第十二話:司書さん
トリバレイの発展には様々な人材が関わっている。
治安維持・防衛にはジェイコブ・ストライテン中将。財務にはバーナード・フェルトン。法務にはユースティティア・アン・クローデル。この三人が主に公的な執務を担当している。
民間企業については五人の転移人娘たちがそれぞれの得意分野で屋号を立ち上げた。
金(貴金属)・軍備部門は姫野佑香、茶葉・その他商業作物は美島椿、
香水・ポーションブランドは崎田アンナ、
宝石・魔法石・ファッション関連は小早川皐月、
美術品・古物商は藤堂みなみ。
さらに港運営・造船にはアオタニ町から登用したジュウベ・ルリ、クジョウ・ミカゲ。
以上の人々は各担当のスペシャリストとして大活躍中だ。特に女性陣。俺の稼ぎのしくみを横取りしちゃうのマジやめて欲しい。
……話がそれた。彼ら彼女らスペシャリストに対し、新規かつ広範囲の事業を手掛けるゼネラリストが二人いる。港の整備に携わっている城ヶ辻綾子。それとつい最近上下水道の整備を軌道に乗せた霧八佳苗。二人は、トリバレイの基盤に必要な案件を次々に達成している。すごいね。
一応代表の俺はと言えば、昨日の仕事内容は家畜の餌やりの代理だった。いつものおばちゃんがぎっくり腰なんだって。うーん、ハイレベル。
で、今日はそのゼネラリストの一人、佳苗のお手伝いだ。
「佳苗さん、新規の企画書はさっき受け取ったよ」
「……はい……さらさらっとサインだけお願いします……」
「ふへへ、はぁい」
鏡がなくてもわかる。今俺は間抜け面をしている。
佳苗が俺だけにしてくれる仕草。分厚い前髪をかき上げて、可愛い瞳と垂れ気味の眉を見せつけながらねだられると、サインするペンがよく走る。そのうち何もかも貢いじゃいそう。全財産贈与の書類じゃないことを、サインした後に確認する。セーフ。
「どれどれ、ふーむ……図書館の新設?」
「……はい……」
「むむ、良いと思うけど。あれ、城はまだまだ増築中だし、スペース足りるんじゃない?」
「葉介くんは、トリバレイに足りないものって何だと思いますか……?」
「んー、もしかして……これは大胆な予想だけど……図書館?」
「正解」
「っしゃおら!」
佳苗は口調自体暗めの方だが、仲良くなるとノリがいいのでアホなやりとりにも付き合ってくれる。でもこれで結構な才女なんです。本当だよ。
「ではなく」
「はい」
「文化施設が足りないと思いませんか?」
「……あ!」
確かに。
佳苗の指摘は正しい。今まで取り組んだのは道路、門構え、城、商館、港、砦……どれもこれも実用的なもの。
しかし住む人々の幸せや、町・国の名声と歴史保存のためには、図書館や博物館に代表される文化施設は必須。それに加えて公園、記念碑、慰霊碑、公共墓地のようなものを揃えてこそ、人々は人間らしく人生を謳歌できる。シムシティにそう書いてあった。
今までは余裕がなくて実務一辺倒に偏っていたが、資金に余裕がある今なら手がけられる。いいね。承認! あれ。もうサインしてある。
「千年後のことを話しましょう」
「せ、千年?」
「はい……。ここトリバレイが自治領となるなり、国になるなり、そのへんは綾子に任せます。あの子の野心バリバリっぷりは留まるところがありませんが……きっと歴史の流れが決めるでしょう……」
「うん。ま、出来れば長く残って欲しいね」
「歴史が微笑むとこの町は残り、そして我々の子孫がこう言うのです」
!!
ちょ、ちょっと昼からこの娘何言ってるの。
と、我々の子孫というところに鼓膜が総動員されたが、佳苗の本題は次からだった。
「『あぁ、あの古めかしい建物は図書館なんだよ。どうも千年前からあるみたいでね。時代遅れでこまったもんだけれど、まああるなら使うさ。ところで君はどこの出? アメリカ? へぇ(笑)ずいぶん歴史が浅いところから来たんだねぇ』」
「うわ、やな子孫だ」
「文化とは、国と国のマウント取り合いとはそういうものです」
「否定はしないぜ。なんか由緒ある寺とかあると嬉しいよね」
「はい。それとも葉介くんは『何にもないトリバレイ出身です』と子どもたちに言わせますか?」
「ん……よし、作ろう。図書館。それと博物館、美術館、モニュメント」
そして文化隆興させて偉人とかいっぱい出そう。
「……いいご決断です……」
「軌道に乗ってきたと思ったら、まだまだだったな。国造りって大変だ。またいろいろと頼むよ」
「ふふ、お任せあれ」
「うん、万事任せます」
「了解。ああそれと、子孫の方も作っておきましょうか……?」
「……そ、それは夜にね」
緩急が上手いな。前から思っていたが我が陣営の女性は誘うのが上手すぎる。
佳苗の長いローブを剥ぎ取りたい欲求にかられたが、夜まで我慢することにして夕方まで我慢できた。
――
トリバレイ図書館の工事は進む。
昼夜問わず頭のおかしい工事日程で建物が出来上がっていくが、これは工兵を酷使してのものではない。錬金術師の佳苗がちょちょいと生み出した工事用ゴーレムが、疲れ知らずで資材を運搬・加工・組立しているためだ。
俺の義務教育では、錬金術で命を生み出すと片手片足を持っていかれたりするんだけどな。佳苗はそんなことなく、涼しい顔でゴーレムを働かせている。
「それにしても蔵書が多いね。こりゃ、早めに手掛けておいてよかった。城に運んでいたらパンクしていたよ」
「この分だと、いずれ地下にも書庫を広げる必要があるかと……」
「そうしよう」
「……ふふ、地下迷宮図書館……最高に私の好みの世界観です」
「そ、そうですか」
手のひらでメカクレ美貌を二重に覆い隠し、くつくつと佳苗が笑う。
いずれ佳苗はここの司書長を兼任することになる。そして地下に広がる迷宮や書物に封印されていた魔獣を、管理をしたり放し飼いにしたりすることになるのだが、今はまだ先の話。本人が楽しそうなので放っておこう、という事なかれ主義を後悔するのもまだ先の話。
この本好きっ子め。結婚指輪のついでに、手書きの恋文五百ページ装丁済みを要求したのは伊達じゃない。あの時の腱鞘炎の後遺症はまだ残っている。
「蔵書が多いのは理由があります」
「そうだよね。おかしいよね、この世界の技術レベルだと活版印刷はまだだよ」
「魔法の存在が理由です……。発展には膨大な図表や計算が必要なので……」
「なるほど」
ゴーレムが運び込んでくる大量の書籍。これらのほとんどがいわゆる魔導書というわけだ。
王都から写しを寄贈してもらったもの。アオタニやその他占領地から徴収したり写したりしたもの。商人の売買ルートで手に入れたもの、などなど。魔導書は技術の質と量の礎。増えた分だけ国力になる。
それに拍車をかけるのが、隣にいる本の虫のお嬢ちゃん。佳苗の本好きはやや常軌を逸している。放っておけば時間を忘れて幸せそうに読み耽る。その横顔をこっそり盗み見るのがマジいとをかしで図書委員は皆勤賞だった。
これで佳苗好みのカフェでも……そうダークブラウン基調の木造カフェをサプライズで用意すれば、あの青春の再現ってわけ。我ながらいい考えだ――と企んでいると、もっととんでもないサプライズが起きた。
どがん! がららららら……
と衝撃音と崩壊音。
続いて作業中のゴーレムたちが次々に吹き飛ばされる。
「何事!?」
「ああっ……こ、これはまさか……」
「知っているのか佳苗さん!」
「もしかしてこっそり密輸したバルトリンデ製の魔導書が……その中に封印された魔物が暴走したのでは……!」
「なんでそんなことしたの? なんでそんなことしたの?」
「……おお、なんとうかつなことを……」
内緒で研究するつもりだったらしい。てへ、と恥ずかしそうに前髪を整える佳苗。うーん、可愛い! 許した。
いや、許しちゃ駄目だが、ね、ほら、初犯だから。罪を憎んで人を憎まずって言うし。美少女じゃなければ二、三発はたいて小一時間説教していたところだが、見た目がド可愛いもんだから仕方がない。
これで性格が良ければ完璧なのだが、佳苗はどちらかと言うと良い性格している、といった方が正しい。
「いかんな。じゃあ、ちゃちゃっと討伐して工事に戻ろう!」
「……了解です……ちなみにこの魔物にはチューニングを施してありまして……」
「え」
「『19文字以内で記述できない最小の自然数』歩分離れた位置に存在する魔物、という」
「……???」
「何歩だと思いますか」
「わかんない」
「そう、誰にも記述できません。パラドックスですから。これを打ち破るには討伐しようとする者の深層心理において、より厳密に数学的な公理を見直す必要があり、さらにその概念を相手に魔術的に伝える必要が……」
「なんでそんなことしたの!」
「研究のため?」
こてり
と首をかしげる様子も可愛い! 許される!
「訳わかんない研究で工事現場が半壊したけど」
「……おお、迷惑な人がいたものです……」
トリバレイのやばい女ランキングを今日も書き換える。このランキングを書き換えない日はない。ただ、流石にこれは殿堂入りだろうと思ったら、次の日には改定の要を認めた。




