第二十九話:敗戦処理
白蛇・次郎三郎を肩に乗せて、トリバレイの港に無事生還。
ざぱーん
と、高波と共に桟橋へと流れつく。
「ふぃー、助かったよ。毎度毎度ありがとな、相棒」
「む、卿は余の一番の配下であるからな。その卿たっての願いだから、眠気を押して仕方なく叶えてやっただけのことよ。そう軽々しく頼って貰ったら困るぞ」
「はいはい、分かっているって」
「あと良い酒寄越せ」
「おう」
「では、余は寝る」
しゅるしゅるととぐろを巻いて目を瞑り、すぅ……っと消えていく次郎三郎。分社の発揮を取りやめて、ウォルケノ山脈頂上の本体に戻ったようだ。
これでしばらくはテイム勢に頼れなくなったわけだけれど。何はともあれ戻れてよかったよかった、と港で背伸びしたら思っていたのより万倍叱られた。すげー叱られた。
なんでだ、ちゃんと帰ってきたのに、という反論はまずバーナード・フェルトン財務官の迫力ある小言で封じられた。
「おい坊や、俺は何回も何回も言ったよな。トップが前線に出るなって」
「わ、わかった。悪かったです」
「それも海戦だぞ。横たわっていればいい陸とは違う。一度漂流してしまったら救助は絶望的だ」
「……はいぃ……」
「いいか。もういい加減自分の価値を理解して、執務室でおとなしくしていろ」
「……」
最近正座が堂に入ってきた。
俺がじっとうつむいているのに気づいたフェルトンが、眉を吊り上げて叱り続ける。まるで元の世界の教師みたいだ。なんだよ、俺の方が立場が上だぞ。という立場の差はあっさりと無視され、フェルトン先生の指導は続く。
「おい、返事がないぞ」
「……悪かった、財務官。でももう一戦だけやらせて」
「はァ!? あのな、……なんだ。ずいぶん真剣な面じゃないか。助力がいるか?」
「頼む。トリバレイは総力戦になるだろう。財務面でフォローしてほしい」
でなければ黄色艦隊に経済圏がやられる。そう告げると、フェルトンの叱りようはおとなしくなった。小言はずっと続くけれど、それでも子供みたいに叱られることは無くなった。
他の者もそうだと良かったんだけどなあ……。
ギラン少佐とストーン少尉はちょっと出かけるたびに背中に張り付いてくるようになったし、それで戦乙女のアンジーとボディーガード役を争うようになった。仲良くしてね。
荘園のキサラに生還を伝えると、頬を引っ叩かれた後に「責任を最後まで取れ」と泣かれた。誠心誠意謝って贈り物をして許してもらった。
カイト・コールドウェルの母ルーナも泣き続けていたらしく、健在をアピールしたらますます泣かれた。本当にごめんなさい。
もしかしたら……。もしかしたら、俺が遭難するのって思っていたよりもちょっと僅かに大事だったのかもと反省。
エルフのシグネや女王陛下アリシアに無事の手紙を書く。シグネ様、無事です心配させてごめんなさい、あなたの下僕にして友、三津谷。陛下、負けてごめんなさい次はきっと勝ちます、あなたの配下末席、三津谷、っと。
一息ついたところで寝具に引きずり込まれた。音もなく近づいてきた麗しの妻たちが、次々にベッドの上に乗ってくる。佑香の他にも佳苗や綾子、その他転移人のみんなやアオタニから嫁いできた子たち。
全員綺麗な肌を惜しまず見せてくれている。いつもは俺に愛情を注いだり、尻に敷いたり金品を巻き上げたり貢物を巻き上げたり叱ったり馬車馬のように働かせたりする素敵な女性陣だが、今日は少々表情が怖い。
「あ痛い! 痛い……い、いきなりですね佑香さん」
「ふー……葉介。おかえり。覚悟しなさい」
姫野佑香の目が据わっている。
俺の馬乗りになって、表情はまるで首を締める一秒前みたいにおっかないものだったが、しかし優しく口づけしてくれた。うっかり遭難することの重大さを反省しつつ、こころを込めて佑香たちにお詫びする。
「みんな、心配かけてごめんね。ただいま」
「ふー……っ」
無言で怖いが表情はちょっとだけ許してくれた。佑香は静かに怒りながら口づけを繰り返す。十分に舌の熱を交わしあって、よしよしと腰を撫でると跨ってきた。お、またちょっと許してくれた。
チョロさでは一、二を争う佑香の表情は、口を尖らせながらも赤くなっていく。太ももの付け根あたりを続けて撫でるとだいたい許してくれた。チョロ早い。
「まったく……! 新婚なのに、立場をちゃんと考えてほしいし」
「はい」
「葉介、バカ葉介。いきなり私を未亡人にするつもり?」
「しません。佑香さんがおばあちゃんになるまで一緒に居ます」
「……嘘。財務官から要請が来た」
「む」
戦時協力要請。民間商人としてトリバレイの税収を支える佑香たちに、フェルトンは臨時の融資を頼んだ。同じ陣営といえど違う部門。当然、作戦の概要くらいは伝えているのだろう。
俺が前線に出ることも伝わっていると思う。
見回すと佑香以外の子たちも、発情した様子を収め真剣な顔で俺の言葉を待っている。
「もう一戦やる」
「……! な、な、何を――」
ぐん
と佑香はますます俺をベッドに押さえつけた。うーん、本当は愛を確認する場だと言うのに、怒りを貯めていく佑香の顔が怖い。慣れていないと嬉しさより恐怖心が上回るだろう。
慣れている俺は怖くないけれどね。怖くない。ちょっとくらいしか怖くない。
前髪のせいで表情が読みにくい霧八佳苗が、すうっと無表情になってますます読みにくく、俺の足首を拘束する。城ヶ辻綾子に至っては、もう片方の足首に呪詛のこもった鎖を笑顔で巻き始めた。呪わないでね。
この様子だと朝を迎えても起き上がることは許さないだろう。あー……一生このままでもいいなあ。それでもやらねばならん。
「次は勝つ。算段がある。そのためにはどうしても俺が出ないといけない」
「……どうしても?」
「ああ、必勝のためにはね」
「……」
「それに、敵の将が言っていた。俺を負けさせ続けてここを陥落させたら、君たちをバルトリンデの妾に貰っていくって」
「も、もう、露骨な挑発に乗るなし」
「やらせん。君を他の男には渡さん」
「ん、んん……」
モテない気質の男の執着心、なめないで欲しいものだ。
黙っていても女性に人気な奴なら独占欲も薄いのだろう。とっかえひっかえしても勿体ないとか思わないのだ。
だが、俺は幸運だけで格上のこの子達を手に入れた。だから一人残らず放しはしない。バルトリンデの奴らには渡さない。
「つ、つまり、私を守るために戦うってこと」
「そゆこと」
「ま、ま、まぁまぁ、まぁ、そういうことなら……」
チョロすぎて心配になるわ。
たったこれだけで許してくれるとか大丈夫か佑香さん。
というか、基本的にトリバレイ勢の女の子たちは初心な子が多い。多いとは正確ではないな。全員初心で可愛らしい。
ルリやミカゲのように高貴な貴族階級だったり、転移人でもいい女過ぎて男性を見下しまくっていたり。そのせいで愛情を注ぐ経験が無く、反動で物凄く愛してくれる。そんな彼女たちを独占できるとか、俺は前世でどれだけ徳を積んだのだろう。
本当に生まれてきてよかった。生きててよかった。それと自分を蔑ろにしてごめんなさい。
トリバレイ生還後に沢山怒られてようやく気付いた。自分を過度に低く見積もるのは、高く見積もるのと同じくらい愚かなことだ。それなのに今までの俺は……このせっかくの幸運な境遇に感謝が浅かった。
感謝をしていたつもりでも、その度合いが足りなかった。
これからは、愛してくれる皆に感謝して感謝して感謝しまくって、天寿を全うするまで仕えさせて頂こう。
「佑香さん。それに他の皆も」
「んん」
「俺はアホでした。こんなに好きになってくれたのに、うかつに敵の捕虜になって、首を危険に晒すなんて」
「む」
「こんな幸運に恵まれていたのに、感謝が足りませんでした。深く反省しております」
「よっ、よろしー……」
楽勝で顔真っ赤に即落ちしてくれる佑香さん好きすぎる。
しわくちゃの爺さんになるまで、ずっとずっとお側に居させてもらおう。




