第三十一話:決戦、水平線を越えて
アクスラインが長髪を後ろでまとめ上げながら、前方を睨む。
その眼前には敵に落とされたばかりの城。
ここは陸での最前線。橋頭堡部隊とあだ名されて久しいアクスライン麾下の部隊は、連戦連勝でバルトリンデの国土奥深くまで南下している。
が、その破竹の勢いをあえて止めた。落城から上手に逃げたアクスラインと並び、俺は戦況を見る。
「見事な負けっぷりだ、中佐。勝ち方しか知らないと思っていたよ」
「フ、二重にお褒めに預かり光栄に」
アクスラインの部隊はほとんど損耗していない。むしろ負けたのに向こうのほうが損害大きいほどだ。
あと一歩で勝てる、と必死に城門を叩く敵を、あざ笑うかのように射続けた手練は見事の一言に尽きる。
「物見からの連絡によると、既に相当量の兵糧が運び込まれたようです、三津谷殿」
「よろしい。山頂のギラン少佐へ狼煙を」
「了解いたしました」
「俺はニェルガドに向かうよ。仕上げは海でやる。陸の動きは任せます。南下して敵陸軍をけん制してくれ」
「お気をつけて」
意気揚々と城に詰めるバルトリンデ陸軍を、アクスラインの部隊が遠巻きに包囲し始める。あまりにも間合いの遠い包囲に不思議に思った敵兵も多かろう。
その城下に、ウォルケノ山脈にて捻じ曲げられた濁流が注ぎ込まれた。
――
ごぽり、と周囲に音が響く。
あたり一面真っ青。
不思議な景色の中、俺は目を閉じて必死に念じる。あー、やばいかも。ギリきついか。ちょっと魔力流すの疲れて気絶しそうかも。
何かで気を紛らわさないといかん。
船の上。瞑想中の僧侶のように、あぐらをかいて手を組む。そうじゃないと集中力が途切れてしまうのだ。隣に控える頼れる海の男に、俺は声をかける。
「む、ムラクモ司令官」
「はっ」
「な、なんか喋って」
「は……またですか」
「う、む」
「先程は気が散るから黙れとのことでしたが……」
「いや、さっきのは取り消し。マジでぽーっとしてきた」
こんなやり取りも十回目だ。練の維持、もとい魔法発揮の維持がここまで大変だったとは。
現在の俺は船の上で、とある魔法を鋭意実施中。白蛇・次郎三郎から魔力そのものは分けてもらっているので規模は確保できるとはいえ、魔力操作は自分でやらないといけない。
これがまた気を使う割に気を失いそうで、にっちもさっちもいかん。徹夜で眠たい頭と目で針に糸通す感覚に近い。
「では、そうですな。いくつか質問をよろしいか」
「はいどうぞ」
「今回の青色作戦、ここまでは読みどおりの進行です」
「ん」
「特に霧八殿の治水と城ヶ辻殿の大砲、いずれも素晴らしい働き」
「あの二人は本当になんでも出来るからね」
「霧八殿の指南で、ギラン殿が敵城を水に沈め――」
水に沈める。そのフレーズに俺もムラクモも少し面白くなった。つい口角が上がる。人のことを笑える立場か、と。
「そこで敵兵糧を浪費させる」
「泥中の陣は麦が腐ろう」
「季節は春で収穫はまだ先。小麦不足に焦ったバルトリンデを尻目に、西方諸国から三倍の価格で麦を買い上げる」
「西方の奴らは金にがめついからな。払いさえすれば横取りできる」
経済規模で上回るトリバレイ特有の一手。相場操作は戦のたしなみだ。
これが出来るのはニェルガドを武力制圧しなかった賜物。あの町の処遇は我ながらよくやった。
「買った小麦をニェルガドに集積。そこを狙ったバルトリンデ水軍を、城ヶ辻殿の大砲が迎撃する」
あの時の光景は愉快なものだった。久しぶりに海戦での勝利。……厳密には向こうが船でもこちらは陸上だったけれど。
ニェルガドに配置した一門の大砲。綾子特製の『国崩し』がバルトリンデ軍の船体に穴を開けていく。ようやくの勝利にムラクモは大いに喜んでいた。
「しかし疑問が一つ。あの大砲をなぜもっとご活用なさらない」
「うーん良い質問だね」
兵器のスペックで上回っているのだから、それを前面に押し出すべき。軍人としてのムラクモの指摘は実に正しい。
しかし、それはあくまで戦術レベルの話。残念なことに、今回それでは目標を達成できないのだ。大砲をちらほら撃っても敵をビビらせたり、甲板の上の奴らを数人蹴散らせるだけ。
肝心の黄色艦隊の壊滅にはつながらない。
「だから必要なのは、連中を一撃で全滅させる策さ。ん、そろそろか。総員準備させろ、ムラクモ」
「む、承知。全艦、戦闘配置!」
「よく見つけてくれた、フーリエ」
俺の同僚にして綾子の相棒。大鷲フーリエの視覚がテイムの連鎖的なつながりを通して伝わってくる。青空高くから見下ろす海原には、俺達が居る海域に向かって黄色い船団が向かっているのが見て取れた。やはり、どんぴしゃり読みどおりだ。この航路しかあるまい。
黄色艦隊が意気揚々と、こちらの予測した航路を進む。なんせもう一門の『国崩し』がトリバレイからニェルガドへ、この航路で輸送中との情報を得ているからな。
黄色の奴らとしてはぜひとも沈めるか、あわよくば鹵獲したいところだろう。
その心理がやつらの敗因だ。
さて、なぜ航路でかち合ったはずなのに、わざわざフーリエの視界を通さなければ索敵できないか。障害物など一つもない大海原で。
理由は簡単。俺たちは船上にいるが海上には居ないのだ。
「浮き砲台、いつでもいけます!」
「白蓮、両舷装填完了!」
「三津谷殿、全艦戦闘態勢よし」
「よろしい、全艦”上げ角”!」
しゃらん
と剣を抜き、切っ先を天頂に向ける。
垂直方向の加速で体が重い。エレベーターで上昇するのに似た懐かしい感覚だ。
俺やムラクモ、それを乗せる旗艦・黒蓮。さらには他の随伴艦も、ゆっくりとしかし確実に”せり上がっていく”。
魔法で抑え切れなくなった水が豪雨のように天井から降り注ぐ。
不意を突かれた魚たちが甲板に飛び込む。海抜マイナスからゼロへ。
「う、おぉ……なんと面妖な光景でしょうか」
「チッ、思ったより水が入り込んでくるな」
「両舷! 甲板の水を掻き出せ!」
「そろそろ泡が弾けるぞ。海面に出次第砲撃だ。細かい射撃指示は全部君に頼むよ」
「承知!」
「さァ行くぞ諸君! 今日からこの海はトリバレイが貰い受ける!」
『泡』が鍵だ。
次郎三郎から分け与えられた『泡』を操る能力。その力を使って、俺は艦隊をすっぽりと海底に沈めた。
そして黄色艦隊の航路を限定し、その真下で待ち伏せた。
海底で蓄えられた二酸化炭素濃いめの空気が、バルトリンデ黄色艦隊の足元で弾ける。
海面に飛び出た勢いで、黒蓮の船体がわずかに離水した。嵐よりも揺れる船上、そして今度こそ海上。狙いすましたタイミングで下知を飛ばす。
「撃ち方始め」
「撃て!」
「撃てッ!」
各艦から次々に砲撃が号令される。
こうなれば操船術も何もない。突然横面に出現した俺たちに敵方は何一つ対応できない。一方こちらは準備万端だ。装填済みの砲身が次々に火を吹く。
黒蓮や、黒蓮級二番艦・白蓮。随伴艦。さらにはジュウベとクジョウの両家が急ピッチで仕上げた低コスト新造艦、砲撃だけに重点を置いて量産した浮き砲台が黄色い船体を粉々にしていく。
この世界にはまだ鉄甲船も蒸気機関もレーダーもミサイルも無い。その技術レベルを一気に飛び越して転移人の俺が持ち込んだ概念。
それは”潜水艦”だ。
目視できない海底から、艦隊陣形をバッチリ整えて飛び出してくる脅威に、黄色艦隊は続々と撃破されていく。
「よし……! よーし、いける! めっちゃ勝っているぞ、撃ちまくれ!」
圧勝。
超楽勝である。
渾身の初見殺しが効いている。
海戦は序盤の劣勢を挽回するのが難しい。なにせ喫水線に一発食らったら退場だ。体勢を立て直すも何もない。
うーん、これが異世界知識無双ですか。こりゃ勝ったな。風呂入ってくる。
「撃て~い! うぇ~い! オラオラ弾幕薄い、なにやってんの!」
「はっ。右舷、装填遅いぞ! 任意に撃ち続けろ! ――むむ、閣下!」
「ん? どしたし~? ムラクモっち~」
「右舷に突っ込んできます! 恐らく敵旗艦!」
「はい? ぼ、防壁」
「黒蓮、防壁全開! 近寄らせるなァ!」
戦況が急変したのは、俺が最も信頼している提督の焦りからよく分かった。
ムラクモの号令が虚しく響く。下士官からは「止めきれません」とか、「敵艦推力上がる」とかなんだか縁起の悪い報告ばかり。
体当たりだ。信じられない迫力で、旗艦のくせに脇目も振らずにぶっかってきた。敵旗艦の衝角に見たことも無い術式が。もしや黒蓮の防壁を考慮に入れてやがる。
堅牢さが自慢の黒蓮の船体が大きく左右に揺れる。防壁が破れかけている。
しっかりせい! おい、マジで。
負けるのか。
今回はらしくなく目一杯頭を使って頑張ったのに、リアルガチでここまでやって負けるのん? ムラクモ少佐がひげに泡をつけるほどに焦っている。
「乗り移ってくるぞ! 黒蓮総員、白兵戦用意! 白蓮もこちらに接舷させろ! 剣を抜け、私に続け!」
「次郎三郎、次郎三郎……! くっそ、起きねえでやがる」
「閣下をお守りしろ! 近衛兵、全員円陣を敷け!」
敵旗艦の衝角が黒蓮の右腹に激突した。
それと同時に黄色艦隊旗艦の乗組員がこちらに移ってくる。既に航行能力が減衰した敵艦。友軍の援護射撃が降り注ぎ、敵旗艦は沈みかけ。
だが後の祭りだ。もう接舷されてしまったのだ。今さら沈めてもこの局所戦に影響はない。乗り移る偉丈夫たちの先頭を走るのは勿論、
ゲアリンデ・バルトリンデ。
猟奇的な笑みを浮かべ、日本刀のようなサーベルを担いで乗り込んできた。
「幾つだババァ」
後で知ったが御年六十六歳。
揺れ、砕け散る甲板を自在に飛び跳ね、野太刀で次々に血しぶきを上げながらこちらに迫る。
今すぐ逃げるようにムラクモが促してくるが、残念。逃げ場はないぞ。泣けてきた。二度と前線になんか出るもんか。
「おいおいおい……!」
「三津谷ィ! 見事、今回はそなたの勝ちだ! だが首は貰っていくぞ!」
「勘弁してくれよマジでもおおおおおおォ!」
たしん!
と太刀を下段にゲアリンデが構え、一呼吸溜めると、背筋に冷や汗が噴き出た。
三十メートルはあったはずの間合いが一歩でかき消える。瞬歩じゃん。
薙ぎ払われた剣先には『即死』の二文字が浮かんでいる。
一か八か。
とっさにありったけのデバフアイテムを装備。半日ぶっ続けの魔法発揮と、急激な実力の減衰に視界がふらつく。ふらつく視界はしかし、なんとか安心できる灯火をくれた。
『対象:ゲアリンデ・バルトリンデ』
『強者上位:0.1% 対象判定:OK』
『革命スキルを発動可能 ……敬老アッパー』
干支が四周り違うおばあさんの下顎を、俺は渾身の力でカチ上げた。敬老精神万歳。
革命スキルの発動タイミングが本当にギリギリだったことは、首筋で剥けた薄皮が教えてくれた。




