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第三十三話:調印

 戦勝から一ヶ月、俺は勝利者としての立場を存分に楽しんで――……いなかった。


 一月も経ったのになんでまだ居るの、このおばあちゃん。


 ゲアリンデが今日も愉快そうに俺の訪問を待ち、終戦条約締結の作業に取り組んでいる。


「なぁ三津谷。西方バルトリンデの割譲だが一晩考え直した。やはりここまで譲ろう。その代わり船は二隻ではなく三隻残してくれ」

「いいですよ。ところでおばあちゃんそろそろ帰らないの」

「これが終わったらな」


 捕虜だったはずなのに。いつの間にか終戦の外交官となったゲアリンデは、他の捕虜たちをすっかり解放しても一人残った。まぁ、向こうの王家の人間が担保してくれるなら、条約をひっくり返される心配がなくていいけれどさ。


 幸い俺は女王陛下から、対バルトリンデ戦線で戦功第一の誉れを賜った。条約案作成は一任してくれている。


「じゃ、一度通して確認しますね。第一に双方速やかな終戦」

「うむ」

「そして領土の割譲。既に我々が押さえているバルトリンデ地方北部、およびここに定める西部の一部はそのままトリバレイに編入」

「よかろう。そこまでははっきりと負けた戦だ」


 そもそも、一枚岩とは程遠いバルトリンデ地方。いまさらだがこの地方は主に五つ、北部、西部、中央部、東部、そしてゲアリンデたちの本拠地である南部に分けられる。税制も独立し、互いにいがみ合っているので、むしろ俺が統治したほうがいい交易相手が出来ると読んだのかもしれない。


 厄介な地域の統治を押し付けられたかも……。特にアオタニ出身の野蛮人どもの顔を思い浮かべ、憂鬱な心持ちで続ける。


「また、ゲアリンデ・バルトリンデおよび黄色艦隊所属の捕虜を解放」

「その代わりにこちらは指定の造船所を解体する。解体、休業状態は監査を受ける」

「造船所の人員をトリバレイが雇うことを、バルトリンデは妨害してはならない。また、別に定める造船術の技術交流をすること」

「結構」

「賠償金は互いに銅貨一枚ずつ。賠償完了を明記した書面互いにを残す。略奪した文化財は返還売却の努力義務」


 ここまでは問題ない。俺たちの戦果を確定させた。


 これは非常に大きいことだ。


 元の世界の外交問題を思い出してみても、それは明らか。例えば片方が戦争で勝って、もしくはその他の手段で土地を支配したとしよう。他国、特に当事者の相手方がその領有を認めることはめったにない。


 重要なのは合意だ。それも由緒と書面と署名をしっかりとした合意。何度も文面に抜けが無いか確認した。一つの項目を除いて。


「最後の項目ですが」

「んム」

「トリバレイにバルトリンデ地方中央部の一部支配を認める。(※代わりにミッドランドの南端のごく一地域をバルトリンデに渡す)……これってマジですか」

「あぁ、その条項は続きが肝心だ」

「……ただし、トリバレイ、ミッドランド、バルトリンデが協力し、該当地域の魔族勢力をしらみ潰しにすること」


 かなり昔の話だが、この中央部とは向こうの国にとって首都だったことがある。地理的に極めて重要な地域だ。そこを一部とはいえ譲るほどの一大事。


 魔族。


「魔族……魔族ね。ようやく分かった。初めからそうか。これがそちらの本当の狙いか」

「いや。海でそなたらと覇を競うのも目標の一つさ。だが、魔族の方は国の存亡に関わるのでな」

「それが中央部に」

「ウム、明らかに巣食っておる。だが実態が掴めん」


 目の前のおばあちゃんの出身国、バルトリンデ。建国時の国是はミッドランドへの対抗だった。だが近年大きな方針転換を迫られている。


 以前討伐した道化師やボスオーガ、白蛇、大タコ。これらと同等以上の魔族の侵略にバルトリンデは晒されている。


「奴らは正面から戦をせぬ。厄介なことだ」

「確かに。力づくも使いますが、どちらかと言うと奇襲・謀略を使います」

「我が孫娘ロザリンデならば、魔族だろうがなんだろうが百戦して百勝する。が、背後が脅かされるとそうもいかん」

「なるほどね」


 確かに。俺たちは何度も、バルトリンデ側からくる魔族の攻撃を捌いてきた。


 しかし見方を変えてバルトリンデ首脳陣の立場になると、自分の領地からいつの間にか魔物が湧き出てくるということ。良い心地とは決して言えないだろう。しかも――


「そちらの女王は南方大陸で奮戦中と」

「そうだ」


 南方大陸。つまり、バルトリンデを通り過ぎてさらに南にある別の大陸だ。


 ミッドランド、トリバレイ、バルトリンデやその他の国があるこの大陸と、か細い陸地や島で繋がっている。ここは今、人類の生息が確認できていない。魔王とかいうゲームのラスボスみたいな肩書のやつが支配する、魔族の大陸だ。


 当然、そこと地続きのバルトリンデが徐々に圧迫を受ける。今この大陸が人間同士で争えている、ある意味平和なのは、ロザリンデ・バルトリンデ女王という女傑が規格外の人物だから。


 やってくる魔族をバッサバッサと切り倒している。もしかしたら人類の救世主かもしれない。


「私の役目はあの子の背後を支えてやることさ。ミッドランドはバルトリンデを盾にして平和を享受できる。そのためにそなたが頑張って内部に巣食う魔物を叩く。そちらにとっても、悪い話ではないと思うがね」

「……ふーむ」


 色々理屈を述べてはいるが愛だね、愛。孫娘を思う家族愛だ。


 なんだよ婆ちゃん、可愛いところあるじゃん。と、俺は気楽に笑った。(――この妖婆に限ってそんなことあるわけないのに!)


「私がそなたを捕らえた際、首を落とさなかったのもそれが理由。魔王軍四天王を二体も倒したそなたは、協力できる相手だと判断した」

「なるほど。よし、わかりました」


 そういうことなら協力するよ婆さん。


「時期を見てバルトリンデ中央部を押さえます。進軍の段取りは追って相談を」

「あー……まぁ、あそこ反乱したから。頑張れ」

「……はい?」

「いや、だから反乱した。そもそも味方というか、ミッドランドに対抗するために集まっただけで仇敵だから」


 ゲアリンデおばあちゃんが言うには、元々中央部と南部は一番そりが合わないとのこと。


 黄色艦隊の敗戦に見切りをつけて、中央部は独立しちゃったんだって。困ったね。


 しかもそれでこちらトリバレイに恭順してくるかと思ったら、それも嫌だから抗戦の構えなんだって。やんなっちゃうね。


「じゃあこの条項って……」

「うむ」

「反乱地域の平定を俺にやらせるだけじゃん!」

「うむ」

「不信感マシマシチョモランマ! うちの上司に告げ口させて貰いますからね! いざとなったら条約は破棄だ破棄!」

「どうかなァ。アリシア・ミッドランドなら、その地域を押さえる重要度に気づくだろう。彼女もまた頑張れと言うだろうな」


 うぐぐぐぐ。


 然り。地政学的にもここの制圧を見逃すのはありえん。


 これじゃあせっかく敵国を倒したのに、敵国が増えてプラマイゼロだ。なんてひどい。


「あ、それと」

「まだ何か?!」

「中央部ってすごく古い小国がギッシリでな。平定すんの超大変ぞ。バルトリンデみたいにトップ会談して終戦、とか絶対無理だから頑張れ」

「……あんぐり」


 開いた口が塞がらない。結局俺は損をしているのか得をしているのか。


 いや、いやいやしっかりしろ。短期的には辛いが、領地を増やせるのは長期的な投資では間違いなくいい。


 やはりこの戦役の勝者は俺。今に見ていろババァ、がっつり平定して利益を独り占め――……ちょっと待った。


 ゾクリ、と冷や汗が背中を流れる。利益を、独り占め……?


「ちょっと待った」

「おお、どうやらようやく察したか。そなたは頭がいいのか間抜けなのか分からんのう」

「頑張って平定すれば、その地の権益を独占できる」

「あぁ」

「これって魔物はびこる南方大陸にも言えるよね」

「そうだなァ」


 悪辣な魔物が跋扈する大陸。


 言い換えれば敵しか居ない。大義名分なんて要らない。切り取り放題。そこを存分に切り崩し、魔王とやらを討伐すれば……人の手がほとんど入らず、資源豊かで、魔物由来の産物も見込める。人類を救う栄誉も手に。


 背後のバルトリンデ中央部とやらを俺にせっせと治めさせて、終戦条約を盾に南方への道筋は自らが独占。大陸丸ごと、将来の莫大な利益を独占するは……


 バルトリンデ本国。この婆さんの実家。


「ってことじゃーん!」

「ハハハ。まぁ、気づくか」

「条約締結は中止! 中止です!」

「いいのかな。既に解放済みの部下たちを通して、調印は濃厚の噂を市井に流した」

「!」


 それで先に他の捕虜を解放したのか。まさか、調印までノラリクラリ時間を稼いだ? 噂を広めるために?


「長い戦乱が収まると期待した民草が大いに反感を抱くだろう。調印交渉の担当者。つまり戦功第一は三津谷辺境伯、とは周知の事実だ。いやァ~大変だ。領民から恨まれた領主、末路は決まっている」

「あがががが……っ、ババァ~……」

「ふ、はは」


 ぐにゃり、と視界が歪む。


 歪んだ視界で、年の功をガッツリと見せつけてゲアリンデが笑う。クソ、負けたくせに。どういうことだ。戦術的に圧勝したのに、勝負で負ける。


 これでは大国化したバルトリンデに、遠い将来良い様にされる。国力差は外交姿勢に直結するからな。かといって人類としては魔族に協力なんて出来ん。これでは目の前の婆さんを得させるために働くみたいなもんだ。


 俺の代はいいが子孫が泣く。なんで勝者の俺が追い詰められないといかんのだ。


「条項を修正する!」

「うむ。だろうな」

「この、スマホ契約書みたいに妙に小さく書いている(※代わりにミッドランドの南端のごく一地域をバルトリンデに渡す)は削除。ここ、モロに南方大陸への道の一つじゃん」

「おお、偶然だなァ」

「うぜェ……それと、バルトリンデ国はミッドランド国と、対南方大陸で共同戦線を取ること。これは譲れん」

「……いいだろう。ま、若いことを加味し、及第点をくれてやろうか」


 今度は轡を並べて戦えるな、とゲアリンデが笑う。


 どこまで見透かしているのか分からん婆さんだ。もしかしたら百戦錬磨の外交上手に、対南方大陸の助力へとうまいこと引き出されたのでは、と調印後に気づいた。


 俺の異世界スローライフの明日はどっちだ。

第二章完結です!ここまで読んで頂きありがとうございました。


二章は海運メインのお話でしたが、全体を通して『外交』をテーマにしてみました。

(主人公の戦闘力があんまりにも伸びないので、そうせざるを得なかったのです)

どのお話も戦場で勝ったから有利になるわけではなく、その後の交渉で有利を確保するのが大事、

ということを描きたかったです。


異世界系のお話だと戦術的勝利→決着ゥ! となることが多いので少しひねってみました。

楽しんで頂けたら嬉しいです。


章の終わりなので一旦区切って投稿も中断させてもらいますが、

続きは鋭意作成中なので、是非これからもお付き合いいただけるとありがたいです。

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