第二十三話:クナーズ
クナーズの町はバルトリンデの中でも小~中規模の町。
造船・水晶・鉄・水産と産業に恵まれるアオタニほど栄えてはいない。交易で財を成すニェルガドほどでもない。どちらかというと船の休憩場所と言った感.じだ。
が……中心街に行くにつれて、妙に色っぽい雰囲気に俺はドギマギしていた。護衛のために着いてきた若い尉官に問う。
「な、なあ君……。お名前なんだっけ」
「はっ、はい! トーマス・ストーン少尉であります!」
ミッドランド出身特有の薄い肌色。短く切りそろえられた金髪。まだ華奢で成長途中なストーン少尉は、俺と同い年だ。うむ、お互い背が伸びる用に頑張ろう。いい勝負だな。
ガタイがいいアクスラインやギランの隣にいると、男としての自信をちょっと失いがちな俺は、護衛についてくれた若い少尉に背丈だけで好感を持った。お互い頑張ろうな。
少尉に上背以外も長所がいくつもあることについては、後に残すとして……今はこの青年少尉に町のことを訪ねた。
「ストーン少尉、なんかさ……この町ちょっと変じゃないか……?」
「はい……その……女性の露出が……」
多い。
凄く多い。
そして派手だ。さっきから店先を通るたびに、若い女性に艶っぽい視線を向けられる。人によってはわざとらしくスカートをひらひらと持ち上げる始末。
そんなことをされると目線の置き場所が地面しか無いではないか。石畳に躓く心配はなさそうで良かった。
「少将閣下、も、もしやこのクナーズは……その、いわゆる娼婦街というものでは」
「……もしかしなくても……そうみたいだね。気づかなかった……」
「どうしましょう」
「他の産業もあるとは思うが、まいったな。入る通りをミスった」
自然と早足になるのは恥ずかしいからか、それとも背後から大人の女性が見ているような気がするからか。
「ば、バルトリンデの文化圏では人身売買や奴隷制が、ミッドランドよりも盛んです」
「なる……ほ……ど……」
「ですのでこういった、その、大規模な風俗店の経営も成立いたします」
「……そうですか……]
町を通るのもほぼ駆け足になってきた。ストーンも慣れない景色らしい。顔を赤くしながら必死に解説してくれるが、ピンクや紫に彩られた店先や、その前で立つ化粧っ気たっぷりの女性に意識が向いてしまう。
駄目だ。なんだよここ。俺にはちょっとわずかに早いかも。妻は複数いるけれど、どちらかというとあどけない子が多い。
こういう大人の色気が濃いのは戦闘経験が足りない。未知の恐怖には逃げるに限る。まさか攻略後の町でこんな強敵に出会うとは。
「い、い、一旦船に戻ろう、な」
「はい!」
「あ、れ。俺たちどっちから来たっけ」
「わ、すみません。入り組んだ道が多くて……ええと、西の海岸から来ましたから……」
「とりあえず来た道を――わぷ」
「いらっしゃい、坊や」
ついに捕まった。
振り向いた先は女性の胸元で、勢い余って飛び込んでしまった。
両肩を捕らえられ目線を上げた先には、とても綺麗で少し疲れていそうな女性が一人。
バルトリンデ地方の特に西側に見られる褐色肌。白髪はファッション魔術で微かにブロンド色を帯びている。瞳は大きく、そして濃い化粧でより大きく見える。いかにも不自然で妖艶さを出すだけに特化した、髪の色と同じ白のルージュ。白と褐色のコントラスト。
豊満な肉体をネグリジェよりも薄くて小さい布で覆うさまは、まさに商売をしている女性だった。
「どこから来たのかな」
「わっ、我々はミッドランド――わ……!」
護衛のはずのストーン少尉が、剣に手をかける間もなくもうひとりの女性に絡め取られた。そっちも綺麗な女性で、引きずられるように店の中へ。
任務失敗だ少尉。次からは護衛対象をもっと大切にしてください。
守りの駒を失った俺は、目の前の女性がじりじりと距離を詰めてゼロにするのに逆らえなかった。腰に両手を回され把持される。
ぐい、と全身を抱き寄せられると、彼女の唇の動きが真正面に見える。口元も舌も、極上の果実のように瑞々しい。
「ミッドランドから来たんだぁ」
「は、い」
「えー、もしかして今日入港してきた兵隊さんかぁ」
「そ、そ、そうだ、我々はこの町を支配下に置いた!」
ビビらせてやったつもりだが効果なし。
それで館のオーナーも隣町に逃げたのかぁ、と彼女に恐れる様子はない。それもそうか。これほど魅力的な女性を害する兵士はいない。
金品を差し出して求める兵士なら幾らでもいるだろうが、それは彼女の商売相手で恐れる対象ではない。くそ、主導権が取れない。
「で、君は?」
「へっ」
「君たちはたった二人でどうしたのかな? 怖い怖い上官の目を盗んで、下っ端兵士が二人。勇気出してお店に来たってわけ?」
「いっ、いや! 俺たちは……迷い込んで……」
「いけないんだぁ。上官、三津谷とかいう怖い将軍でしょ? 噂になってるよ」
それ俺です。って言っても信じないか。
「本命は上級士官の方だけどぉ、でも……ふふふ、勇気を出して来た下っ端兵士を先に食べちゃってもいいかな。ね」
「……はい」
何が「はい」だ一体。
キサラと名乗った女性は、妖艶な笑みを絶やさず続ける。先程からわざと唇を鳴らし、胸元を見せつけるように持ち上げている。
「気持ちいいぞぉ、上官に隠れてヌキヌキ♥」
「……う……」
「占領した町の女めがけて、長い航海で溜まった分を、無責任にびゅーって」
喉がひとりでに鳴る。驚異的な客の引き方だ。キサラがまとっていた衣はすでに用をなさない。地面に脱ぎ捨てられている。
また、彼女の両手は先程から労るように、そして掻き立てるように俺の股ぐらを揉んでいる。
「頑張ってお仕事で貯めたお金、ここで気持ちよ~く吐き出しちゃお。ね?」
「はい……っ」
「いい子いい子。じゃ、コースはどうする?」
「こ、こーす……?」
「お口にどぷどぷ♥出して飲ませたいなら銀貨五枚、本気の方にびゅーっ♥て出してクナーズに現地妻、作りたかったら金貨一枚」
「…………は?」
思わず非難の声が漏れた。へその下に両手でハートマークを作って腰振り誘うキサラの、むき出しの肩を握る。
不快感で背筋が寒い。酔いに似た快悦の心地から急速に覚めていく。
頭ともう一つのニ箇所から血の気が引いていき、そしてキサラの発言を反芻した。金貨一枚、金貨一枚だって? 馬鹿なことを言うな。
「ど、どうしたの。いきなり怖い顔してどうしたのかな、坊や」
「今、なんて」
「んん……?」
「今、こっちで抱くと幾らだって?」
「あっ、ああ、金貨一枚。相場通りでしょ? あっ……そういうこと? ふふ、頑張って握りしめて持ってきたお金、足りなかったのかなぁ?」
高すぎたね、しょうがないから銀貨八枚にまけてあげる、と艶っぽく笑うキサラを問いただす。
売上は娼婦館のオーナーと五十パーセント折半。毎月家賃で強制的に金貨三枚を取られる。生活費は自腹。奴隷としてここに売られてきたときは金貨百枚で、それを稼ぎ終えれば自由の身になれる。
今までいくら稼いだか、いつになったら自由の身になれるかは教えてくれなかった。
この町の女性はだいたい似たような境遇。詳細を聞けば聞くほど憤りが増す。馬鹿な、なんて買い叩かれ方だ。しかも本人にその自覚はない。妥当な市場価値だと思っていやがる。
戸惑うキサラに上着を着せて留め置いて、俺は先にストーンが連れ込まれた店の扉を蹴り開けた。
股間に覆いかぶされる寸前の少尉と目が合う。冷や汗を流して慌てふためいているが、お相手から目線を外しきれていない。すまん。男として人生の一大事だと思うが、もっと重要なことがあるので手を貸してくれ。
「トーマス・ストーン少尉!」
「は、ははっ……も、申し訳ありません閣下……この者が無理やり……」
「本隊へ信号弾。艦隊護衛以外の予備兵力を全て動員せよ」
「ッ……はい!」
「隣町に隠れている、娼婦街のオーナーを打撃する。陸戦装備」
「陸戦装備、了解!」
俺の口調に我を取り戻した青年少尉は、自分の本分をはっきりと思い出した。かつんと敬礼一つ。手早く支度を済ませて、町の東端へ集結の合図をだす。
「閣下? ちょ、ちょっと坊や、お名前なんて言うの?」
「キサラ、今日は店仕舞いをしなさい。後でまた来ます」
奴隷制。それも性的な目的も含めた奴隷制か……異世界は文化や考え方が違う。とは言え、それに染まり切るには俺は若すぎた。
しかし制度そのものを壊す力も術も持たないことも、また理解していた。ならばどうするべきかも。




