第二十四話:奴隷制
クナーズの町から大量の女性を買い上げ、全員残らず旗艦・黒達に詰め込んで帰港する。
近隣に避難していた館の主を捕捉し、刃をチラつかせながら一人あたり金貨百二十枚、五百二十六人の奴隷を”合法的に”買い上げての帰還だ。
誰も彼もじっとりとした色気に満ちた妙齢の女性たち。兵士たちは色めき立って暴挙寸前だったので、大タコの両川に脅してもらって黙らせる。気持ちはわかるぞ諸君。だが残念ながら、全部俺のものだ。
後日、この行いで一部の兵士に『妾五百人将軍』のあだ名を賜って辛い。アクスラインと比べてひどい差である。
だが……だが、考えがある。奴隷制への俺なりの回答。とか決意を固めながら、一人で船縁から海を眺めて黄昏れていると、買い上げた一人のキサラに声をかけられた。
クノーズでの接客用愛想は鳴りを潜めている。今は冷淡な、少なくとも感謝はしていない表情だ。
「坊や、本当に三津谷将軍だったんだねぇ」
「キサラ、船室に居なさい。君の色気だと兵たちが暴動を起こす」
「えー……ご主人さまのご命令?」
「そうだ」
魔法的な技術に基づく契約書、五百二十六枚が俺の懐にはある。キサラの分も当然含まれているこれは、彼女たちの逃亡や日常生活を縛る効果を持つ。
これさえあれば、つまり金さえあれば船室にいる全員の生殺与奪が握り放題。
「……いい気になんないでよね」
「ん?」
「金の力に物を言わせて、感謝されると思った? 別にあんたを尊敬したりなんてしないよ。私も、他の子も」
「そうか」
「トリバレイだっけ? どこに行ってもやることは変わんないよ。何やらせるつもりかも大体分かってる。どうせ――」
「そうだね。働かざるもの食うべからず。畑でも耕してもらおう」
「はぁー?」
彼女たちに期待するのは、俺が所有する土地での荘園の立ち上げ。トリバレイ中心部は現在も鋭意開発中だが、未開拓の土地は他にもある。
例えばトリバレイとアオタニをつなぐ草原地帯は、潤沢な水資源があるのに放置されている。ここで麦なり商品作物なりを作ってもらうのがいいだろう。..
「嘘ばっかり」
「そこで耕作に報酬を出す。三年あれば自分を買い戻せるだろう」
「三年? そんな短い期間で買い戻せるわけ無いじゃん」
「戻せる。なぜなら報翻は俺が決めるから」
「……」
「買い戻したら自分の家に帰ってもいいし、留まって財を成してもいい」
「……自分の家、なんてもう無い。帰れない」
「そうだったな」
実は、キサラたちはこの土地の出身ではない。海を挟んだ向こう側、西方諸国で捕らえられてこちらに輸出されてきた。
褐色肌は西方諸国が源流。バルトリンデの一部地域の肌色は、海の向こう側との交配が影響している。
「ならここで稼いで、そのうち家庭でも作ればいい。君なら引く手あまただろう」
「本気ぃ?」
「うん」
「……な……んで、そんなに優しくするの。騙して後でひどいことするならやめて。普通に相手するから」
「嘘はついていないよ」
「じゃああんたの得って、なに」
「ふふふ、それの答えはなァ~……理解するのがちょっと大変だぞ、お嬢さん」
「ふーん。じゃ、いいや」
「ま、待って……いいところだからちょっと聞いてお願い」
「あんた、怖いのか弱いのかよく分かんない」
とかいいながら、キサラは俺の隣で柵に体を預ける。やっと少しは詳しく聞く気になってくれたか。
そして本質的な問いだ。俺になんの得があるのか。
「俺、別の世界から来た」
「あっ、知ってるぅ。転移人、見るのは初めて」
「よろしくね。で、俺の世界では奴隷制はなかった。大昔に廃止されたんだ」
「ふーん、あ! 分かった。こっちの世界でも奴隷制を廃止してやる! ってことだ。カッコいいね三津谷将軍」
「違う。それは無理だ」
「え?」
キサラは俺のことをかなりの権力者だと薄々気づいている。そして俺ならその制度を廃止できると。
しかしそれは無理だ。なぜなら奴隷制もまた、一つの法律だからだ。
俺は海岸線の河口を指差して言う。
「法律はあの河のようなものだ。一人では捻じ曲げられない」
「えー、ダサい。もっと頑張ってよ。みんな解放してよ」
「出来ない。河と同じように、法律は長い長い年月で自然な流れが出来上がる。それを変えるには護岸工事を繰り返し、多数の意向をぶつけ合って議論してようやく変わる」
人権に対する民意の変化を考えると、完全な廃止には五百年は必要だろう。
「あたしたち死んでるんだけど」
まあね。だからこれはある意味自己満足だ。だが、その一方で明白な応報でもある。
「歴史の授業で習った。それをこっちの世界にも適用するだけ」
「?」
「君を金貨百二十枚で買いました。損したのは誰?」
「あんたでしょ。割高で買って馬鹿みたい」
「短期的にはね。だが長期的には違う。先程君の元オーナーに、西方諸国の出身奴隷は定期的に買い上げると伝えておいたよ。同額で」
「うっそ、もったいな~い。金貨十枚値切ってあげようか? そしたら浮いた分を半分こしよ」
「いやこれでいい」
肝心なのは、少々割高でも定期的で大規模な輸入ルートを確保すること。
地理的にクナーズの町は武力制圧を維持できないが、最高の取引相手として確保できた。俺が太い取引相手となったことで、経済的には実質支配したも同じ。
「元オーナーも、それに西方諸国の奴隷商人も笑っていたよ。いいカモを見つけたって。せっせと商品を運んでくれるだろう。健康で綺麗なまま運んだら金貨プラス十枚だとさ」
「ほら、たかられてる」
「長期的には――損しているのはあいつらだ。あいつらこそカモなんだよ」
.特に西方諸国の奴隷商人。そして西方諸国そのものが大きく損をしている。
「これは予言だ。五百年後、奴隷制度が廃止される頃……君の故郷を我がトリバレイは蹂躙している」
「……は?」
「君を売って君の尊厳を傷つけた、忌々しい奴の顔を思い出せ」
キサラが眉をひそめる。嫌なことを思い出しただろう。が、それがこれからいい気分になるのさ。
「そいつの子孫は、将来奴隷未満の扱いを受ける。経済的にこちらに太刀打ちできず、権益だけを握られて。毎日”合法的”かつ”人道的に”搾取される。富の大半が我が国に集結する」
半信半疑で、しかし真剣に聞いてくれるキサラに、からくりを説明してあげよう。
「経済の根幹は人口だ。人が多ければ需要も生産能力も上がる。わかるかな」
「ば、馬鹿にしないでよ。それくらいわかるし」
ちょっと拗ねた顔が魅力的だ。媚びた作り笑顔よりも、こっちの方が本音を見られて可愛らしいのに。
「西方諸国は金貨の代わりに君という労働力・需要、そして君の子供の労働力・需要、そして君の孫の……と言う風に、以降のすべてを失ったのさ。これがたかが金貨百二十枚だと。買い叩くのも安売りするほうもどうかしている」
「…….そう、なんだ」
「これを大規模にやる。奴らが得るはずの人口ボーナスを、そっくりそのままこちらで貰う。どうなると思う?」
「……んー、こっちだけ人口が増える?」
「そうだ。いずれ経済規模が桁違いになる。発明や技術のブレイクスルーはこちらでばかり起きる。輸出入も、向こうはこちらがなければ成り立たず、こちらは向こうなんてなくてもやっていけるようになる」
そうすれば戦争なんてしなくても支配できる。
言われたとおりに条約を結び、言われたとおりに貴金属を差し出し、言われたとおりに領土・領海を九十九年割譲する属国が出来上がる。
こうしてキサラたちの復讐はいつまでもいつまでも続く。彼女たちが現在、トリバレイで幸せに生きるだけで。
「だからいい買い物だった。理解できそう?」
「んー……だ、だいたい?」
「そうか。要するに君は生きていてくれるだけでいいってことだ。できれば家族を作って幸せになりなさい」
「……ん……」
「いやあ、いつもながらやばいなこれ。イギリス先輩のマネしてるだけで世界征服できちゃう」
いつもお世話になっております。こいつらとアメリカと中国とロシア。偉大な先輩方が多すぎて、異世界進捗が順調でやばい。
「イギリスってなに」
「俺が元いた世界の悪の親玉。人類の敵」
「ふーん、悪いことなんだ」
「ああ、やっていることは西方の奴らと同じ人身売買だからね。でも、それで女の子が安心して生きられるなら……地獄に落ちる価値はあるよ」
「ふ、ふーん。あっそ」
俺の決意が伝わっているのかはイマイチわからなかった。途中からキサラはうつむきっぱなしで、どんな表情をしているか見せてくれない。
潮風がプラチナ色の髪をかき上げた一瞬、目元には涙と安堵が浮かんでいたのは見間違いではないと思う。
その後トリバレイでは、彼女たちが運営する荘園が順調に発展する。
のだが、早く旦那さんを見つけろという命令には何故か従ってくれなかった。ちゃんと話聞いてた?




