第一話:生徒会長
三章として再開します
また楽しんで頂けたら嬉しいです
俺――三津谷葉介は森を走っていた。
根を飛び越え、苔に足を滑らせて。息を切らせながら必死に走っていた。
「はっ、はっ、くうっ……逃げ切れなーい!」
「走りで魔力が散逸しているぞ。集中せよ」
「ぐっ、ぐぐぐぐっ……」
「これ、三津谷よ。戦いの最中に敵から目を離すでない」
「う、おっ……!」
肩に乗る白蛇・次郎三郎が叱りつけてくる。
それに応答する余裕もない。
背後から突進してきた巨大なイノシシの牙を、全力を込めて弾き流す。手はしびれたがどうにか無傷。
高さ四メートル、長さは七、八メートルはある巨猪の突進を受けたにしては、ダメージは軽微だ。あっぱれ!
「よ、よし……! 上手い。今のは我ながら上手くいなしたぞ……」
「次が来る。早う構えよ」
次郎三郎に促されるままに長剣を中段に構える。
流石に何分も追い回されて慣れてきたぞ。ガシガシと足を鳴らし、力を貯めて……次の瞬間突っ込んでくる。読みどおりだ。
「見切ったあッ!」
「いかん」
直線的な突進。完全にタイミングを合わせたはず。
渾身の力で振るった剣は、しかし直撃した瞬間に俺の両手から弾き飛ばされた。
「当然よ。向こうの方が力は強い」
「ぐ、がっ!」
「それに卿が選んだ今の振りは、対人間のもの。幾ら優れた動きを想起できても、不適当な戦型では話にならぬ」
余波を受けて全身が吹き飛ばされる。
近くの幹にしたたかに叩きつけられてもなんとか無事だったのは、次郎三郎に魔力を融通してもらったから。俺本来の実力だったら潰れて死んでいただろう。その防御用の魔力も、集中力が切れて纏えなくなってきた。
「気は失うなよ、死ぬぞ」
「く、無念だ。ここまでか……」
ばしゅん
と次郎三郎からの魔力供給リンクを断つ。
更に能力向上用のフルスペック装備を全て外し、逆に自分の実力をガリガリ減らす呪いの指輪を嵌めていく。一気に俺と巨大イノシシの実力差は開いていき、そして視界の端に光が灯った。
『対象:巨猪』
『強者上位:1% 対象判定:OK』
『革命スキルを発動可能 ……手加減テンプルパンチ』
「えい」
「――! フゴ、フゴ――――!」
「付き合ってくれてありがとう。良い修行ができました」
強者にだけ絶対勝利できる革命スキルが発動した。
イノシシのテンプルに拳を見舞う。理不尽で突然の打撃、そして敗北。巨大イノシシとしてはわけがわからない脳の揺れだろう。
栄誉や賞金、勝利を優先する人間のボクサーなら立ち向かうかもしれないが、野生の獣はもっと単純で正しい行動をとる。
つまりは逃走。俺たちが追撃してこないことを見るやいなや、一目散に逃げ出してしまった。
「逃がすのか。美味そうな猪肉だが」
「あんまり狩っちゃうとエルフ森の護りがなくなるからね」
「ふむ」
「うーん……始めた頃よりは革命スキルなしで戦えるようになって来たんだけどなあ……」
「ま、凡人未満の卿にしてはマシな出来だ」
次郎三郎が褒めているんだか貶しているんだか、な戦評を下す。
取り落した長剣を拾い、振ってみても握力がほとんどない。やはりあのタイミングが限界精一杯だったか。
今更だけれど、ここはトリバレイ辺境地の北にあるエルフの森。
そして俺が最近取り組んでいるのは戦闘の訓練だ。そもそも革命スキルのジレンマで鍛えてはいけない、というのが第一段の結論。しかし血を抜いたり劣悪な装備をつけることで、自分の実力を調整する知見を得た。
「ただただ鍛えるだけだと駄目だった。肝心なのは実力の振れ幅を増やすことなんだ」
「もう少し具足をまともにしてはどうかね。その業物や指輪はともかく、他は再考の余地があるぞ」
「確かに……装備の質を広げるのもありか。逆に呪いの装備ももっと強烈なのが欲しいな」
「卿の被虐趣味もそこまできたか」
「趣味ではありません。戦闘スタイルです。間違えないように」
「おや、よく奥方たちに虐められて楽しそうではないか」
人聞きの悪い。革命スキルを主軸に据えると、そういうスタイルにせざるを得ないんだって。
強力な装備と劣悪な装備の切り替え。他には次郎三郎たちテイム相棒からの魔力供給。いざという時の血抜き。
これらを駆使することで、革命スキルの範囲を減らさないままに強くなることが出来る。この考えの応用を最近閃いた。
一.デメリット装備などで革命スキルが倒せる相手を増やす。
二.平の実力を鍛えて革命スキルなしで倒せる相手を増やす。
この二つを進め、
革命スキルがギリギリ効く相手 < 通常時の三津谷葉介の実力 <革命スキルでしか倒せない相手
という不等式がゴールになる。
こうなれば無敵だ。強いやつは革命スキルで問答無用。スキルが効かないやつは実力で打倒すればいい。
ま、複数戦闘になったら無理だったり、強くなりすぎたら思わぬスキル不発を食らったり、机上論では対処しきれない問題はある。
が、愛しい城ヶ辻綾子たちが暮らすトリバレイを守るため、やれることはやっておきたい。
装備を上質なものに戻しながら、長々と付き合ってくれた相棒に礼を言う。
「次郎三郎も手伝ってくれてありがとね」
「カカ、卿が飛んだり跳ねたり喧しいから、起きてしまっただけよ」
じゃあ肩に乗らない方が良いと思うのだが。
意外と人肌恋しい質なのか、結構な頻度でこの白蛇は巻き付いてくる。
よしよしと撫でて町に戻ろうとしたところで、背中の方から悲鳴が聞こえてきた。
――
肩の上で蛇が笑う。
「カカカ、まだまだ走れるではないか、三津谷よ。何があれで限界だ」
「くっ……! 今の、人間の悲鳴だ!」
「やれやれ、卿のお人よしにもだいぶ慣れて来たものよ」
「ああもう。何だって、こんな森の奥深くに……っ」
女の悲鳴だった。
妻たちではないはず。あの子達にはこんな危険なところに入らないように、平に平にお願いしている。
エルフでもない。あの方々は森の獣に遅れをとったりはしない。
じゃあどこのどいつだ。木々の間を縫うように走り抜け、悲鳴の主のところにたどり着いて見たのはもう一頭のイノシシだった。先程のやつもデカかったがそれよりも更に二倍くらいデカイ!
そしてその対比でミニチュアサイズに見えるのはやはり人間。それも……顔立ちがミッドランドでもエルフでもない。出身国日本でよく見る顔立ちだ。
「転移人か……!」
「ほう、同郷かね」
どうも脚を負傷しているらしい。動けそうにない。そんな転移人の彼女に、二倍巨大イノシシが突進を仕掛けた。轢き殺される。
「間に合わせるぞ! 魔力を回せ、相棒!」
「よかろう」
視界が青白い魔力で満ちる。手足に力がみなぎり、長剣の刃にも魔力が充填される。
「てぇあああああああッ!」
「ふご?」
思いっきり叫びながら木の間から飛び出し、わずかにイノシシの意識をこちらに引きつけた。
間に合う。が、革命スキル用に悠長に装備を変えている暇はない。
先程の失敗を活かせ。真正面から力をぶつけるのではなく、別の面から叩く。突撃するイノシシを正面から迎え撃たず、跳ねた高さを活かして剣を上から振り下ろした。
「卿もやれば出来るではないか」
命中。
ぶぎゃふと鼻面が潰れて鳴いたイノシシが、野生特有の警戒感で距離を取る。思いっきり殴ったのにちいとも効いていないではないか。素の俺の攻撃力なんてこんなものさ。
ただ、間合いは開いた。その隙に指輪を急いで付け替えスキル発動。
『対象:超巨猪オッチョコチョイ主』
『強者上位:0.1% 対象判定:OK』
『革命スキルを発動可能 ……手加減右ストレート』
眉間に拳を叩き込んだ。
「よいしょー!」
「ぎゃぷん!」
「……あ……。や、やり過ぎた。ごめんね、君。ほら、どっか行ってしまえ」
「ごふ、ごふ」
鼻を鳴らしながらイノシシが逃げていく。またしても革命スキルに頼ってしまった……情けない。
「そうでもないぞ、三津谷よ」
「んん?」
「今の一太刀目、なかなか悪くなかった。成長しておるぞ」
「おお……! や、やっぱりそう思う? ははは、うむ。今のは良かったぜ」
ぶん、と剣を素振りする。「おや、イマイチになった」と辛辣な次郎三郎。
ぐむむ、おっしゃるとおり。今のは偶然出来た剣戟だったのだろうか。
「余は賢いので察しがついておるぞ。一太刀目だけは見られたものだった理由」
「え」
「卿は女子に甘いからのう。城ヶ辻を背中に置けば修行とやらも捗るのではないかね」
的を射ているような、いないような。あの子を守るために戦うならば確かに俺は獅子奮迅の働きをするだろう。
けれどもそういう局面になった時点で、綾子の純黒の魔力がイノシシ二匹を細切れにしてしまうに違いない。骨も残らないだろう。動物愛護とはかけ離れた彼女の微笑み。想像するだけで背筋が凍る。本当に夫婦なのだろうか。
「さて、君。無事か? 立てる?」
「気をつけろよ小娘。この男、かなりの女たらしだぞ」
「第一印象を最悪にするのやめてくれ」
「あ、あの……ありがとう。どこのどなたか存じませんが……って、もしかして日本人?」.
「あれ? せ、生徒会長?」
それが陸奥葵生徒会長との出会いだった。




