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第九話:料理と市場

 翌朝。


 ぐっすり眠れて爽やかな目覚めだ。快眠万歳。豊かな人生まずは睡眠から。今まで屋根の無い場所で寝泊まりしていたから、建物の中というだけで安心感が違う。


「おはよう、綾子さん」

「……………………おはよう」


 うわ、まだ機嫌悪いじゃん。


 あんなに早く寝たはずの綾子は、まるで一睡もできなかったみたいに目元に隈を作っている。自慢の艶やかな髪もぼさっと乱れ垂れさがっていて、まるで沼地とかに住んでいそうな魔女みたいだ。何? 綾子さん低血圧なの?


 まあ、俺が隣で寝ていたのだから熟睡できなくて当然か。やはり今日は別の宿をみつけておこう。


「もしかして綾子、あんまり寝られなかった?」

「いえ、全然。まったく持って快眠だったよ」

「そっか」

「三津谷は?」

「ああ、おかげさまでバッチリ疲れが取れました」

「へぇそう、よかったね」

「う、うん」

「よかったね」

「ありがとうございます!」


 よかったねと言われながら胸倉をつかまれる経験は、後にも先にも今回だけだろう。


 昨晩から少々、綾子の情緒が不安定だ。大丈夫ですか。


「じゃあ、昨日はあの後すぐ寝たんだね、よかったよかった。随分すやすやと幸せそうな寝顔だったものね」

「あ、あ、ありがとうございます、ありがとうございます……もしかして、いびきが大きかった……?」


 なんで先に寝た綾子が、俺の様子を知っているのか分からんが。大方、いびきがうるさすぎて起こしてしまったのか。それで寝不足と。申し訳ないことをした。


 綾子の口は目いっぱいに笑い、度が過ぎてかちかちと歯が鳴っている。目は笑っていないどころか、起き抜けなので微妙に涙を貯めている。襟が吊られて苦しい。


「……まぁ……殺されかけ……に…………手を出すわけないか……」

「はい?」

「なんでもない」


 怒りが収まったのか、それとも諦めたのか。襟吊りを止めてそれっきり顔を背けてしまった。


 こちらに目を合わせず、綾子は朝食の準備に取り掛かる。


「三津谷くん」

「はいっ」

「何か食べたいものある?」

「い、いや、綾子さんが作ってくれるなら何でも。そ、それと何か手伝おうか?」

「いらない。ちょっと待っていて」


 手伝いの申し出は軽く一蹴され、ものの数分で朝食が運ばれてくる。


 綾子があっという間に仕上げた朝食も、これまた実に美味しい。簡単なものだが、こういうのをさっと作れるところに彼女の生活力が垣間見える。いいお嫁さんになるのだろう。将来の旦那がますます羨ましい。


 玉ねぎとベーコン、レタスを挟んだパン。玉ねぎのリセット感のおかげでベーコンが無限に食える。うまうま。子供舌なのでちょっと玉ねぎの苦みは嫌いだったんだけれど、これなら食べられる。無限。なんかおしゃれなバーガー屋とかに売ってそう。


 やはり、冷蔵技術が魔法で底上げされているとはいえ、この異世界は加工肉・保存肉がメインになるようだ。鮮魚などは普通には手に入りにくいのだろう。美味いから全く問題ないが。


「美味しい」

「そ、よかった」


 百億倍優し気な『よかった』頂きました。昨日から、料理の感想を言うたびに喜んでくれる。意外とちょろい女だ。


「また食べたい?」

「はい、食べたいです」

「ふ、ふふ…………胃袋……ふふ」


 にやにや、ぶつぶつと何やら不穏な様子で笑っている。外面は社交的なのに、こうやって含み笑いをしていると本当に魔女みたいな奴である。端的に言うと怖い。


「三津谷はさ」

「んぐ」

「お昼何食べたい?」

「そ、そんな……そう何食も続けて甘えるわけにはいかないよ……」

「お昼何食べたい?」


 うわでた。納得の答えが出るまで聞き続けるRPG村人システム。昨日からそのパターン多いよ、どうしたんだ綾子さん。


「えーっと……」

「三津谷が一番好きな料理、何」

「あの、うー……ハ、ハンバーグ」

「ふーん」


 我ながら子供っぽい好物だ、恥ずかしい。もっと大人な料理を言えばよかった。テリーヌとか(←料理知識の限界)。


「ハンバーグって意外と大変なんだよね。そもそもこの世界って、向こうと違ってスーパーとかないから。だから挽肉も自分で一から作らないといけないの。道具もないしミンチは手間取りそうだね」

「うん、だからそんなに無理して――」

「幸い、私の一番の得意料理だから何とかなるけれど。はー、良かった。一番の得意料理だ、うん」


 一番の得意料理? なんと、綾子ほどの極上の腕で、しかもその中で一番得意?


 食べたい。何をすれば振る舞ってくれるのだろうか。蓬莱の玉の枝持ってくるとかかな。


「じゃあ二番目の好物は?」

「う、わ、笑わないでよ……カレー」

「ふーん」


 出来れば中辛と甘口を混ぜたやつ、と付け加えるのは止めておいた。子供っぽいことこの上ない。嘲笑されると思って身構えていたら、意外にも綾子はやれやれと額に手を当てて続ける。


「カレーってかなり大変だよ。この世界には固形ルーとか売っているわけないから、スパイスを調合して一から作らないといけないの。スパイスはまだまだ希少価値が高いみたいだし」

「ああ、そっかスパイスが難しいか……。そうだよね。だから無理に――」

「よかったね、私の一番の得意料理だ。カレーが一番得意」


 やったぜ! なんと俺の大好物ツートップが、両方とも綾子の一番得意料理! 何たる僥倖、神様に感謝。


 ……あれ、結局どっちが一番得意なんだろ。


 首を捻りながら、綾子の材料買い出しの荷物持ちを仰せつかる。


――


 綾子の後について市場へ。


 中々盛況だ。確かこの街はミッドランド王国の端っこだったと記憶している。人口二万人くらいの街で、俺達の元の世界の感覚だと小さなものだが、技術レベル約十世紀前となるとかなりの大都市だ。僻地でも栄えているのは、近くに大きめの川が流れているからか。


 来られてよかった。今まで経済活動に殆ど関われていなかったので、今後の為に見ておけてよかった。


 特に海産物や塩、平地でなければ採れにくい物、その他あの方々が入手しにくい物の相場を頭に叩き込んでいく。


 ふむふむと観察していると、隣を歩く綾子が話しかけて来た。俺は両手に買い出し品を抱えているが、当然綾子に持たせる愚行はしない。


「……三津谷はさー」

「ん?」

「これからどうするの? 食費とか、家賃とか」

「んん、そうだな……今ちょうどそのことを考えていたんだが」

「もし……もし、大変なら。今日みたいに泊まればばいいんじゃないかな。ひと月と言わず」

「そんな悪いよ」

「なんで? 朝ご飯美味しくなかった? あんなにたくさん食べたのに、何か嫌いなものあったのかな」

「……? ……??」


 なんで、はこっちのセリフじゃい。


 なんだこいつ。昨日から俺を肥え太らせることしか考えていない。魔女様の企みが読み切れない。


 ただまあ、一つ言えることはいつまでも綾子のご相伴にあずかるわけにはいかないという事だ。


 自分で稼がなければならない。自分の力で、生計を立ててようやく――……綾子の隣に立つ権利があるのではないだろうか。


 そのために昨晩、一生懸命考えた。考えて考えて煮詰まって、綾子の手料理と言う最高の支援を持ってようやく思い付いた。


「綾子さん、俺実は……『交易』を始めようと思うんだ」

「は? 交易って、なんでわざわざそんな危ない事を三津谷が?」

「はいこれ」

「別に私に管理されて一生…………ん? なにこれ、お塩? 交易? ……なるほどね」


 俺が一晩かけて考えたアイデアに、聡明な綾子は一瞬で追いついた。そして感心したように頷き、アイデアの補強に取り掛かっている。


 そんな綾子の隣、俺が手にしているのは塩。森では岩塩くらいしか取れずに貴重であるだろう塩だ。


 もしこれを輸入出来たら、あの美しい人々は喜んでくれるだろうか。 

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