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第十九話:タコ

 荒天のトリバレイ港。


 視界が灰色に染まる中、ムラクモたち艦隊の生き残りを迎える。


 艦隊旗艦・黒蓮は流石の堅牢さで帰港を果たしたが、帰ること叶わなかった船も多い。そしてかなりの兵が傷ついているようだ。この分だと死者も少数というわけにはいかないだろう。


 いかん、船に乗っていないのに足元がおぼつかない。権力の恩恵を享受した分、責任が俺の両肩を脱臼させようと叩いている。胃が裏返って口から吐き出る感覚と戦いながら、俺は自分よりもふらついているムラクモ・ジルに肩を貸した。


「歩けるか」

「は、お迎えいただき感謝いたします。……多数の兵を損ない、面目次第もございません……」

「君は私の立てた作戦をその通りに遂行した。そうだな」

「は」

「ならば敗戦の責は私にある」

「しかし、戦場での臨機応変こそ私の役目――」

「一時間後に軍議をやる。それまでに食事を取り、乾いた服に変えてこい。休暇はまだ待ってもらうぞ」

「……はっ、ありがとうございます」


 ようやく少し表情が和らいだムラクモを送る。


 まずは損害の整理、次に逆撃の立案。何の因果か人の上に立ったのだから、ここで奮起しなければ地獄行きだろう。


 軍議の間への歩みは自然と早まった。


――


 暖炉に魔法石を焚べると、薄暗い石造りの部屋に熱と光が満ちた。


 軍議の出席者はストライテンやその直属の臣下たち。さらにムラクモ少佐と最近昇進したギラン少佐、ガルタ准尉が参加している。陸上攻撃部隊のアクスラインやメイフィールドは南下作戦中で不在。


 敗戦の引責で盛り上がるかと思われた軍議の場は、ムラクモ提督の多大な損害報告で静寂が支配した。損害が大きすぎて、誰もかれも発言に尻込みしている。


 ストライテンと目配せをし、ここは格上の中将の方が貫禄を見せるべきと判断。俺の方から弱気気味に静寂を破る。


「……四隻ずつの二艦隊計八隻、半数ほどしか戻らないとは……」

「五隻あれば艦隊運動が可能です。港の防衛は成立しましょう」

「うむ……ストライテン殿の仰るとおり」

「将軍クラスが前に出るべきでしょうな。陣頭指揮は私が」

「中将、ここはこの若輩、三津谷に挽回の機会をお与えください。敵艦隊の撃破、命に代えてもやり遂げてご覧に入れます」

「いいでしょう」


 と、ここまでは部下向けのデモンストレーション。特にストライテンの配下に。


 トリバレイ守備部隊を油断なく掌握しているストライテンが、わざわざ海の上に立つ必要はない。言うまでもなく敵艦隊の対処は俺がやる。


 ただ、ミッドランドは頑張っている方とは言え、この世界は軍制整備とかがまだまだだ。女王陛下よりもむしろ、ストライテンに仕えているという気持ちの者も多い。古くからの部下とか特にね。「は? こいつ俺の上司のストライテン将軍差し置いて何デカイ面してんの?」という陪臣たちを、先手を打ってなだめておく。


 それと海戦の対応は俺がやると、公に既成事実化しておく。ここからが本題だ。


「ムラクモ少佐、海戦の詳細を」

「はっ。我々は二個艦隊を編成。黒蓮を中心とした艦隊はトリバレイから、従来式の船はアオタニからそれぞれ進発」


 ムラクモが机上に備えた地図の上で駒を二つ滑らせる。敵国バルトリンデの主要港、陸上部隊が苦戦している位置へ駒は南下していく。


「途中、ニェルガドからの補給を受ける予定でした。同町の政治的な特殊性から、補給は海上にて」

「しかし襲撃を受けて補給は出来なかった」

「はい。艦隊の合流の前に。アオタニ発はバルトリンデ主力艦隊に待ち伏せを受けたとのこと。私が率いたトリバレイ発は……」


 ムラクモが言葉を区切る。敗戦の悔しさをにじませたのではない。信じてもらえるか、不安なようだった。


「巨大なタコが」

「タコ? タコってあの……焼いたりマリネにしたりして食べるタコ?」

「そうです」

「異世界人はタコ食うのですか?」

「食うよ」

「アオタニでも食うぜ」

「本当かガルタ准尉。ミッドランドでは食わん……悪魔みたいな見た目ではないか」


 食生活の差におののいているギランやミッドランド出身将校は置いておいて、俺は少し襲撃者のことが気になった。


「その……タコが襲ってきたってこと?」

「そうです。ただのタコではありません。凄く巨大なやつです」

「でも、吸盤剥がして追い払えばいいじゃん」

「凄く凄く巨大なのです!」


 ムラクモが、こんくらいデカイと部屋の端から端へ駆ける。この部屋では足りないと喚き、ムラクモの直属に居た他の海兵士官もうなずく。最初島かと思ったとの証言もあり。


 ムラクモ一人が白昼夢を見たわけではなさそうだ。マジでタコか。


「え、異世界ちょうこわいな。そんなデカタコが海にいるの? 船旅とか危なくて出来ないじゃん」

「い、いえ、あれはその辺にゴロゴロいる魔物ではありません。少なくとも私は初めて見ました。しかもあの破壊力、それこそミシャクジのような災厄クラスの……」

「カッカ、余とあの若造どもを並べて語るとは。見当違いも甚だしい」


 笑っているが不満そうに、肩の上の白蛇がとぐろを巻く。


「タコのこと知っているのか、次郎三郎」

「ああ、知っているとも。クラーケンと呼ぶ人間もいる、それほど珍しくもない魔物だ。深海まで潜れば結構な数が居るぞ」


 クラーケンという名を聞いた時、ミッドランド出身はピンときていなかったが、アオタニの船乗り勢には震えが走る。


 やっぱりか、という納得した表情の者も。彼らいわく、昔からおとぎ話として語られてきた存在らしい。実際に見たと主張するものは殆どおらず。なぜなら皆沈められるから。遠目で見るに留まったものや、船から投げ出されて運良く流れ着いたものだけが信じている。


「それじゃあムラクモ」

「……は……その、馬鹿げた言い訳に聞こえるでしょうが……私は見たままのことを……」

「ムラクモ凄いじゃん。普通一人も生きて帰んないんだろ。よく部下たちをまとめて戻ってきた。そうですよね、各々方(おのおのがた)


 顔に笑顔を貼り付けて陸軍のメンツを見回すと、外野からムラクモへの責任追及の声は収まった。


「……あ、いや、その、たまたまです。黒蓮の魔法防御壁は従来式の数倍。奴もそう簡単に手出しは出来なかったのでしょう」


 出港時よりも帰港時のほうが、黒蓮の乗員は多い。つまりムラクモ・ジル艦隊司令はクラーケンの襲撃をなんとか逃れながら、他の船の人員も拾い上げて助けたことになる。未知の脅威にそこまで対処できたなら褒めるべきだ。


 だから色々と言葉を変えて褒めたのだが、しょんぼりしたムラクモに元気は戻らず。隣にいたギランが耳打ちをして助言してくれた。


「閣下」

「ん」

「武人ならば女々しくも慰められるより、処断された方が挽回の気概も湧くものです」

「そういうもんか」


 そういえば今まで、きっぱりとした敗戦はなかったからな。この辺の人心掌握はまだまだ勉強不足。異世界に来てから勉強することが多いなあ。


「部下を多く救ったことは見事。だが敗戦の責任はとってもらわねばな」

「……は……覚悟はできております」

「ストライテン中将、処断については」

「事実上ムラクモ少佐は三津谷殿の直属です。そちらで処理されるのが良かろう」

「わかりました。では僭越ながら。ムラクモ少佐、艦隊司令の任を解く。降格だ」

「はっ」

「そのポストは私が兼任する。ムラクモ・ジルは今一度旗艦・黒蓮の艦長へ。失敗を挽回したまえ」

「……! お任せあれ!」


 うわぁホントだ。ひげもじゃの船乗りオッサンがリベンジに燃えている。


 なんで武人という人種は褒められるより叱られる方がパフォーマンス上がるんだろう。そういう現場一筋みたいな体育会系のテンションは正直ついていけないので、一段落したらまた彼に艦隊司令やってもらおう。俺はパス。


 そのためにはまずタコ退治だな。


 自分が楽するために自分が奔走する。


 うーむ、いまいち頑張りと利益が釣り合っていないような気がする。が、部下が襲われたのなら仕方がない。タコ焼きにして懲らしめてやろう。

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