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第十三話:呪術師

 エルフの森とトリバレイの中間地点にて、倉庫の敷設をすすめる。


 シグネたち美しいエルフの人々の、交易に対する需要は非常に大きい。トリバレイの交易拡大、つまり他国への経済的優位性のためには絶対に手を抜けないルートだ。


 最初は塩を抱えられるだけ運んでいたが、品数も量も増えて搬入が追いつかなくなってきた。そこで今回の倉庫の出番。限られた者しか抜けられない森はともかく、トリバレイから森までの道中は代理が効く。ここで荷物の中継や保管をすることで、バケツリレーのように輸送を効率化出来るというわけ。


 それにしても、崎田アンナが手伝ってくれるとは思わなかった。


「手伝ってくれてありがとう、アンナさん」

「ふん、構いません。ちょっと暇だったし」

「助かります」

「あっそ」


 相変わらずいつも機嫌が悪いな……。つん、と目線を苛立たしげに目線を逸らされる。出会った頃から比べてだいぶ仲良くなったとは思うけれど、実は彼女と接するのがまだ苦手だ。


「よいっしょ……ふぅ、あと荷物二つ」

「……」

「? アンナさん?」

「な、なんでもない」


 搬入品を棚に上げて一息。汗を拭っているとじっと見られている気がして視線の意味を問うが、特に理由は告げられず。睨まれると腰がすくむので勘弁して欲しい。ジャンプしなくても小銭差し出します。


 狼のような鋭い眼光と銀髪。綾子よりも背が高いモデル体型。バレー部らしく鍛え上げられている四肢。腹筋とか割れてそう。他の競技も万能だ。うちの高校は陸上部がそれほど人数居なかったから、よく助っ人で出てアンカーとして本職をぶち抜いていたらしい。体育祭で見たアンナの勇姿はよく覚えている。


 ギラついた見た目は不良少女といって過言ないのだが、元の世界では女性陣に人気があった。男性陣は遠巻きに見ているしか出来なかったね、仕方ない。


 異世界で一緒に冒険したり経営したりして、ようやく最近可愛らしいところがあることにも気づけた。母方が欧州のハーフだからかちょっとだけ日本語が拙く、変な所で丁寧語なとことか。そんな内情を知っても自分自身よりも身体的に優れた人物で、つい恐れてしまう。悪い人じゃないんだけどね。


「ふう、これで一先ず仮設小屋は出来ました」

「しょぼ、もっと大きくしなくていいの?」

「まずは仮です。敷地と方向性だけ残しておいて、あとは工兵にやってもらいましょう」

「ふん」


 ふん、は了解や賛成の意味を含まないのはあくまで一般論である。アンナと接して知った。


「それにここは小屋の建設予定地の中でも一番森に近いし、あくまで仮組みでいいでしょう」

「森に近いと良くないのですか?」

「どうも迷った魔獣がはみ出てくることもあるみたいで。近すぎると荒らされるかも。今回は実験で、あえてちょっと近くに寄せてみました」

「ふん、そう」


 甘味や匂いの強い品目だと魔獣に荒らされると予測している。ここは塩をメインにしたほうが良いか。それとも獣は塩なめたりしに来るのかなとか、魔獣の生体に考えを巡らせていたら……噂をすれば影。


「おやおや」

「おわわ……でっかい虎……!」

「なるほど、森から獣がはみ出てくるのは本当ね」

「流石にちょっと近すぎたか……ごめんアンナさん。逃げてください」


 ぐるる、ぐるる


 とうなりり声を上げて、森と草原の敷居をまたいできたのは一匹の大虎。


 こっちの世界では魔力の質でカラーリングが変わるのも珍しくない。黒に白縞模様の虎。体格が変わるのも珍しくない。テオテスカトルみたいな大きさの虎は、狩りの体勢を取りつつじりっと距離を詰めてきた。逃げるか追い払うか、とにかくいきなり戦闘だ。


「革命スキルは……くっ」


 市場で買い漁ったデメリットあり装飾品をポケットから取り出す。ちょっと幸運になるが筋力がガタ落ちする。ちょっと筋力が上がるが魔力がダダ漏れになる。そういうプラスマイナスでマイナスの実力になる装備品を重ねることで、革命スキルの範囲を広げることが出来る。


 が、残念ながら今回はそれでも足りず。観念して短剣アンサラーを手首に当てる。虎の威圧感を鑑みるに……。


「二百、いや二百五十ccかな……」

「まぁ待ちなさい」

「へ」

「ここは私がやってあげる。Feuer!」


 出血の痛みを覚悟していた俺の前に、アンナが躍り出る。


 彼女の掛け声とともにその指先から放たれたのは、黒色の稲妻。一瞬だけ瞬いた黒い槍は、虎の喉元を正確に穿ちぬいた。もんどり打って倒れた虎は持ち前の耐久力でどうにか立ち上がったが、しかしその首には病みまくった色の火傷が、実に痛々しく刻まれている。


「こ、これは……呪術、かな?」

「そう、私の魔法は長引くの」

「ヒェ」

「さぁ、引かなければもっと痛くしますよ」


 バチバチッ


 とアンナ指先から稲妻が落ちる。まるで猛獣を躾ける鞭のように。


 崎田アンナの職業(クラス)は呪術使い。元の世界のゲームでは気軽に火傷! とか毒! とかかけて遊んでいたけれど、現実だとこんなにおどろおどろしいものなのか。そりゃ物理攻撃も半減するわ。


 大虎の方は衰弱著しく、野生本能に刻まれた恐怖は彼を退散させるのに十分なものだった。アンナはちょっとだけ優しいので手加減している。半日もすれば呪いも消えるだろう。達者でな。


 小鬼との敗北で転移人の女の子たちが訓練を積んでいたのは知っていた。が、才覚に胡坐をかいてサボっていた彼女らが、本気出して修行するとこんなに凄いのか……。


「ふ、楽勝ね。褒めてもいいですよ」

「すごいや あんな さん」

「ふふん」


 銀髪をかき上げ、誇らしげに笑っている。ふむ……どうやら、またしても逆らえない女性が増えてしまったようだ……。泣ける。


――


 そんなこんなで倉庫の増設は完了。


 というか最後の小屋は一時放棄だ。こんな危険域を工兵には任せられない。俺たちは仮設倉庫の中から持ち帰るものだけをピックアップし終えた所。そろそろ一旦根拠地に戻ろう。


「もう少しトリバレイに近いところに、あとひとつ建てようかな……どう思います?」

「……」

「あの、アンナさん」

「……」

「アンナさーん?」

「さっき、指輪をつけようとしていたでしょう。あれ、例の革命スキル? 綾子が説明してた」

「あ、ええ、そうです。自分の実力をあえて下げることで――」


 かくかく、しかじか。


「ふーん。じゃあ今は?」

「今?」

「今は、指輪していませんね」

「あ、ああ。これずっと付けていると肩が重くて重くて……弱体化は必要最小限にね」


 理想はこれを常時つけっぱなしなのだが、それはそれで疲れる。スキーブーツを履いている状態、と言えばイメージしやすいだろうか。歩きにくく、そして脱いだ時の心地よさがとても近い。


「なるほどね。では、今の状態だと革命スキルは私には効かない?」


 ……ん? なんか変な問いだな。


 ああ、そうか。つまり革命スキルとのコンビネーションを確認しておきたいわけだ。革命スキルが効く相手と組めば無敵だしね。その不等号関係は要チェックってわけ。


「そうですね。効きません。効くかどうかは相手を見れば分かるので、間違いなし」

「……指輪ちょっとかして」

「はい。こういう、なんか嫌な雰囲気がある装備品見つけたら、アンナさんも確保してくれると助かります。市場で投げ売りされているんで」

「……ふ」


 にやり、と笑った。


 誰も居ない小屋。


 トリバレイ町からもエルフの集落からも離れた僻地。二人っきり。ここで大声を上げても、どこにも届かないであろう隔絶された空間。


 その中でアンナが、不敵に笑った。


 彼女の長い長い脚は一歩で俺との距離を潰す。デメリット指輪群は小屋の隅に放られ、空いたアンナの手は俺の両手首と首をそれぞれ抑えて、地面に叩き込んできた。


「あぐ! ……あ、アンナさん……? あの――」

「黙りなさい」

「あ、の……」


 一瞬の出来事だった。マウントを完全に取られた。単純な腕力でも敵うはず無いのに、魔力も体勢も負けているとアンナを押し返せるわけがない。


「い、一体いきなりどうしたの……?」

「うるさい。いつもいつも、いつも……色気を振りまいて。いい加減にしなさい」

「……は? ……??」

「見せつけるように汗を拭ったり」

「……?!? 見せつけてません!」

「こんなっ、町から離れたところでっ、覚悟しなさい。覚悟できているのでしょう」


 ぐいぐいと服も下着も剥ぎ取られる。アンナの腕が長すぎて、可動域が違い過ぎる。全く抵抗できない。


「いっ、いやいやいや、なんでこんなこと」

「決まっているでしょう! 勝手に惚れさせておいて、その後は他の女とばかり……もう我慢の限界です」

「惚、れ……? え、アンナさん惚れてくれているの? えっ、い、いつから……」

「白々しい!」


 我慢の限界、とは本当らしかった。アンナの綺麗な灰色の瞳は据わりきっている。鍛え上げられた左腕は俺の両腕でも跳ね返せず。そうして右手では下半身をつまみ上げられて、強引に自分の下半身へ。


「このッ、ふー……ふーっ、こうなったら。合意がなかろうがこの一回で決めます。た、た、種だけでも……」

「あの、アンナさん」

「くっ……この、っ……? ……?! どうして! こうすればいいはずでしょう!」

「あー……その、こういうのは相互の協力が必要でして……」

「え?」


 見た目より初心(うぶ)なアンナに工程の説明をする。特に、男性側が恐怖心で満ちていると縮み上がってしまうということを念入りに。あなたに睨まれると永遠に無理。


 よしよしとマウントを取り返してアンナの頭をなでる。泣きそうな不安と期待の顔。こうしていれば可愛い女の子だ。


「そう、上手なこすり方です。このリアクションはアンナさん好き好き大好きっていう意味ですよ」

「な……バカな! 嘘をつかないで。こんなに大きいと無理に決まっているでしょう。もっといい感じにサイズを調節するのよね?」

「嘘じゃないです。本当です。サイズ調節は無理です」

「……佑香たちはどうしたの?」

「あー、みんな最初は痛いみたいです」

「くぅ……本当に? 本当に騙していないでしょうね」

「大丈夫。慣れれば平気です」


 さっきはあれほど怖かったのに。


 未知の不安でいっぱいなアンナを抱きしめると、苦手意識は一瞬で霧散した。

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