第二十ニ話:侵略すること津波の如し
兵士たちが甲板でどよめきながら見守る中、クラーケンが頭部をせり出して忠誠を誓う。
超弩級にでっかいタコとか最初はちょっと不気味だったけれど、こうして手勢に下ると愛着も湧いてくる。意外とつぶらな瞳をしているではないか。瞳一つで俺の全長くらいあるけどね。
ミッドランドの船は襲わないように厳命し、海域の守りをさせるのがいいだろう。たまに一緒に敵国の船を沈みに出てもいい。こいつも規格外すぎてあまり言う事聞いてくれなそうだが。
「こ、こ、こるるるるるるるるるるう」←鳴き声
「うーむ、ぬめぬめしているとはいえ、しかし君は陰湿さが足りんなあ」
「こ、る?」
「もっとこう、水攻めにして何週間も放置したり、飢え攻めにして何週間も放置したり。それでいて『戦は嫌いじゃ。戦のない世を作りたいから戦はやらん』とかいって、手を汚さずに一方的に虐殺する、三英雄随一の陰湿さが足りないんだよなあ」
「卿が何を言っているのか全く分からん。のう、大タコよ。余らの主人は頭がおかしいのだ」
「こる」
「ふむ、海由来なら……ピンときた! クラーケンよ、君は今日から両川だ! マルチタスクが得意そうな腕の数を活かし、稀代の謀神目指して頑張りたまえ!」
「こ、る!」
クラーケン改め両川が全ての腕をうねらせて喜び、そして命名と同時にテイムの繋がりが確立していく。同僚の火竜と同じように、両川もまた直接会話はできない。が、テイムのリンクを通してお互いが考えていること・望んでいることはだいたい分かる。
(りんご寄越せりんご寄越せりんご寄越せりんご寄越せ)
……伝わってくる。
なんだよこいつ、食事事情的には全然人間襲う質じゃないじゃん。クラーケンが全匹そうなのかは知らんが、意外と甘味好きらしい。
「ふむ……。やはり余と同様、通常の生態から無理やり逸脱させられている。なかなか手練れの魔物使いだ」
「次郎三郎は酔っぱらっただけだろ……。バルトリンデに巣食う魔王軍とやらが、こいつを操って海の情報を流したり、ミッドランドの船を襲わせたりしていたらしいな。ムラクモ艦長」
「はっ」
「ニェルガドに一隻向かわせてくれ。以前よりもバルトリンデの船団の動きに、迷いが生じていないか確認だ。諜報の密度を以前の三倍に」
「お任せあれ!」
「あと君は艦隊司令に復帰。やっぱ俺に提督役は無理だわ。てか君以外居ない」
「は、ははっ、ありがとうございます!」
戦後処理はこんなところかな。バルトリンデ主力船団のことは憂慮すべきだが、これで少しはまともに戦えるだろう。わけも分からず負けた前回のような惨敗は防げるはずだ。
そしてお楽しみのテイムのおまけ効果。新技と言えば――『墨』だった。
タコらしく墨を自由自在に使えるとのこと。
……またハズレっぽいぞ大丈夫か。ま、まぁまぁまぁ、次郎三郎の泡も意外と凄かったわけだし。どっかに使い道があるよね。
「あ、あの……閣下」
「ん?」
「お背中に、なにか……」
しかも背中から腕が生えた。両川の触腕のミニチュアサイズ版がうねうねと、俺の背中で踊っている。(らしい。ムラクモたちの指摘で気づいた)
「あれ?! キモくない? これ、嫁さんに嫌われない?」
「こおる」
「あ……良かった。消せるのか」
「隠し腕であるな。墨使いと同様、おそらく鍛えれば数も強度も増やせる。手足が四本しかない卿には便利であろう」
「一本もないくせに……」
余はいつか四足の龍になりたい、とか将来の夢を語る次郎三郎。
人間よりも、真っ赤なりんごのほうがずっと好物だとトン単位でねだる両川。
本日は不在だが、呼んでも来ないくせに時々会いに行かないと拗ねるめんどくさい恋人面上総介。
……わが陣営に隙なし! ヨシ! ご安全に!
「もうちょい忠実なやつが欲しいなあ。そういう奴が来たらお蘭と名付けよう」
「余と余の陪臣が不満かね」
「不満なんて無いよ。今日はありがとう」
「くふ、クク、カカカ」
「こ、こ、こるるるるるる」
笑い方こええよ。本当に味方陣営なんですかね。
――
クラーケン撃破の影響で、我が方は少しだけ制海権を取り戻すことが出来た。
幸い船団の損耗は軽微であったので返す刀で侵攻を継続。
ニェルガドからやや南、バルトリンデ西部の港町の一つクナーズを陥落させる。艦隊司令に正式に復帰したムラクモ・ジル少佐の指揮は好調だ。ほぼ抵抗なく港と町全体を掌握できた。
「ご苦労さまです。ムラクモ。やっぱ君が提督の方が命令系統はスムーズだぜ」
「三津谷殿……手柄をお譲りいただき、感謝申し上げます」
「大体全部君の手柄でしょ」
「先の敗戦で更迭されると思っておりましたものを」
「いいのさ。君やアクスラインやギランはさっさと出世させて働いて貰うのだから」
アクスラインは中佐。ムラクモやギランは少佐。第七軍団の規模からすると彼らをもう一階級ほど押し上げて、あとは佐官を少し、尉官をたっぷり登用できればだいぶバランスが取れる。
ってかいい加減将軍なのに俺が最前線に出る必要がなくなる。ジオン軍じゃないんだからさ。
「メイフィールド、ガルタ、うーん尉官が足りないなあ。いい奴居ない?」
「ミッドランド系列でストーン少尉という良いのが居ます。試しに閣下の護衛に付けましょう。それと行く先々では在野からの登用も意識しておきます」
「サンキュー助かるよ。ただ、このクナーズの町は……維持しきれなそうだね」
「ご命令いただければ死守いたしますが」
「いや、いい。地図を読めば明らかだ。陸上部隊がこっちに追いついていないから、この辺りが海戦の限界点だろう。艦隊はすぐに出港できるようにしてくれ」
「了解!」
地図に記されたアクスラインの南下は、俺達のやや後方で止まっている。奴とて一晩で世界征服とはいかんからな。
大日本帝国軍でもない限り、海軍と陸軍は両輪でなければならない。海と陸ではさみ打つのが定石である以上、陸の侵攻を待ってこちらも進む。
ひとまずはこの辺りで進軍停止。そしてこのクナーズは確保・維持のギリギリのラインとなれば――
「略奪だな」
「はい、上陸部隊の編成は済んでおります」
「いずれ完全に獲る町だ。町民は脅かさないで、抵抗する守備隊を打撃すること。文化財は壊さないこと」
「了解」
「腹を割って話そう。ぶっちゃけ乱暴のやりすぎは色々不味いんだけど、兵士どもが言うこと聞くかな」
「問題ないでしょう。ご自分の勇姿をご覧にならなかったからご心配なのです。少なくともこの船団は皆、あなたに従いますよ」
「……そうなの?」
「タコより閣下にビビっている兵も多いので、優しくしてやってください」
「なら結構。総員、規律正しく略奪せよ!」
続いてムラクモの怒号が響き、上陸部隊が整然と町へ侵入していく。悪いが綺麗ごとだけではこちらの兵士が死ぬのでな。もうちょっと平和な人間のつもりだったのにと、元の世界を懐かしみながら下船。
クナーズ町の略奪を開始した。
――
ムラクモ・ジル少佐率いる上陸部隊が次々に戦果をもって帰ってくる。
黒蓮が停泊する港へ、多数の金貨や宝物が積み上げられる。これをごっそりもって帰って、最低限のいつでも逃げられる駐屯部隊を置けば今回の遠征は完了だ。
「状況は」
「抵抗極めて軽微。こちらの戦力に損耗なし。どうやら降伏の準備はしていたようで、有力者はほとんど逃げてしまいました」
「やれやれ……高級士官の捕虜とか欲しかったが。海の町はどこも耳が早いな。すぐに退却することも、気取られているかも」
「市街地はほとんど損じておりません。妙な連中で、向こうから有り金を差し出してきました。逃げ遅れた有力者の館でのみ散発的な抵抗あり。鎮圧済みです」
「よし、戦利品の数」
「金銭はほとんど見つかりません。かき集めて金貨千枚。周辺の詳細地図。それとご命令の通り美術品、古書、逸品の魔道具、鎧、刀などは傷つけずに運び入れました」
大目標は達成だ。あとは利益の拡充と今後のこと。
「オッケー。ちなみに金貨の分配だけど、ミッドランドやバルトリンデの慣例は?」
「む……通常は兵士が各々で稼ぐものですので……そうですな、金十枚を与えれば満足しましょう。来週まで派手に遊べる額です。それが艦隊六百人でざっと六千枚」
「じゃあそれで。不足分は帰港後に与えると宣言する。ほかは全部船に積み込んで国庫へ」
文化財を奪って売りつけてもう一回奪うムーブ。これで最近ずいぶん稼いでいる。
「部下の統制は任せます。必要な権限は全部与えます。休息も適宜取るように。よきにはからえ」
「はっ!」
面倒なことはこのひげもじゃのオッサンに全部押し付けて、俺はクナーズの町へ向かう。せっかく新しい町、それも戦火という戦火はない町。面白そうだから様子を見ておこう。
好奇心を抱いて桟橋を駆け下りる。
「ど、どちらへ!?」
「ちょっと町の方に行ってくるよ」
「お、お一人でか?! 護衛を付けます! 誰か、誰か!」
「次郎三郎がいるから大丈夫だって」
「卿は余が居なければ何もできんのう。人間の市場に行くのなら、対価に旨い酒を見つけて奉じるがよい」
「はいはい」
ひげもじゃが焦り、蛇が笑い、タコが不満そうに唸る。
陸上だからしかたないでしょ。と、港で寂しそうにしている両川に手を振り、約百本の触腕に見送られて町へ繰り出した。
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