第三十話:青色作戦
ひどい目にあった。
バルトリンデの捕虜になったときよりも自由が無かった晩だった。あのときは手首足首の先くらいなら動かせたのだから。
昨晩は妻たちに許可を取らなければ、指一本動かせない夜伽だった。いいぞ、少しだけ手加減してもっとやれ。
少々以上の倦怠感を覚えながら待ち人を迎える。トリバレイ城正門にて、最前線から一旦戻ってきたジグムント・アクスライン中佐と握手を交わす。南方遠く駐屯し続けたというのに、軍人らしい体格のよさは少しも消耗していない。皮膚の厚い手のひらの感触に頼りがいを覚えた。
「や、中佐。連勝してるとこ呼びつけてすまんね」
「ご無事で何よりです。バルトリンデめに捕らえられたとお聞きしましたが」
「こっそり逃げ出してきたのさ」
「それはよかった……」
無論、俺が無事だったことはとっくに聞いていたのだろう。が、実際に再会してアクスラインは心底ほっとしてくれた。嬉しいことだ。レモネード色の長髪をかきあげ、兄のような声色で続ける。
「海上ではムラクモ少佐がより一層励んでいる様子」
「うん」
「彼に前線をお譲りになって、三津谷殿はどうぞ城でご采配を」
「ごもっとも。心配かけてごめんなさい」
「結構。では早速、小官が迎撃の概要をつめて――」
「通常の戦争ならそうだろう。君たちに任せるのが正しい。陸と海でそれぞれ優秀な指揮官を俺は得た」
その内、陸の方は君だと目線で伝える。
「だが事は単純ではなくなった。例の『黄色艦隊』。あれをどうしても潰さなければ、トリバレイの経済が崩壊する」
「……ふむ」
「あれを潰すには戦術だけでは無理だ。五分と五分で撃ち合ったら勝てないからね。予め戦場を整える。陸海を連携させた、大規模な戦略が要る」
「……!」
目端の利くアクスラインは、俺の言いたいことを察した。そしてこちらからも察するに、彼は非難ではなく喜びを第一に感じているようだった。
武者震い。はばの大きい肩を震わせている。この辺はフェルトン財務官とは違う、武人としての価値観なのかも知れない。
「陸軍と海軍の統合作戦運用を私がやる。君は私の下について陸のバルトリンデどもを捌き給え、中佐」
「はっ! ……そのお言葉を――」
「ん?」
「閣下の直属について存分に剣を振るう。そのお言葉をずっとお待ちしておりました」
「そうか。待たせたね。君があんまりにも頼れるから。あれ、ミッドランド風はどうやるんだっけ……?」
跪いたアクスラインから剣を受け取り、剣先でトントンと肩を叩く。どっちをどういう順番で叩くのか分からん。それでも満足そうに剣を収めたアクスラインを連れ、俺は城の会議室へと向かった。
――
入室すると、作戦会議の出席者が全員揃っていた。
国務長官 兼 トリバレイ港増設責任者、城ヶ辻綾子。魔法長官 兼 文化財建築担当、霧八佳苗。姫野商会筆頭、姫野佑香。
学園まるごと転移した中でも上からトップスリーの人材を抱えているのだ。我が陣営に出来ないことなんて一つもない。
さらに現地人からは、第七軍団将軍、ジェイコブ・ストライテン中将。橋頭堡部隊、ジグムント・アクスライン中佐。ギディオン・ギラン少佐。第一艦隊司令官、ムラクモ・ジル少佐。こいつらに全部任せていれば大陸の一つや二つは五分で落とせるのだが、今回は敵も手練なのでそう上手く行っていない。
文官からはバーナード・フェルトン財務長官、ユースティティア・アン・クローデル法務長官、造船担当官ジュウベ・ルリ、クジョウ・ミカゲも出席している。
やっぱウチの陣営ぱないの。
これで勝てねえんだからあのバルトリンデの婆さんも大したもんだ。全員出席を確認して、俺から口火を切る。
「それじゃ、始めますね。作戦名:黄色艦隊ぶっ潰し大作戦! の作戦会議を始めます!」
「青色作戦にしましょう」
「賛成」
「ぶっ潰し大作戦!」
俺のクールな命名を無視し、綾子の提案が採択される。
出だしは絶好調だな。全員俺の言うことを聞いてくれそうだぜ。な。
「始める前に一つご質問が」
「はい! ストライテン中将」
「作戦目的は全員で明確に共有しておくがよろしいでしょう」
「はい。大目標はトリバレイの海運健全化。そのためには交易路の確保。そのためには黄色艦隊の撃破、というものです」
「ふむ」
わかりきったことだが、だからこそストライテンは確認しておいてくれた。
続いて綾子が黄色艦隊を無視しての航路確保の難しさを説明し、フェルトンが西方諸国との交易の重要度を説く。やはりあの艦隊を殲滅、弱体化、もしくは長期無力化しなければ話にならない。
「よろしい。次はどうやって、ということですが」
「それも考えがあります、中将。かの艦隊をピタリと待ち伏せすることができれば、確実に勝てます」
「……? 海戦は少々疎いのですが……そのように有利な地形があり、そこに誘い込むと」
「いえ。地形は問いません。任意の海域におびき寄せればいい。具体的には――」
「……ほう。流石転移人。奇抜な考えです」
ここに居るのは信頼できる者ばかり。言ってしまってもいいだろう。
とっておきの秘策を伝えると軍人勢、特にムラクモ提督が深くうなずいた。
「そんなことが出来るのですか、閣下」
「出来る。ちょっとしんどいけれど、感覚的にはいける。これが俺の出陣理由だ」
「これは……海戦の革命です。我が方は圧勝するでしょう」
俺だけにしか出来ない前線指揮の根拠。その根拠を伝え、ムラクモのお墨付きを貰うことで、ようやく妻たちやフェルトンが納得してくれる。安心せい。一撃で決める。
「では、黄色をどうやっておびき寄せるかですが」
「それも出来る。地図を見てください」
円卓に広げた海域図を全員が覗き込む。得意なことが極端に少ない俺ではあるが、こういう地図を読むことだけは得意だ。小学生の頃から地図帳や社会の参考書ばっかり読んでいたから。我ながら寂しい奴。
が、今はそれを活かせるのに感謝しよう。
「トリバレイ港がここ。ニェルガド港がここ。黄色艦隊の泊地がここ。ムラクモ少佐」
「はっ!」
「トリバレイ港から金貨を満載してニェルガドへ。黄色艦隊の立場から見て迎撃能うか」
「出来ます。鳥を操る魔術で、最速で知らせば……黄色の奴らの操船術なら見てからでもギリギリ追いつける」
「結構」
このギリギリ加減が重要なのだ。航路を一本に絞れる。
「綾子さん」
「ん」
「ニェルガド港内から湾の入口へ、砲撃可能な兵器を作れます?」
「んー……こっちの世界の冶金術だと厳しいけれど……ま、私がやればなんとかなるでしょう」
「お願い。二門作って。わざと重く、船でどうにか運べるくらいに。釣りエサに使う」
「いいよ」
「ストライテン中将、工房の建設に予備兵を使います」
「港の建設でも城ヶ辻殿のお手並みは存じております。万事お任せください」
よし。魔法砲が主流のこの世界。物理的な大砲はまだまだずーっと未開発。一足飛びの開発には綾子の知識と才覚が不可欠だ。
が、これでは足りない。少数の大砲では敵を撃退することは出来ても、黄色艦隊を殲滅は出来ない。
「佳苗さん」
「はい」
「ウォルケノ山脈の水流を一時的に捻じ曲げるのってどれくらいの範囲に出来るかな」
「測量データはこれですか。うーん……これくらいかな」
佳苗が地図の上に杖を走らせ、魔法で薄く輝かせる。ちょっと足りないな。望ましいのは今アクスラインが制圧している町、こちらの領域の南端まで。
「後少し。このへんまで行けない?」
「うーん……土製のゴーレムをいっぱい作ればなんとか……でも人手は要りますよ」
「ギラン少佐。佳苗さんの直属へ。暫く土木作業を頼む」
「はっ!」
「あとお金も要ります」
「フェルトンさん。臨時の国庫出動案を」
「いいだろう。協力すると言ったからには全面的にやるぞ」
なんでも出来る綾子と佳苗。この二人の知力があれば、予め戦場を思うように変えることも可能。
ストライテンやギラン、フェルトンなど、現地人の手駒もいいのが揃っている。
詳細をつめ、受けたり攻めたりの変化を一つずつすり合わせていく。俺たちなら出来るとも。
大砲と治水。二つの手札を使い、まずはバルトリンデの陸軍を叩き潰す。
――
ジグムント・アクスライン中佐敗戦。
最前線の町を放棄し潰走。
その知らせを俺はトリバレイの港で耳にした。




