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第二十一話:白蛇の神髄

 完勝。


 一撃必殺。


 クラーケンとかいう規格外の海の化け物は、強すぎるのがあだになって革命スキルの餌食になった。


 はずなのだが様子がおかしい。さらに繰り出された触腕を、革命スキルの導くままに叩き切る。一刀両断された腕は、暫くはひとりでにのたうち回っていたが、やがてくたびれたように停止。


 ……停止するのはその一本だけ。他のおびただしい数の腕は元気よくうねり、黒蓮の船体を今にも脅かそうとしている。


「三本目……っ」

「凄いぞ、三津谷少将!」

「え、あの人が少将? ムラクモさんじゃないのか?」

「馬鹿、ムラクモ艦長は少佐! ……だよな?」

「へえ、やるもんだな。新人の文官かと思っていた」

「俺は知ってる。転移人っていうんだぜ。若いのに大したもんだ」

「がんばれー! 少佐ー!」


 配下たちの称賛が降り注ぐ。いまいちひたる気分になれないのは、褒め言葉の内容か、それとも――


「すっげ、やっぱ転移人ってのは変わっているな~……お、おわ! 助けて!」


 油断していた海兵の一人が捕まった。


 とっさにアンサラーに引きずられながら空中を飛び、その触腕の根元側を切断。水底の恐怖で海より青ざめている兵士を抱えて、甲板へと着地する。.


「あ、ありがとうございます、少佐」

「少将です。くそ、どうなっている。さっきから切りまくっているのにピンピンしていやがる」

「それはな、三津谷よ」

「お、お前は!? 普段は一日十八時間寝てるのに、突然口を聞いたかと思ったらいい感じの助言をくれる白蛇・次郎三郎!」

「いいから聞け」

「はい」

「余とやりあった時のことを思い出せ」

「……? 君と? ああ、あの時ね」


 次郎三郎、旧姓ミシャクジと殴り合ったのは半年近く前のことだ。


 バルトリンデ(正確にはその背後に居た魔王軍)に献上された奇妙な酒を、何の疑問も抱かずごくごく飲んだおバカ白蛇。うっかり我を失うくらい酔って近隣に多大なご迷惑をかけていた。


 こいつはいかんと使命感と正義感を充填した俺は、革命スキルに手も足も出なかったこいつに手刀を食らわせ、仲間にした次第。


「違うぞ。もう少し前のことだ」

「前?」

「卿は余の濁流の前になすすべなく流されたであろう」

「あ、そうだったそうだった。アクスラインとかと一緒に流された」

「その時と同じだ。いくら支流を切っても無駄よ。本体を叩かねばならん」

「……! そゆこと。理解」


 次郎三郎が補足するには、このクラーケンの触腕は切っても切っても生えてくるタイプのもの。しかもその再生を魔法的な力が成し遂げているとなれば、もはや自然法則では表現しきれない。


 物理的には切れて見えても概念的には痛みが本体に届いていないのだ。次郎三郎の水流をせっせと剣で漕いでも、本体に届かないのと同じ。


「つまり……」

「いざ潜水だ。海底へ潜って頭部を狙え」

「しまったなあ。俺泳ぎは苦手で……」

「卿は得意なことが少ないのう」


 もう一つしまったことに、ムラクモ艦長の奮戦でクラーケンは頭部をしっかり沈めている。右舷全弾打ち込まれたからな。警戒して触腕でのみ船体を狙ってくる。


 いけね、これ手順ミスっちゃってるじゃん。まず俺が突っ込むべきだったじゃん。しかたない。失点は自分で取り返そう。


「艦長ォ、防壁全開! 魔力砲や推進に使う分も全部回して、できるだけ持たせろ!」

「はっ、ははっ……! しかしそれでは攻めることも逃げることも……」

「私がやる。それまでは奴を引きつけてくれ!」

「了解!」


 ムラクモが復唱するのを背中に聞きながら、船の縁へ。身を乗り出して自分の楽天家っぷりを恨む。


 ちょちょいと飛び降りて突き刺して帰ってくるつもりだったんだが……まずいな。海は大変な荒れ模様だ。敵が居ないとしても飛び込んで無事に生還する自信なし。


「ううむ、また浮かんできてくれると助かるんだけどな……」

「おいおいおい三津谷よ、毎度毎度不甲斐ないことを言うでない」

「む、策ありかい?」

「卿に与えた力を思い出せ。ありとあらゆる泡を操る術、今使わずにいつ使う」

「あ……!」


 そうだった。もう一人の相棒、火葬竜・上総介の炎に比べてイマイチ地味な魔法。


 この白蛇に教えてもらった術は、集中した分だけ長く、大きく、多く、泡を作り出すことが出来る。それを潜水に使う。使えね~魔法だなァ~とか思いつつも、今までサボらずに訓練してきた成果を試す時。


「いくぞっ」

「応よ」

「息続かなかったら助けてね!」

「カカ、どうしようかの。卿の息の根が止まれば、余は晴れて自由の身に――」

「たやー!」


 掛け声一つ、飛び込みは根性である。


 心にも思っていないことでからかう次郎三郎は肩に置いておき、船の柵を蹴って飛ぶ。


 浮遊感。


 すぐに着水するかと思った落差は、飛んでみると意外と到着まで長い。ちょっとだけ後悔と恐怖が涙腺をチリつかせるが、しかし修行の成果はバッチリだった。


 ざぶん


 と着水したが、高低差の割りにすぐに海面にたどり着く。


 なぜなら、俺が海面をもう一つ作ったからだ。直径二メートル程度の空気の“泡”が、物理法則の一つである浮力に逆らって海中に漂っている。ちょうど一面ガラス張りの水族館みたいに、上下左右前後三百六十度が海だ。


 その泡の下部にて肩まで海水に浸かった俺は、手足をばたつかせてもがく。よし、呼吸用のボンベは出来た。このままクラーケンのところまで向かってやろう。と思ったのだが、肩からちょっと流された相棒が塩辛い扱いを非難した。


「これ、三津谷よ。なんと不格好なことか」

「な、なんでさ、ばっちり空気確保しているだろう。修行の成果さ」

「分かっておらぬようだ。余の流体術はこの程度の児戯で終わるものではない」

「へ?」

「クラーケンの若造の腕と同じだ。この泡もまた物理法則から逸脱していることを、染み入るように理解せよ」

「むむ……よくわかんない」

「……やれやれ、愚鈍よの。少し手を貸してやるか」


 次郎三郎が朱い舌をうねらせると、摩訶不思議なことが起きた。


 俺の体が持ち上がっていく。いや、泡が下がっているのか。


 とにかく肩まで浸かっていたはずの俺の体は、全身が水に浸らないくらいに持ち上がり、泡の縁に”着地”する。泡の球体面が魔術的な仕切りになっているのだ。


 こりゃ便利。あえぐように顎を上に向けなくて済んで、目があった。


 クラーケン。


 獲物のタコがずいぶんと深く、そして遠くに居た。こちらの黒蓮の砲撃を警戒して、腕の長さを活かした中長距離戦に切り替えたらしい。


「あちゃあ、ずいぶん遠いな。バタ足で行くか。いや、それともアンサラーで飛び込み位置調節するかな。一旦登ってもう一回飛ぼう」

「ク、まあ見ておれ」


 またしても白蛇との魔力リンクが脈打つ。


 不思議な感覚。


 使い魔との意識が繋がるのに加え、この泡全体とも一体化していく感覚。


 こうやるのか。魔法って言うのはこういう風にやるのか。この時、人知を超えた師匠に補助輪付きで指南してもらったことが、後々極めて重要な意味を持つのだがそれは追い追い。


 完全に掌握した、正確には次郎三郎が掌握した泡は、浮力どころかニュートンの運動方程式すら無視した。


 自在に生きたい方向へ、つまり目標のクラーケンの眉間へとすいすい進んでいく。


「おわ! すげぇぞジロザブ!」

「今更驚くことでもあるまい。自在に飛ぶなど、卿がその短剣で良くやっていることではないか。空中で出来て水中で出来ないとなぜ思うか」

「た、確かに……。これってさ、この次郎三郎がくれた力って……」

「ん?」

「もしかして超すごい力?」

「今更か……少なくとも主人に献上できる最上級のものを用意したつもりだが」

「イカすぜ相棒!」

「うむ」


 突然降ってきた獲物の俺たちを捕らえようと、四方八方から目まぐるしくクラーケンの触腕が伸びる。それを掻い潜りながら、泡はまさに縦横無尽に泳ぎ回り、飛沫一つ上げずにクラーケンの眉間へとたどり着いた。


『対象:クラーケン』

『強者上位:0.0001% 対象判定:OK』

『革命スキルを発動可能 ……必中テイム』


「うおおお、必殺パンチ!」

「なんと腰の引けた拳か」


 タコの額をしたたかに打つ。


 するとこんなに大きかったのかと驚くほどに、海底の広い範囲へとテイムの魔力が駆け巡る。


 頭上に見える乗艦は幸い沈む様子もなさそうだ。今日は新技を覚えて機嫌がいいのでタコ焼きは勘弁してやろう。

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