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第二十五話:戦乙女

 トリバレイに帰港しても、いや帰港したほうが多忙を極める。


 最近住み着くようになったクナーズ町から輸出されてくる奴隷たち。彼女らは手に職を付けているわけではないので、放っておくとまずい。


 以下、業務内容。


 トリバレイ全域で売春禁止と奴隷の全登録制度をユースティティア・アン・クローデル法務官お嬢ちゃんと折衝。続いてバーナード・フェルトン財務官に頼んで、国庫から荘園の建築財源を出してもらう。


 荘園の収穫計画は軍備蓄担当の姫野佑香や商品作物担当の美島椿とすり合わせ。特に椿の提案で、潤沢な水を活かして茶葉のブランド化を推進中。


 西方諸国との交易増が現実的になったことを受け、ニェルガド町長と会合。商船の増築をルリとミカゲに指示。造船リソースの軍船、商船割り振りをムラクモ提督と打ち合わせ。


 頭おかしくなりますね。


 これ全部読んでサインしていたら太陽が七周するわ、というレベルにうず高く積まれた書類を睨み、今日も執務を行う。きっと俺は戦場ではなく書斎で死ぬ。


 しかも厄介なことに、とある事情で最近書類処理の進みがいまいちだ。その理由とは……


「あの、こうぐるっと囲まれると落ち着かないのですが……」

「お構いなく、閣下」

「いえ、自分が構うというか……」


 現在、俺の執務室には十二人の騎士が滞在している。俺が業務をしている間、片時も離れずずっとだ。


「ちょっとだけ気分転換したいので、少し外してもらえませんか」

「なりません。常に刺客を警戒するのが我らの使命です」

「……じゃ、俺が出かけるよ。町の様子見てくる」

「ご同行します」

「……じゃ、じゃあやめとく……」


 これでは監視されているのと同じだ。物々しい騎士に文字通り四六時中周囲を固められて、一息つく暇もなし。息詰まる環境では作業も捗るわけがない。


「我ら第一軍団。『戦乙女(ヴァルキリー)』の名にかけて、必ずや閣下に頂いた御恩に報います」

「……はあ……」


 思わずため息が出る。


 堅苦しい。


 堅苦しいのだ第一軍団。


 アリシア・ミッドランド女王陛下直属の最強部隊。莫大な魔力を帯びて戦場を切り裂くアリシアの、その左右背後を守る我が国の要。戦場に出れば百戦して百勝。そんな彼ら、いや彼女らが、なぜだか原隊復帰をせずに俺の護衛をしている。


「ま、まぁ……そろそろ俺も有名になってきたかもだし、バルトリンデの暗殺とかあるかも。そういう意味では助かりますが」

「はっ」

「でもね、トリバレイの主幹は綾子さんとか佳苗さんとかなんよ。そっちを守ってくれたほうがありがたいんだが」

「……」

「……」


 無視である。まったく高慢ちきな女が多い軍団だ。


 そう、彼女ら。第一軍団は女性のみで構成された集団である。


 わァ~……百合百合しい~……間に挟まりてェ~……と、俺も初めは思った。異世界って変わっているが、そういうところで変わっているのは最高、と呑気に思ったものだ。


 だが、この編成の理由はそんな華やかなものではなくもっと実務的なものだ。女性は魔法に優れる。世界の鉄則だ。当然、戦場での優劣も女性兵士と男性兵士ではっきりとした差がある。そんな貴重な戦力をバラバラに配置しては、かえって全体の戦力・機動力などが悪化する。


 なので軍団ごとに性別で所属を分ける。俺が統括する第七軍団は野蛮な男ばかり。どたどたと戦場の最前線を奔り、泥に塗れる。いわば将棋の歩だ。被害担当。


 第七軍団その他男性陣が敵の猛攻を支えている間に、攻撃力や機動力に優れる第一軍団らが颯爽と敵を撃破する。悲しいことこの上ないが、これが一番効率的なのである。泣くな男性陣。


 そんな猛者で構成されている軍団なのだから当然、物々しさでは他の兵士の追随を許さず。


 こつこつこつ


 と執務室の扉が叩かれると


 がじゃん!


 と、けたたましく戦乙女たちの鎧が鳴る。色気もクソもない、全身重装備で中身のスタイルなんか全く分からない鎧と剣。


 せっかく美人揃いなのに兜を被って顔も見られない。可愛らしいルックスが台無しだ。女騎士さんの鎧ってもっとこう……胸がわかりやすく強調されたり、太ももが何故か露出してたり、兜は顔面を全く隠していなかったり、そういうのじゃないの。教科書ではそう書かれていた。


 書類を持ってきたストーン少尉が、重装兵ひしめく執務室に恐る恐る入ってくる。おい、俺の客だぞ。ビビらせんな。


「し、失礼します……閣下、荘園建築の進捗報告書をお持ちいたしました」

「うん、ありがとうございます。概要説明を」

「予定に対し進捗プラス八パーセント。良好です。キサラ殿を先頭に、すでに今季の分の麦を植え始めております。土壌の改善はほとんど手を付けられておりませんので、収穫予測はまばらですが……予測値がこちらになります」

「結構。焦らず進めてくださいと、奥さん経由でキサラに伝えて」

「はっ、はい! お任せください!」


 実はこのトーマス・ストーン少尉、若くして新婚である。


 俺と一緒にクナーズの町へ迷い込んだ時、絡め取られて襲われた相手とこの度めでたく結婚した。


 ストーン家は結構なお金持ちの家だ。新婦の方は「第三夫人くらいで玉の輿」とか考えていたところ、責任を取って正室に迎えた。そのことが新婦の心をガッツリ射止めたらしく、最初は尻に敷かれると心配した少尉が今では割とラブラブ対等によくやっている。


 うーん、勉強になる。男はやっぱり一人の女一筋! 来世で活かそうこの教訓。


「では、この後は部隊訓練に向かいます」

「ご苦労さま。悪いね、色々掛け持ちさせて。本当は業務一つに集中させてあげたいんだけど」

「どうかお任せください! 若輩ながら」

「ありがとう。よろしくね」


 良い若武者だ。


 ストーンと挨拶を交わして再び執務へ。ちょっと危なっかしい少尉と話せて気分転換は出来たが、まだまだ書類は片付けられていない。


「はあ……先は長いなあ……他の子たちにもうちょっと仕事頼もうかな……」

「あの、閣下。よろしいですか?」


 唸っていると、警護をしている戦乙女の一人に声をかけられた。


 アンジー・ブライトウェルという女性騎士。敵を鎧ごと叩き割るほど鍛え上げられた肉体、そしてブラッドオレンジのような赤毛混じりの精悍で美しい顔つき。


 だが今は鎧が堅牢すぎてルックスが全くわからない。心底勿体ないと思う。


「なんですか? アンジーさん」

「よろしければ、書類の一部を我々でお手伝いいたしましょうか?」

「え、アンジーさんって事務方だったの。こういうの得意?」

「いえ……ずっと戦場に居たものですから、正直専門ではありませんが。ですが兵站管理などで経験はあります」

「うーん」


 どうしようかなあ。綾子から中央の人材の介入は極力やめるように言われている。トリバレイの独立性を維持するためだ。


 それに、あまり手際の良くない人たちに手伝ってもらってもなあ……。足を引っ張られるだけであろう。


 彼女たちに頼むくらいなら、悪いけれどうちには優秀な人材がいっぱいいる。綾子や佳苗に手伝ってもらったほうがいい。そもそも、アンジーたちが威圧感たっぷりで取り囲むので進捗だめですな原因なわけだし……。


 まぁ、うーん、試しにやらせてあげてもいいかな。猫の手も借りたいところだ。


 でも、駄目だったらすぐにクビで、さっさと中央に帰ってもらうぞ君ィ。


 としぶしぶアンジーたちに書類の束を振り分けた。


――


 んほぉ~この優秀な戦乙女たまんねぇ~。


 アンジーたちのおかげで案件が次々に解決していく。目と腕が十二倍、いや百倍になっても足らないくらいの効率UPだ。


「閣下。造船規模の振り分けの件、打ち合わせ完了いたしましたので決済願います」

「ありがとう!」

「閣下。本日の調練は完了いたしました。第一軍団のノウハウを取り入れておきましたので、後ほどご確認ください」

「ああ、本当にありがとう……!」

「閣下。トリバレイ独自の法務省、財務省、軍務省の立ち上げおよび権限移譲の件、各関係者の承認を取ってまいりました。あとは閣下のサインのみです」

「アンジーさ”ん”、あ”り”か”と”う”」


 泣ける。


 マジで優秀すぎる。女王陛下って、こういう部下を一万人とか使っているのか。


 ずるい。そんなの大国運営できるに決まってんだろ。


 嬉し涙で鼻水が止まらない。そんな情けない声でアンジーに懇願する。


「……アンジーしゃん……」

「はっ」

「原隊復帰しろって言ったの取り消し……ずっと居て」

「も、も、もちろんで、ございます。あ、う、失礼……その、突然のお言葉だったももで」


 万事クールにこなすアンジーが、ガチャガチャ鎧を鳴らしてしどろもどろになっている。大丈夫か。


「でもさ、本当のところどうして王都に戻らないの? いや、マジで居てくれて助かるし、みんなずっといてほしいけど」

「……闇下……その、お察しいただけなかったようなので、はっきり申し上げさせていただきます」

「……? うん」

「バルトリンデに捕らえられていた我らを、お救いいただき心より感謝申し上げます」

「あ、ああ、そうね人質交換の件ね」


 アンジーたちはつい最近まで捕虜だった。


 で、バルトリンデとのいろいろ反省点はある交渉の結果、晴れて解放されたというわけ。どうも彼女らはその解放は俺だけの功績だと勘違いしているみたいだな。


「あれはさ、ただ金払っただけだし……金稼いでるのは他の子たちだし……」

「閣下」

「はっ、はい」

「お察しいただけなかったようなので申し上げます」

「はぁ」

「お救いいただき感謝申し上げます。どうか我ら十二人、身も心も閣下のお側に」


 がじゃん


 と大鎧が鳴る。


 視界が鎧の陰で塗りつぶされる。


 いつの間にか取り囲まれている。どうして、いま刺客きたら不味いですよほら。


 がじゃん


 と鎧が床に落ちる。堅牢に彼女たちを守っていた鎧が、腰の部分から外される。兜は脱ぎ捨てられ、顔を赤くしたアンジーが決意を込めて跪いた。

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