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第十一話:外交

 翌日。港でぼーっとしていると、待ち人のニェルガド町長が慌てて駆け寄ってきた。


 朝が早くて結構。銅貨三枚の得だ。


「三津谷殿! これは……ど、どういうことですかな……」

「やっほー町長。いやはや、どうにもこうにも参ったことになりました」

「本日朝に出港いただくはずでは」

「無理のようです、町長。あなたもあれの報告を聞きましたか?」

「う、ぐ……誤報でないとは……」


 町長が唖然とするのも無理はない。湾内に建築されたことで、普段から波の穏やかなニェルガドの港。が、今日は波が穏やかにすぎる。波はまったくない。


 理由は明白だ。俺たちのちょうど真正面。湾の出入口に相当するところに、朝起きたら巨大な火山岩が出現している。人力では絶対に動かすことは出来ず、完全に出入口を封鎖している。


 湾ではなくちょっと塩気の濃い湖と化したニェルガド港。これでは外海と完全に分断されて港としての価値はゼロ。当然物資の搬入搬出も、バルトリンデ本国やその他からの救援も来られない。


「な、な、なぜ! 昨夜はこんなことはまったく……!」

「そうですなあ」


 おかしいね。もしかして昨夜気まぐれな火竜でも来たのかなあ。とか、とぼけるまでもなく、これは俺が上総介に命じてやった。正確には彼のご機嫌を普段からいっぱい取ったことで、三ヶ月に一回くらいのペースで「どうしてもお願い! 頼む!」と言うとやってくれる切り札を使った。主人は一体どっちだ。


 上総介は戦場で圧倒的な存在だが、もっとうまい使い方がこれ。地形そのものを変える力だ。俺たち矮小な人類がコツコツと積み上げてきた地政学などは、根本から覆される。


「とにかくこれで我々は出港できなくなった。でもご安心を、バルトリンデも来られません。では安心して三日待ちましょう」

「……! み、三日、で」

「陸ならばアクスラインの騎兵ほうが間違いなく速い。情報通のあなたなら手にとるように分かるでしょ」

「ぐっ、ぐう……」

「というかあいつなら、バルトリンデの後詰めをまずおびき寄せて潰すかな。その後じっくり砦は姿焼き。っと失礼、約束では開門いただくのでしたっけ」


 一枚ずつ丁寧に交渉カードを晒していたら、きっとこの町長には敵わない。それに時間がかかりすぎる。肝心なのはテーブルをひっくり返してカードを配り直すこと。


 がっくりとうなだれる町長が開門を申し出たのは、それから間もないことだった。


――


 ニェルガド・ケンシ町長の館で外交会談二回目。


 これでじっくりと話ができる。港の入り口を潰して降伏させたが、これではまだ中途半端だ。せいぜい進捗は三割といったところ。まだ女王陛下はお喜びになるまい。ここからが肝心要である。


「さて町長」

「くそっ……私の港がぱァだ……生涯かけて育てたきが、ぱァ……岩一つでぱァ……っ、くぅ……これからどうやって生計を……」


 中年男が頭を抱えて哀愁漂う。涙すら流している。昨日見せていた余裕たっぷりな笑みは見る影もない。元気だして、いいこともあるって。


「あのぉ町長。例の火山岩ですが、私に任せていただければ動かせます。ぽいって」

「!? そ、それは真ですか!」

「っていうかあれ置いたの私です」

「テメェこのガキ! ……あ、いや、その……」


 余裕がなくなって本性見えてきた。当然か。貿易港の運営で生きる者が港入り口を潰されて、その犯人が目の前に居たら誰だって同じリアクションになるだろう。


 胸ぐらをつかんできた町長の剣幕に、ちょっとビビって漏らしそうになったのは内緒だ。意外とこっちの、海の男らしい豪胆な方が性根なのかも。とにかく本音で話せそうなのはいい傾向である。


「どっ、どっ、ど」

「ど?」

「……どういった条件で湾口を解放いただけるので?」

「まずは砦への我軍の駐屯を”実現”すること。そこへの物資供給はニェルガドが責任を負うこと。そうすればどかします」

「ふむ」

「保証は湾内に停泊させた我が旗艦だ。最新鋭の船を外洋に帰すには、私も約束を守らなければならない」

「いいでしょう」

「話が早くて助かります」

「く、今回ばかりは……参った。港そのものを交渉カードにされるとは。見事と言わざるを得ません。ミッドランドの軍門に下りましょう……」

「いや、それは要らない」

「は?」


 要らない。ミッドランドへ編入せず。その言葉を受けて、ニェルガド・ケンシ町長の開いた口が塞がらない。


 隣で交渉を有利にすすめるために、バリバリと威圧感を発揮していたムラクモも口を開けている。


「ちょ、ちょっと少将よろしいか。彼らは我々に合流すると言っているのですよ」

「そうだね」

「いいではありませんか。なぜ編入をお断りなさるのか」

「ニェルガドが大っぴらにミッドランド一色になると、バルトリンデや西方諸国は新しい港を築くね」

「……む。まず間違いなく」

「するとニェルガドの価値は一つの港町と成り下がる。交易はミッドランド相手のみ。量も品目も大きく目減りし、戦略的に益が少ない」

「むむむ」


 しかし。


 しかしだ。


 ここであえてニェルガドをバルトリンデから“取り込まない”。


 バルトリンデ側として残すのだ。俺たちの影響力が無くならないように砦に駐屯兵は配置するが、それ以外は今まで通りバルトリンデ本国や西方諸国と交易してもらう。


「するとバルトリンデもミッドランドも、そして西方諸国も影響を及ぼす町が出来る。この属性は今の地図には一つもない。よろしいか、一つもないことが肝心なのだ。我々は全く新しい町を運営する」

「どんな利益が」

「まず落とし所が出来る」


 現在のミッドランド王国、バルトリンデ国の外交関係は最悪。話そうとしても話せないほどに、お互い嫌い合っている。


 しかしこのニェルガドを通せば……正確には腹芸の上手なこのニェルガド町長がいれば、両者を調停することも出来るだろう。非公式の外交、人質交換の提案、災害時の停戦協定、亡命者受け入れ、離間工作エトセトラ。


「さらに西方諸国との貿易にも食い込める」

「そうか!」


 バシン、とムラクモが膝を叩いた。町長もそろそろ察して来た。二人とも海に生きる男、この地図の模様替えの影響を理解している。


 西方諸国とやらはミッドランドと縁がない。海の向こうの国々と、ランドパワーが国の方針のミッドランドは交易のきっかけがなかった。しかし、それを崩さなければいつまでたっても二正面作戦の懸念はなくならない。


「これで間接的にだが交易路は開かれた。あとはこちらの潤沢な経済力で、西方諸国の優先度をバルトリンデ<ミッドランドとなるまで競争する」

「ふむ……西方諸国と事を構えない上に、交易相手を増やしつつ、バルトリンデを弱体化。確かにこちらのほうが良いことばかりですな」

「ほ、ほほほ、な・る・ほ・ど」

「ひとまずの商品はこのミッドランド製香水でどうかな。最高級品だ。こいつで西方諸国が供給している食糧をこちらに引き込む」

「……こ、これが、噂の。ふむ、ふむ、ちょいとふっかければ、ほほ、出来ないことではありませんなァ」

「よろしく」


 ムラクモが納得し、そして町長の方も調子が出てきた。扇子でぱたぱたと口元を隠しながら笑っている。


 自分の拠点を三国の貿易港にする。そのことの莫大な利潤に気づいたのだろう。


「結構、大変結構。ですが三津谷殿」

「ん?」

「そういうことでしたら言っていただければ、ほほ。喜んで協力いたしましたものを。わざわざあんな大岩を運ばずとも」

「言葉じゃわからないこともあるからね」

「は?」


 俺が一番欲しかったのはバルトリンデの経済圏に食い込める港、でもない。


 欲しかったのは人材。その港を任せる信頼に足る人材だ。それに比べれば港の一つや二つ、大した収穫ではない。


「町長ってさ、結構いい人でしょ。趣味は利益第一な成金ぶってるけどね」

「……なんですと」

「俺だったら陥落した港で敵を出迎えたりしないよ。町民なんて放っておいて、砦に引きこもってる


 矢面に立つリーダー、というのは理想である。そして貴重である。


「だからまず替え玉を疑った」

「ふん、度胸があると言っていただきたいですな」

「それに、私財の金塊よりもこちらの撤退、町民の安全を優先した。なかなか出来ることじゃない。あ、これ返すね」


 ごとり


 と昨日町長の金庫から取り上げた金塊を返す。こんなものより高く買いたい人物が目の前にいるからな。


「……」

「良く言えば義理人情に厚く、あー……悪く言えば、悪く思わないでね。脅しやすい。砦に我が軍勢が詰めて町民を質にする限り、ニェルガドの実質的な支配はなると読みました」

「……はん、生意気なガキが……町民など、搾取する先がなくなれば困るから守るのだよ……緊急時は、仕方がない」

「それを分かっている大人がどれだけ少ないことか。少なくとも俺には無理だね」


 こちらとしては最大限褒めているつもりなのだが、ニェルガド町長の表情筋は目的地がわからず戸惑っている。


 ようやく褒められたと気づいたのか。ため息をつき、演技をやめ、そうすると少し肩の荷が降りたようだった。向こうも虚勢を張っていたらしい。奇妙な連帯感がニェルガドとの間に満ちる。確かにちょっと遠回りだったが、外交とは、お互いを理解するとは常にこういうものなのかも知れない。


「分かった。港の運営、任せてもらおう」

「頼みます」

「香水はさっさと卸せよ。遅れたらバルトリンデに食糧送るからな」

「おっけー(ダブルピース)」

「あー、それと……三津谷」

「ん?」

「恋人は居るか? あー……居なかったらうちの娘をくれてやってもいい。美人だぞ。あんたは、あー……まぁまぁだ。ミッドランド人にしては」

「いや、もう嫁さんが何人も居るんだ。もうちょっとまともな旦那さん探してあげなよ」

「……どれだけ少ないことか、か」


 気が変わったらそう言え、と肩をすくめる町長と握手を交わし、俺達は船に戻る。


 基礎は作った。まずは自国の経済を発展させ、ニェルガドを窓口に交易を伸ばす。西方諸国が敵国よりこちらを惜しむほどに。


 それがなればいよいよバルトリンデ本国に切り込む頃合い。まずはトリバレイの発展を進めるとしよう。

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