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第十四話:ファッションセンス

 愛しの妻たちと午後のお茶を楽しんでいると、正確には彼女たちのためにお茶請けをせっせと運んでいると、小早川皐月に声をかけられた。


「せんぱ~い、今ちょっとお時間いいですか~?」

「あ、皐月さん。ええっと、ごめんね今は手が離せなくて……」

「お、皐月、心の準備できた?」

「はい、綾子さん。実はアンナさんに先越されたのが超↑堪えましてぇ。お借りします」

「ちょっとどういう意味」

「ド奥手なアンナさんより遅れるとか、プライドが許さないので決めてきます」

「ん、頑張っておいで」


 どういう意味だ、と顔を赤くして喚いていたアンナはともかく。他の娘たちにだけ伝わる言語=女子語(※日本語に酷似しているが、それを理解するには長年の経験とセンスが必要である)を通して以心伝心したのだろう。


 お茶請けの運び屋は一時免除され、俺は小早川皐月に引きずられて彼女の居室へ。


 ばたん


 と扉が閉められると、窓に厚手のカーテンもかかっていることもあって部屋が薄暗い。


 うわ、この部屋俺の居室の十倍くらいあるんですけど。やっぱり女性陣ばかり優遇されている。あとで抗議しようそうしよう。


「先輩?」

「あ、はい」

「……葉介先輩」

「はい」


 小早川皐月はいつも子猫のように可愛らしいイントネーションで話しかけてくる。自分の可愛らしさを自覚して武器にする、彼女の習性だ。こういう話し方をするのは要注意。ねだるものがある時だ。ネックレスや指輪を随分と買わされたものだ。


 ……なのだが、今日は少し印象が違う。いつもは美貌を全面に押し出してくるのに、今日は顔を背けて見せてくれない。もじもじと腰を振り、ふわふわ明るめの茶髪を指でいじり、何やら切り出すのを足踏みしている。


「どうしたの? 何か手伝うことある?」

「……し、仕事のことです」

「仕事」

「えーっと……うん。そう、先輩は私に宝石とファッション関連の事業を任せてくれましたね」


 皐月は年下の可愛い女子の例にもれず、光り物が大好きである。トリバレイの交易事業を立ち上げる時、熱心に宝石・魔法石分野に立候補したので承認した。


 そのことは正解だった。彼女のおかげでウォルケノ山脈にて採れる宝石は脚光を浴びた。その流通量を厳正に管理することで、トリバレイ宝石はブランド化に成功しつつある。


 その勢いを味方に、最近ファッション全体にまで事業を拡大。アンナの香水と掛け合わせて、王都ではとんでもない人気だとか。すごいね。またしても俺の町の事業が乗っ取られてしまった。


「ああ、そうだね。ファッション関連をお任せしたよ。あ、もしかしてそのことでトラブル?」

「はい、ちょっと悩んでいることがあってぇ」

「なんと」


 珍しいことだ。優秀な皐月が事業のことで手間取るなんてめったに無い。そいつはいかんな。いくら皐月やその他の子が優秀でも、キャパシティから溢れるトラブルは必ずある。


 そういうときのために使いっぱしりの俺がいるわけで。まぁ任せてくださいよ。ルーチン外の地べたを這いずり回るのは、一番弱い駒がやることだ。


「トラブル処理はこっちでやっておくよ。皐月さんはいつも通り、事業成長の方を進めてください」

「……」

「……? あれ、俺変なこと言っ――」

「先輩には」

「はい」

「デザインを選んで欲しい」

「デザイン」


 ……?


 あ、服の? そっか、そうだよね。そういうのって自分で作っても、人の意見が無いとしっくり調整できないよね。わかるわかる。


 なぁんだ、ただのアンケート調査みたいなものか。うちの陣営は男女比が偏っているから、男性の意見が欲しいと必然的に俺が選ばれる。これくらいならトラブルという程でもあるまい。


 と、この時の俺は、自分が緊急事態の真っ只中にいることに全く気づいていなかった。


 なぜ皐月は二人っきりにしたのか。なぜ部屋はちょっと暗いのか。そして何よりも、転移の時に一着しか持ってこられなかった女性陣が、一番困っている衣類は何なのか。


「はい。デザインです」

「上着の? 今着ているのもとても可愛いよ、似合ってる。可愛い」

「……そ、そうではなく。上着ではなく、下着です」

「下着」


 ああ、はいはい下着ね。なるほど。


 下着?!


 そのフレーズの衝撃に硬直している隙に、皐月は短めのスカートに手を入れて結び紐を解く。


 はらりと解けた布が一枚。視線が釘付けになる。眼球移動が魔法で封じられたみたいだ。ほかに、なにも、みえない。


「こっちの世界はゴム紐が無いじゃないですかぁ」

「……あぁ」

「だから絹布をベースにして、こういう結ぶタイプにしてみたんです」

「……」

「でも、思いついたデザインがいっぱいあってぇ」

「……ぉ」

「だから葉介先輩に選んでほしいんです。どういうのが好みですか?」


 わかりませんよ。何も考えられません。ぽいぽいっと手元にばら撒かれたのは色とりどりの紐パン……ツ。選ぶって言ったって……。


「こ、これとか良いんじゃないかな! この桃色の、うん。皐月さんによく似合う、はい。じゃあ俺、一度外に出て――」

「ええー、ちょっと子供っぽいかなあ。ねぇ、実際に付けてみないと似合うか分からないじゃないですかぁ」

「は、ひ」

「先輩が付けて。結んでください」


 無茶言うな。情報過多で脳みそがショートした俺と、するするとスカートをたくし上げる皐月。


 なんだ。何が起きている。一体俺はどこに迷いこんでしまったのだ。震える手で布をつまみ、皐月のすべすべの太ももの間に手とそれを通す。意外と鍛えていて健康的な脚だ。確かサッカー部だっけ。


 必死の思いで左右の紐を結ぶ。初実習の研修医の縫合よりも、俺のほうがずっと緊張しているに違いない。手が震えて言うことを聞かない。


「ん、ちょっときついかなあ。サイズ感もチェックしてください」

「さ、さいず……?」

「おしりの方とかどうですか?」


 大きいよ。くいと振り返って突き出されても、俺の脳みそはもういっぱいだよ。皐月はうちの女性陣では珍しく小柄なのだが、腰つきはやっぱり女の子なんだなと分かるように丸くて大きい。


 そう伝えたら何故か少し不機嫌になったのだが、なぜだ。女性の腰は大きいほうが良いよ。真理。ダイエットとかしちゃダメだよ。


「ほら、や、やっぱり似合ってる、よ」

「じゃ次」

「次!?」

「次はどんなのにしましょう。先輩はどんな柄が好きですかー?」

「……黒くてあんまりひらひらしてないやつ」

「ああ、綾子さんがそういうの履いてますもんね~……はい、結んで」


 スカートの裏地を、跪いた俺の頭頂部に乗せてくる。さっきから下着姿どころかその中身すら目に焼き付いてくる。


「うーん、でも黒はちょっと大人っぽすぎるかなぁ」

「そ、うだね」

「次」

「……はい」

「んー、次」

「……は……い……」

「次~」

「……」


 ぱたぱたとスカートが上げ下げされる光景に、五着目まで我慢したことを褒めて欲しい。もしくは根性なしと罵っても良い。


 誘うように見下ろした目線の皐月を、抱きしめて寝具の上に押し倒す。


「きゃっ」

「……さ、皐月。皐月、駄目だ。男にこんなことしたら駄目。やめなさい」

「えー……先輩はこういうことされるの嫌でしたか? もう二度としないほうが良いですか?」

「……う、いや、いや、俺にはしていいけれど、他の男にしたら駄目だよ。すぐ襲われるよ」

「じゃあ大丈夫です。先輩にしかこんなことしません」


 やばい。溺れる。今すぐこの誘い上手の口を塞がないと、心も体も良いように操られてしまう。……と、深刻に考えてみたがそれで全く問題ないことに気づく。我慢は止めよう身体に悪い。


「悪いけど、俺はもうお嫁さんが居るよ」

「えー! 初耳~! ……ふふ、でも大切にしてくれるならいいですよ」

「俺、凄く束縛するよ。自分が何股かけていようが関係なく、皐月を狙う男が居たら許さないよ。モテない男ってのはそういうもんだ」

「えー、不公平~……でも前みたいにぎゅって守ってくれるなら、いいですよ」

「ま、守るって……いつの話をしてるんだよ」

「一生忘れませんよ」


 いつも本音を全然見せてくれない皐月。男を誘惑して美味しい実利ばかり稼いでいると思っていた皐月。


 そんな彼女が、実はずっと勇気を出して誘惑してくれていたことを、ひと晩かけてようやく知ることが出来た。

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