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第二十六話:投資入門

 俺のところにガンガン仕事が回ってくるのはトップとして仕方のないことだが、もう一つ理由がある。


 どうも部下や民草にお人好しと思われている。


 厄介なことに、綾子や佳苗、ユースティティアらリアリストな女性陣に難色示された案件が、「こいつならチョロそうw」くらいの滑り止め感覚で俺のところに回ってくる。やめてください。


 ここで情に流されて断らないと後で毎回怒られるのだ。だから今日もきっぱり断ろうとしたが、事情が違った。


「家族三人でトリバレイに移住したい、と。(……えー……これ入国管理の担当じゃん……)」

「はい。私と息子と娘の三人です」

「お名前は、ええと……ルーナ・コールドウェルさん。カイトくん。セレナちゃん」

「お初にお目にかかり光栄です、閣下」

「お初にお目にかかり光栄です、閣下」

「かっか」


 と、ぺたりと妙齢の女性ルーナが地べたに座って頭を下げる。その隣には息子のカイトくん(十歳)と娘のセレナちゃん(五歳)。まだ可愛らしく、利発そうな兄妹。可愛い。


 誰だろうがどこの子だろうが可愛いもんだ。そこに人種や主義、敵味方はない。


 母親のルーナの方はミッドランド出身の特徴が色濃い顔立ち。本来美しいのであろう金髪はほつれて少々雑にまとめられ、白い肌にはやつれが見える。細めな目は柔和で包容感のある印象を与えるが、目の下にくっきりと出来たくまのせいで儚さや疲労感が目立つ。


 それでも息子や娘の身なりは丁寧に整えてきたことに、俺は母親の意地と優先順位を見た。


「ご主人は?」

「……三年前の戦で亡くしました……」

「それは大変でしたね。三人で今まで」

「はい。主人の遺産でどうにか食いつないできましたが、南側は不況で生活が苦しく。もう限界で……閣下のお力をお貸しください……」


 美しい未亡人の切実な頼り。ごくりと喉がなり、ルーナの豊かな胸元に目が引きつけられる。


 いやいや、落ち着け。最近の俺ちょっとだけ節操なさすぎである。ちょっとだけね。本当に少しだけ、お嫁さん増やしすぎだ。


「トリバレイは新しい町なので、移住を募集していると聞き参上いたしました。お仕事も貰えると」

「あー……うむ、そうであるな」

「ですが、入国管理の方に、何らかの技術や才能が無い者は受け入れを中断していると」

「んー……はい。そうです」


 悲しそうにルーナは目を伏せる。ルーナは職を貰えるとはるばるやってきたのだが、その目論見は残念ながら外れた。


 現在、トリバレイは急速に人口を増やしている。事業の拡大につれ必要な人手も増え、爆発的に雇用が生じ、各地からそれをあてにした人々が移住しているのだ。先日取り込んだ元奴隷のキサラたちはほんの一例に過ぎない。


 だが問題が一つ。


 住居やインフラ整備が追いついていない。膨らみ方があまりにも急で、これ以上受け入れても家なき人々を増やすだけ。入国管理局は狭き門と化した。


「……そうですか……あの、せめてこの子達だけでも暮らせないでしょうか? カイトはもう働けます。セレナもとても聞き分けのいい子で…….」

「う、ううむ」

「コールドウェル家は没落したとは言え、かつての国王陛下にお使えした騎士の家です。貴族世界へのコネも持ちます。きっと、きっとこの二人は三津谷様のお役にたちます」

「う、うう……」


 ルーナが必死にすがってくる。自分はどうでもいいから、せめて子どもたちにはまともな暮らしをさせたいと。儚げな顔を、歪めて媚びて懇願してくる。


 ああ^~、承諾しちゃう~。


 もー、本当にこういう案件ばっかり俺のところに回すのやめてマジで。承諾しちゃう。


 ルーナさん顔近づけるとますますめっちゃ美人なのだ。


 それに……とっても良い母親だ。つい連想してしまう。


 ああ、元の世界の母上はお元気だろうか。異世界に飛んで育ての恩をお返しできなかった、不出来な息子をどう思っているだろうか。俺との今生の別れなど重く受け止めず、幸せに暮らしてくれていると良いのだが。息子は元気にやっていますよ。


 俺は母性あふれる女性に弱い。正直超弱い。ちょっとだけわずかにマザコンである。才能クソ雑魚の息子を、それでも熱心に育ててくれた母の影響だろう。


 こういう頑張る母親タイプの女性は全部言うことを叶えてあげたい。


「で、でもね……すみません、ルーナさん……決まりは決まりなので」

「あの、よろしければ――」


 とルーナは子どもたちに聞こえないような距離まで近づいて、頬を真っ赤にして、決意を込めて告げる。


「その……噂でお聞きしました。荘園で妾として働けば、御賃金も住居もいただけると……」

「げぇ!? そんなの噂になっているんですか?」

「はぁ、五百人ほど女性をお囲いとか」


 尾ひれが五百本ついてんぞォ。巷で『妾五百人将軍』の名を賜った。しかもつい先日戦乙女たちを引き取った時は『女騎士大好き提督(アドミラル)』と新しいあだ名を貰った俺だが、そこまで節操のないことはしていない。


 ちょっとしかしていないぞ。ちょっとだけ荘園のキサラや戦乙女アンジーの求愛に堪えきれなかっただけだ。


「閣下が、よっ、よ、よろしければ……この年増めのことをお好きにして頂いても……」


 ぺたりん、と再びひれ伏し、俺の足元で頭を下げるルーナ。


 彼女の困窮具合を示す薄いローブが、綺麗な背中とうなじ、尻のシルエットをあらわにする。この極上の女性を……好き放題。どきりと胸が高鳴り、いやいやいかんと頬を叩いたところで、


 ガシン!


 と、蹴られた。


 思いっきり。太ももの辺りを遠慮のない一撃が襲う。


「うぎぁ!」

「母さんをッ、いじめるな!」

「痛ァい!」


 思わず涙をにじませて床に突っ伏す。土下座をしていたルーナが、驚いた顔で俺の頭を見下ろす。上下逆転、その主犯は……


「カイト! や、やめなさい! 謝りなさい、カイト! ああ、閣下……も、申し訳……」

「めっちゃいたい」

「母さんをこれ以上いじめてみろ。もう一回けるぞ!」

「カイト!」


 ぐいぐいと息子の頭を地面に擦り付けようとするルーナ。泣き出す幼子のセレナ。しかし渦中の人物のカイトは、力強い眼差しを崩さなかった。


「母さん、帰ろう。俺、ここじゃなくったって働くよ。母さんもセレナも守ってあげる」

「いいから! ちゃんと頭を下げなさい!」

「ルーナさん、少しお待ちを」

「閣下、どうか、どうか寛大なご処置を……馬鹿な子供がやったことです。責めは全て私めが……」


 母親のルーナを手で制止し、一歩下がらせる。目が合うのは燃え上がるような瞳の少年、カイト。


 入国管理局め。弾くのは無能や無精だけにしろと命じてお.いたものを。


「三津谷葉介だ。坊や、お名前は」

「コールドウェル家嫡男、カイト・コールドウェルだ! お前、これ以上母さんを泣かせるなら……っ、僕が相手になってやる!」

「良い」


 思わず手元の扇子でカイトを指してしまった。最近人の上に立つようになった俺は、良い人材に弱い。かき集めたくなる。


「……は?」

「とても良い行いだ。お母様と妹は大切か、カイト」

「ああ、当然だ。男として当然だ」

「生涯守ると誓うか」

「とっくに誓っている!」


 心地いい。実に爽やかな少年だ。


 親族の女性を尊ぶ気持ち。男子の基本である。が、意外とこれを出来ているやつは少ない。


 我が陣営に欲しい。たった三人を受け入れられないほど、今の俺の権限は狭量じゃない。十年後に投資しておくとするか。


「カイト・コールドウェルに仕事を与える。私の下で住居の新築。明日から作業に合流せよ。給金は妥当なものを約束する。三人暮らしていける分は渡す」

「な、なんで、あんた、俺が……その、憎くないのか」

「凄ぇ痛かったので反省するように。他の将校を蹴ってはいかん」

「……はい」

「一軒目はコールドウェルの三人に与える。竣工までは我が城を仮住まいにせよ。質問は」

「ありがとうございます! ありがとうございます、閣下。カイト、いい加減に謝りなさい! ほら、セレナちゃんも閣下にありがとうって……」

「かっかー」

「……明日の朝はどこに行けばいい?」

「迎えに行くよ。俺も現場で指揮をすることになっている。ついてきたまえ。フッ、俺の土木作業の腕を見せてやるよ」

「わ、わかった……その、ありがとう」


 きょとんとしているカイトは、なぜ自分が採用されたのかまだ分かっていないようだった。


 健やかに育てよ少年。どんな才能があるかはしらん。だが確実に我が国にとってプラスになるだろう。


 君みたいな出来た若いのをかき集めれば、将来のトリバレイも安泰だ。

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