獣避けの香を焚いていく。これなら一晩中あらゆる獣を遠ざけることが可能。移動中の使用は風に流されるので難しいが、こうやって一か所に留まるなら信頼性は高い。
そうして拠点を確保し、ようやく葵の足首を手当てする。
「軟膏を塗ります。痛むかもしれませんが、我慢して下さい」
「あ、ありがとう……」
先ほどからエルフの方々に頼りっぱなしであるが、これまたエルフ謹製の不思議な回復軟膏の出番だ。
魔力の神秘がたっぷり充填されたこれは、傷口やその他怪我によく効く。葵の捻挫は酷いものだが、一時間もすれば立つくらいは出来るようになるはず。
「あ、凄い。痛みが引いていく」
「ふぅ……効いてくれましたか。ただ、歩けるまでに夜になってしまう。夜中の森は底なし沼より危険です。明朝出発します」
それが最善、というかそれしかない。
葵を守りながら暗闇でこの森を抜けるのはかなり厳しい。次郎三郎の援護があっても五分五分だ。自信なし。だから朝を待って出発が妥当だ。
この時の俺は、そういう理詰めの結論しか導かなかった。
年上の美人なお姉さんと、一つのテントという密閉空間で過ごす。その試練の苛烈さには気づかなかったのだ。
――
真っ暗闇の森の中。
ぼんやりとランプの灯だけがあたりを照らしている。
その橙色の灯の中心で、俺はテントを張って執務に勤しむ。こんなチンチクリンのモブキャラみたいな男でも、実は重責を背負っている。今日もやることは多い。
特に、トリバレイの筆頭として外部勢力に対するご機嫌伺いは絶対に欠かしてはいけない。
「三津谷君、手紙書いているの?」
「ああ、はい。報告する相手が多い立場でして……」
最近の俺は大変筆まめだ。
エルフの皆さまや、アリシア・ミッドランド女王陛下、城ヶ辻綾子を中心とするトリバレイの運営陣。お仕えする相手が多すぎて、隙あらば手紙を書かなければ連絡が滞ってしまうのである。特にこの世界はスマホとかLINEとか無いので、必然的に手書きだ。
まずはこの森の主であるエルフのシグネ様宛てに。
『シグネ様
お元気でしょうか。
昨日もお手紙を書いたのに、我慢できずにまた書いてしまいました。貴女の見目麗しいお姿を思うと、どうしても筆が止まりません。
エルフの森での修行を許可頂き、ありがとうございます。ここで自分を鍛え上げ、貴女のお側に仕えるにふさわしい男になるよう精進いたします。貴女のおかげで鍛錬も捗り、今日は一つ戦いのコツを掴むことが出来ました。以前お話頂いた巨猪をなんとか撃退することが出来たのです。
すべてシグネ様のご威光のおかげです。重ね重ね感謝申し上げます。他のエルフの方々にも、どうか良しなにお伝えください。
また機会を頂けるならば、すぐに朝貢に伺います。お土産に良い魔法石を見つけました。実はウォルケノ山脈の採掘で、炎魔法以外にも面白い石を見つけたのです。その一部をこの文に添えさせていただきます。
貴女の一番の下僕にして夫 三津谷』
すっかり手慣れたもので、ここまで一息にかき上げて小休止を入れる。
すると、
ばさり
と、見計らったように、金色に輝く鳳凰のような美しい鳥が一羽、テントの入り口に降り立ってきた。シグネたちエルフ族の使い鳥だ。
「わ、綺麗な鳥……」
「この森にだけ生息する種類ですね」
エルフに限らず、この世界の人々は鳥たちといい関係を築いて、文や物のやりとりをすることが多い。アリシア女王は白鳥、綾子は大鷲フーリエなど。固有の鳥と友情を築いている者も珍しくない。
「はい、こっちは文。こっちがお土産の石。シグネ様に届けて下さい」
「こぉぉぉ」
「よろしくね。……ふぅ。よし、エルフとの外交はひとまずこれでオッケー」
「……ちらっと見えたけど、ずいぶんへりくだった書き方ね。相手は誰なの?」
「わ!」
ねんざの痛みもすっかり引いてきたのか、興味深そうに身を乗り出して葵が俺の手元を覗いていた。
「そ、その、商売相手といいますか……」
お嫁さんといいますか。
「ふーん? 転移人じゃなく、現地の女の人?」
「ええ」
「高校生なんだから、不純異性交遊はダメなのよ」
葵は学園の風紀を司る生徒会長らしい、堅苦しいことを言い放った。まったく、異世界に来て校則も何もないだろうに。生真面目この上ない。
しかし。しかしだ。
俺は声を大にして言いたい。
あんたが言うな、と。
「ちょっと、聞いているの? 三津谷君」
「はっ、はい……! 気を付けます」
「よろしい」
そんな風にいかにもお堅いセリフを吐いて葵は腕を組む。その組んだ両腕から、大きな大きな胸元がこらえきれなくなって零れ落ちる。
こんな男を惹きつけて止まない、ドスケベもとい魅惑の体つきをしているくせに……。
よく風紀の取り締まりとかできるな。恥ずかしくないのか?俺だったらそんなムチムチした太ももしてたら、恥ずかしくて外歩けないけどな。
そう、学年が違うので今の今まで気にすることは無かった。だが、こうして一人用テントという狭い密閉空間の中で一緒に過ごしていると、葵の豊満なスタイルが際立つ。
「……? どうしたの、三津谷君。ぼーっとこちらを見て」
「あっ、い、いえ、足首の怪我は大丈夫かなと。大丈夫そうですね、はい」
「ふーん……? ええ、問題ないわね。おかげさまで」
胸元だけではない。腰つきや脚も大変すばらしいものをお持ちだ。ウチのトリバレイ女性陣と比べてもいい勝負している。
で、これまた辛いことなのだが、こんなに素敵な女性なのに本人のガードがかなり堅い。
ちょっとでも下心のある目線を向けると、自意識過剰かってくらいに鋭い目線を飛ばされる。男性のだらしない目線に極めて厳しい。まあ、本当に下心含めてしまったので自意識過剰ではないのだが。でも葵の魅力に抗える男は世界を探してもなかなか居ない。
そんな塩梅で、素敵で魅力的な女性がすぐ隣にいるのに一切手を出せない。その辛さがどんなものか、俺は一晩かけてしっかりと分からされるのであった。




