第三十ニ話:対談
最近新設したニェルガド町の外交館が、今は高級捕虜の収容所として使われている。
その中でも最も広い部屋には俺ともう一人。バルトリンデ本国直属黄色艦隊の提督にして、二代前の女王でもあらせられるゲアリンデ・バルトリンデ。
枷を付けられても堂々たる佇まいは、俺とどちらが捕虜なのか分からないくらいだ。入室した時点では、高貴なお立場がなせる虚栄の態度だと勘違いした。正直枷を付けていても怖いので、ムラクモに護衛について貰う。こいつが鎖を引きちぎらないかよく見ておいてくれたまえ。
「やァ、三津谷よ。また会ったな。ウム、初対面とは立場が逆だ」
「……思いっきりぶん殴ったのにもう目を覚したのかよ……いつから起きていた? ムラクモ少佐」
「運び込むときにはご自分の足で」
「おいおい」
「いい拳だった。が、まぁ鍛えているのでな」
御老体をぶん殴った無礼をちょっとだけ後悔していたのに。けろっとしていやがる。バルトリンデ王家はどうなってんだ一体。
冷や汗が流れそうになったがどうにか誤魔化す。これは外交だ。舐められるわけにはいかないからな。ゲアリンデが座っているものの百倍高級な椅子に深く座り、居高く顎を上げて外交を始める。
「さて、どこから始めましょうか」
「ん? 何か要求があるのか」
「そりゃあもちろん。こっちは黄色艦隊を壊滅させて、その司令官を捕らえた。そちらの総大将に譲歩させるには余りある戦果だ」
「……ほう」
「領土の割譲。軍備の縮小。賠償金の支払い。幾らでもふっかけさせて貰います。なぁ少佐、あとは楽勝だろ? 強すぎて申し訳ないよな」
「はっ。西の海に、我が艦隊に敵う勢力は存在しませんな」
「どうかなァ」
「強がりはよしましょう、お婆さん」
片眉を吊り上げ、やれやれとワザとらしく首を振って見せる。
この時はまだ、俺の心境には余裕があった。肘をついて顎を支え、年寄の見栄張りをあざ笑う。
黄色艦隊を構成する船はほとんど沈めた。調べでは修理中の数隻を除き、青色作戦にて全て沈没もしくは鹵獲。さらに構成員の大半を捕虜に。司令官も捕らえた。
作戦の目的は達成し、トリバレイの交易は復活。鹵獲した分でトリバレイは二個、頑張れば三個艦隊の運用が出来る。向こうはゼロないし半個艦隊。
あとは手持ちの戦果でたっぷり譲歩を引き出すだけ。だというのに。それを分かっているはずなのに、ゲアリンデの表情からは微笑みが抜けない。
「交渉ということならこちらの条件は一つだ。三津谷」
「選べるお立場かな?」
「まあ聞け。私を解放しろ。部下たちもだ」
「お話にならないね。じゃ、交渉決裂で全員処刑ってことで。ムラクモ、首吊の用意しておいて」
「そうなればそなたは右腕を失う」
「……あ? 何?」
ゲアリンデには命乞い特有の媚は一切ない。
予報……いや、事実を告げているようだ。右腕を失う?
「旗艦が沈む直前に、知らせの鷲を飛ばした。ああ、今思えばそなたも鷲使いかな? あの辺りの生態系には居ない鷲が、もう一羽いたな。くっ、あれで伏兵の可能性に気付けないとは、私もヤキが回ったか」
「……鷲? さぁ、なんのことかな」
「ならば分かるだろう。海上から文を届けることは造作もない」
「……何を知らせた。誰に」
「我が孫、ロザリンデに」
「……!」
ロザリンデ・バルトリンデ。
名前だけなら知っている。バルトリンデ国南方に本拠を構える女王。目の前のお婆さんの娘の娘。敵国の最高司令官だ。続きを聞きたいと言うのに、ゲアリンデは余裕たっぷりに戦評を下す。
「うむ。今思えば見事な采配だった、三津谷」
「そりゃどうも」
「まずはジグムント・アクスラインにあえて負けさせ、城に兵糧を運び込んだところで川の流れを変えて沈める。あの水攻めだけで歴史に名を刻むほどだ」
「ウチは頭が良い奴が多いんで」
やはりおかしい。
やはり、このお婆さんには余裕がありすぎる。何かを見透かしている。
俺の作戦ではない。完全に見切っていたなら彼女は捕らえられていない。一体何が自信の根拠だ……?
「泥中の搬入で兵糧に深刻な負担を与えつつ、経済力を背景に麦相場を三倍にする。ここニェルガドの集積を狙わせ、例の鉄の塊を飛ばす砲でそれを撃退する」
「……」
「同型砲のもう一門を積載した輸送船を進め『餌』として、我が黄色艦隊の航路を限定。待ち伏せで叩く」
「はっきり言って楽勝でしたね」
「受け攻めで十一手読み切りか。我々が城を一つ見捨てたらどうするつもりだったのかね」
「その時は別の手で兵站を叩いて、ニェルガド強襲の流れに合流させました」
「砲の輸送を狙わなかったら?」
「それは無いでしょう。黄色は勝ち過ぎました。あの時点で負けを想像出来ましたか?」
「ふーむ」
まるで『地図を読み解く』が如し、とゲアリンデは手放しに褒めた。盤上遊戯の詰め筋にはめられたようだ、と気楽に褒めた。
「しかし、一つそなたは見落としている」
「……?」
「確かにそなたは私という王駒を詰めきった。だが、味方の竜騎兵の駒をないがしろにしすぎではないかね」
ゲアリンデがいう竜騎兵の駒とは、元の世界で言う飛車みたいな奴。強力だが取られようが勝敗には影響しない。
“盤上遊戯”では。
「ジグムント・アクスライン。見事な手駒だ」
「……ええ」
「だが、上長の三津谷とかいう阿呆が良くない。少々うかつに南下させすぎた。彼の居場所は今、我が愛しい孫娘の射程よ」
「な……!」
がたり
と壁に背を預けていたムラクモが身体を起こす。何? そんなに不味いのか?
「馬鹿な。かの女王は南にかかりきりのはず。だから戦略構築から外した」
「そう勘違いしているのは北方バルトリンデの貴様らだけよ。少々事情があって南下を許していたに過ぎん。だが私を捕縛したことは、あの子の逆鱗に触れた」
「く……閣下、今すぐアクスライン殿に後退命令を」
「へ?」
「ロザリンデ・バルトリンデ。アリシア・ミッドランド女王と唯一実力同格の、世界級の化け物です」
その紫黒の剣は城門を山ごと切り裂く。
纏う莫大な魔力は、人智を超えた力でなければ傷一つつけること能わず。
強国バルトリンデを統べる王。人類種の頂点にして突然変異。ムラクモいわく、アクスラインが尋常の戦で負けるなどまずありえない。ただし化け物を相手にした場合は別。勝敗は見えている、とのこと。
だが待て、待て待て。そううっかり脅しに乗っちゃいかん。外交は焦ったほうが負けだ。
「日没までに知らせが届かなければ、あの子がそなたの右腕アクスラインを蹂躙する。我が王家使いの鷲が伝えた。あの子は夜襲も得意だぞ」
あの海戦の修羅場で、衝角突撃の寸前に文を出したのか。なんて肝が座っていやがる。
それに視野の上下動が抜群にうまい。
普通局所戦闘になれば、別の戦線の敵駒との捕虜交換なんて思いつく余力がない。目の前の老婆もまた戦図を読むことが出来る者ってことか。
「それでぇ? まさか飛車――もとい竜騎兵の駒を大切にして、王駒を取り逃がすぅ? そんな下手な指し手に見えますかぁ?」
飛車をかわいがっているうちはまだまだ三流さ。
「ふ、それがそなたの弱点よ」
「は、これでもトリバレイの最高司令官ですよ。優先順位を間違うなんて――」
「私が斬りつけた時、とっさにそこの髭もじゃを庇っただろう。三津谷最高司令官よ」
「げ」
「閣下……」
「あれで確信したよ。痛み分けには持ち込める、とな。……ま、戦好きでもないくせにノコノコ前線に出てきた時点で、ある程度そなたの特性は察していたがね」
ムラクモが自責と非難をごちゃまぜにした表情を、手で覆う。
ちぇ、見透かしたのはこれかよ。
アクスライン、あいつを失いながらも目の前の婆さんの首を落とす。その決断が俺に出来るか否か。くそ、やはり最高司令官なんて器じゃないな。
がりがりと頭を掻いてみせても、心の底では決まっていた。
「ふー……」
「決めたかね、三津谷」
「……女王に矛を収めさせろ。あんたの生存は一時間ごとに鳥で本国に知らせ。文面は検閲する」
「よかろう」
「捕虜解放は領地割譲や造船所の解体と同時だ。すぐに解放はしない。金もたっぷり払ってもらうぞ」
「結構」
こちらが引き出そうとした譲歩を、ゲアリンデは次々に認める。
「聞き分けがいいですね」
「ま、大体落とし所は分かっているからな。しばらくは海をそなたに預けよう。十年後は分からんがね?」
「………………チ、ババァ~……幾つだマジで。いつになったら死ぬんだよ~……」
「はっは。六十六だ。あと三十年は現役でいけるな」
「ふざけんなマジで、引退しろよ~……」
頭を抱えざるを得ない。
十年後もこいつとしのぎを削っているんじゃあるまいか、と確信に近い直感を得る。
勘弁してくれホント。次はそうそう簡単に待ち伏せを食らってはくれないだろう。どうにか交易路の確保はできそうだが、目の上のたんこぶは消えていない。
「ははは、まぁ仲良うしようではないか。ド温いお人好しではあるが、そなたはなかなかいい男だ」
「ババァに褒められても嬉しくねえ」
「私がもう三十年若かったら、獲って食っていたのだがなぁ。うーむ、可愛らしい」
「やめて」
「もっと早う転移して欲しかったものだ。そうだ、三津谷。孫娘の婿はどうだ」
「やだよ、あんたの孫なんて一生尻に敷かれそうだ」
ゲアリンデが愉快そうに笑い、俺はがっくりと肩を落とす。こうして停戦交渉はどっちが勝ったのかよくわからない結果で幕を閉じた。




