第二十七話:親の心、子知らず
ミッドランド王国辺境伯として、領地整備の本質を教えてやる――とはりきってカイト・コールドウェルを連れて、今日も住居建築現場に赴き三時間後。
「も”う”つ”か”れ”た”」
「だらしないな、葉介。僕はまだまだいけるぞ」
「うぎぎ……」
気合でつるはしを持ち上げる。そして重力に堪えきれず振り下ろす。岩が硬いし根は深い。
ドカチン
ドカチン
とする整地の手もくたびれてきた。
カイトの方はガキ特有の意地の張りっぷりを炸裂。だらだら汗を流しながら頑張っている。時折こちらに向ける目線は同格以下に向けるものだ。
ガキぃ……見下してんじゃないぞ……。
これだから子供は嫌いだ、嫌い。負けるつもりはまったくないが、休憩は大切なのでちょっとだけ今は勘弁してやる。ちょっとだけ休憩だ、負けてないぞ。
「カイト、一旦休み。汗を拭きなさい」
「おう」
「はぁー……ちかれた」
カイトを連れて家造りに勤しむこと一週間。本職の大工たちをたっぷり動員していることもあり、急ピッチで工程は進む。この分なら、国境で困り果てている人たちも徐々に受け入れられそうだ。
特に子供の流入は最優先で認めよう。全員がっつり良い教育受けさせて、将来は俺を楽にさせる民草としてやるのだ。はっはっは、夢の左団扇だ。
そのために今めっちゃ苦労している気がするが、深く考えるのはやめよう。ちなみに――
「お二人さん、軽食が出来ましたのでどうぞ」
「母さん! ありがとう!」
「いつもすみません、ルーナさん」
ぱたぱたと、まだまだ元気なカイトが愛する母親のもとへと駆け寄っていく。カイトの母親、ルーナ・コールドウェルがサンドイッチを運んできてくれた。
生活と子育ての心配がなくなったので、ここのところすっかり目元のくまは取れた。やはりこちらのほうが良い。とても柔和で母性的で、素敵な女性だ。
大工たちも皆狙っている。おら、手が止まっているぞキリキリ働け。サンドイッチはやらん。
そうそう、ちなみに。困窮している子供を受け入れるとは、ニアリーイコールでその母親も受け入れることが多い。大半が戦で夫を亡くした女性たち。長くバルトリンデとの戦が続くこの国では、悲しいことだがそういう人々がどうしても増える。
そして何人も彼女らを受け入れた結果、『後家集め辺境伯』のあだ名がトリバレイ全域で囁かれることになる。
事実無根である。時々ルーナさんといい雰囲気になったり、彼女のふっくらした腰をつい目で追ったりしているが、根も葉もない中傷である。不名誉なあだ名増えすぎだろ。
「美味しいです。ルーナさん」
「まぁ、嬉しい。はい、お茶もどうぞ。セレナと一緒に作りました。お口にあって良かった」
「ありがとう。セレナちゃん」
「ようすけー」
ふ、可愛いガキ二号め。お前も食え、とセレナにサンドイッチを渡す。あやしていると、隣でむしゃむしゃとルーナの料理を平らげていたカイトが、とんでもないことを言い出した。
「なぁ、閣下」
「閣下はよせ」
「葉介はさ、母さんと結婚するの?」
「んげぷ」
茶が気管に入った。
「な、な、何いってんのだね君ィ……」
「え、違うの?」
「ち、違うとも。だいたい俺は既婚者だし」
「えー……葉介が毎日一緒に居てくれたら、母さんも安心なのになー……」
「……葉介さんって……既婚者だったんですか……」
しょんぼりとうなだれるカイト少年。と、なぜか同じく暗くなるルーナ。
ふ、ふふん。この小僧もようやく俺の価値に気づいたか。正直舐められっぱなしだと思っていた。|
「大丈夫だって。俺はトリバレイの領主だぞ。君たちがここで暮らす限り、常に俺の庇護下だ。分かるか? 庇護下」
「し、しってるし」
知らんだろう。ま、そのうちちゃんと学校に通わせて勉強させてやろう。
そういえばトリバレイには学校が無いな。子供の人口が増えているのにこれは良くない。佳苗が進めている図書館建築が一段落したら、あの子に教育システムを手掛けてもらうか。女教師・佳苗。見た過ぎてヤバイ。
ところで、なんでルーナさんはさっきからだんまりなんですかね……。顔真っ赤にして、細めの目を固くつぶって俯いている。綺麗な大人の女性にそういう態度を取られると、どうしても期待してしまうんですが。
「とにかくもう安心してもいいってこと。いちいち家に入らなくても全員養ってあげる」
「だって。残念だね、母さん」
「……カイト、へ、変なことをいうのはやめなさい……」
「でもさぁ。母さんいっつも葉介が帰ると――」
「しっ! 迷惑だからやめなさい」
カイトを叱るときは理路整然とする賢母が、今回は妙に支離滅裂だ。笑いながら怒って顔を赤くするルーナは、それはそれは趣深くてずっと見ていられる。
のに、いいところで邪魔が入った。コンコンコン、と建築中の柵が叩かれた。
バーナード・フェルトン財務官が立っていた。彼との話題は財務関連。機密性が高いので、流石にコールドウェルの三人は離して置いておく。
「ボス、ちょっといいか」
「フェルトンさん。どうしました」
「ちょっとまずい」
「げげ」
「そう嫌な顔されてもな……。ボス、財布が空だ。なんとかしないと」
んなアホな。
トリバレイ経済圏は大陸有数。交易量はほかの町と比べても二桁三桁多い。とてつもなく儲かっているはずだ。
「なんでです。税収は右肩上がりだって聞いていますが」
「投資のしすぎだ。城の増築に、港に、軍船・商船、荘園。加えてこの前から入国者向けに住まいまで」
「あわわ……で、でもお金がそんなにすぐなくなります?」
「ここのところ資金のバーンレートがかなり悪化している。北の森との流通は絶好調だが、海が良くない」
フェルトンが見せてくれた詳細を見るに、たしかに危機だ。エルフの森やミッドランド、そしてトリバレイで生み出した製品が、以前よりも港で滞るようになっている。
一品あたりの儲けは問題ないが、買い入れにくる船が遅れたり、買い叩かれそうで交渉が決裂したり。儲かる量は維持できても、儲かるまでの時間が長い。こうなると収入サイクルが間延びし、黒字でも資金が破綻しうる。
「原因は敵艦隊か……」
「バルトリンデ国王直属、通称『黄色艦隊』。こいつらは厄介だぞ。西方諸国交易するにも、制海権を確保しきれない」
「うむむ」
大タコ・クラーケンの両川を手駒に寝返らせてから、こちらの交易路はある程度取り戻せた。しかし、完全にではない。両川はどんなに大きい存在でも一匹だけ。大海原を掌握することは出来ないのだ。
練度の高いバルトリンデの艦隊が邪魔をしてくる。ムラクモ・ジル少佐の奮戦でも戦線は五分五分未満といったところ。
「確かに、まずいですね」
「どうする。悪いが軍事面は門外漢だ」
「……フェルトンさんは経済面で適正交易路の算出を。黄色艦隊に圧迫されても、極力太く航路を確保できるように」
「了解だ。あとで案を回す」
「いえ、暫定ですが全権をお渡しします」
『しばらく交易路のこと全部やって 三津谷』と、羊皮紙の切れ端に命令書をこしらえて渡す。怪訝そうに受け取ったフェルトンだったが、何か察して表情を険しくした。
「……? 構わんが……。 ! もしや前線に出るつもりか。いい加減にしておけ、辺境伯」
「いや、ムラクモが海上警備を再開して長い。これでは彼に負担がかかりすぎる」
「それだけの給料を渡しているだろう。あのな、悪い癖だぞ。そろそろ自分のことを低く見積もるのは――」
「黄色艦隊にひと当たりして勝機を探る。場合によっては火葬竜らの力を使う必要があるだろう。トリバレイの安寧は私が守る」
「……いいか、無茶はするな。お前と俺達が居れば、最後はかならず勝つ。だから無茶はせずに帰って来いよ」
「ふ、任せておけ」
「ほんとにほんとに無茶だけはするな、分かってんのか。詳細は聞いているぞ。先の魔族とやらとやり合ったときもお前は死ぬ寸前まで――」
「わ、わかったよぅ……」
そんなに怒らなくてもいいだろ。
護衛についていたストーン少尉を呼びつけ、第二艦隊の出港準備を命じる。親しみを込めてフェルトンと拳を合わせたところで、少年に呼び止められた。
「閣下」
「閣下はよせ」
「閣下、僕を連れて行ってください。コールドウェルは騎士の家です! 必ず背中をお守りします!」
言うと思ったよ。
激しく燃え盛る瞳。カイトのそれを受け止めきれず逸したところで、目があった。分かっているとも。そう泣きそうな顔をしないでください。
「駄目」
「どうして! もう戦えます。子供じゃありません!」
「そうだとしても駄目。母上に俺を恨ませる気か?」
「……!」
小僧、もう少し大人になることだ。戦で夫を亡くし、続けて息子も亡くしたら、辛うじて耐えてきたルーナの精神は崩壊する。ルーナが息子の出陣を認めるなど絶対にできない。
しかし。
しかし、このトリバレイで生きていくには、手に職のないコールドウェル家は従軍でもしなければ居場所がない。そう勘違いして、先程から鳴咽をこらえているのだろう。その彼女のそばに居てやるのが君の使命だぞ。
「カイト」
「はい」
「この家の守りは任せる。母上と妹を万事油断なく守り抜きたまえ」
「はっ、はい!」
「それとお前は賢いから軍人にはせん。学者を目指せ。俺が居ない間も、渡した本をよく読むように」
「はい!」
「結構」
呆れたように、しかし諦めたようにフェルトンが非難した。
「……あのなあ、俺が言いたいことをまるっと自分で言ってくれているじゃないか。子供は下がっていたらどうだ」
「もう子供じゃありませんよ」
どんなに実力がなかろうとも。人の上に立った以上は、必ず陣頭にも立つ。決意を込めての出港。
見送りに来た人は思っていたよりも多かった。




