第十話:ニェルガド町長
ニェルガドの町はずいぶんと栄えているらしい、と応対した町長の指輪を見て思った。
領地運営と交易のおかげで宝石の目利きは特技になった。戦闘には使えないが、後天的に獲得したスキルである。バルトリンデの真珠、ミッドランド工房のヒヒイロ細工、南方のアレキサンドライト。それぞれ高級な装飾の指輪、それもどれも違う産地のものを持っているとは。
財力に加えてコネクションもありそうだ。それに……、
別の指にはトリバレイの上質な炎魔法石。
エルフの日用分と女王陛下への上納分を除いて、こいつはほとんど外に出ていないはず。輸出管理部門の監査が必要そうだ。これを敢えて見せつけてくるとは、かなりのやり手で自信家らしい。
そんな読解は表に出さず微笑みを作り、ニェルガドの迎賓館で町長と握手を交わす。
「はじめまして三津谷です」
「おお、ミッドランドの新星、少将閣下のお噂はかねがね。いやぁお若いですな、噂以上に。町長のニェルガド・ケンシです」
情報通。町の名前とファミリーネームが同じ。世襲で栄えた一族で、民草もそれを嫌とは思っていない。愛知の車メーカーみたいだ。
「はは、表向き肩書を貰っては居ますがね。私なんかは雑務全般をまるごと任された使いっぱしりですよ」
「ふ、む」
「今回、ニェルガドの方々との外交を担当するのはまさに僥倖。任地が近いから抜擢されました。貴重な経験させていただきます。どうか、お手柔らかに」
「ほ、ほほほ、ははは、実績の割りに実に謙虚な方だ。無論、そういうことでしたらご協力しますとも」
「ありがとうございます」
ニェルガドとの外交を『雑務』と表現したときの気の引きつり。
間髪おかず、その手のひらを返してニェルガドを持ち上げ、へりくだったときの微かな満足感。
この町長はこちらのことが嫌いだな。いや、厳密には軽く見ている。港に敵軍艦を入港までさせているのに、軽く見ている。この状況を致命的とは思っていない。
その辺りの自信の根拠を読みほどき、テーブルの上でオープンさせなければ交渉は始められない。
「さて、外交と申しましてもどこから始めればよいか……」
「四隻沈めちゃいましたからね。賠償はできません。問題ありませんか?」
舐められすぎないように、かつ手の内を見せないように。煽るように既知の事実を並べて、町長の出方をみる。が、向こうは痛くも痒くもないという様子だ。
「それは不幸な行き違いでした。船はあとでバルトリンデ本国に補充させますので、問題ありませんよ」
「それとこちらの要求は、バルトリンデ本国への食料供給の停止。ニェルガドが集積し、各地に卸している麦や稲は我軍の敵を食わせている」
「ふー……む」
「だから今回も沈めた。いちいち沈めるのも大変なので、予め全量停止していただきたァい」
「それはそれは失礼しました。もちろん、供給を停止させていただきます。文書に残しましょう」
こっちとしては慣れない虚勢を精一杯はっているのだが……町長は笑みを崩さない。こんな約束、嘘に決まっている。
俺の出身の世界のような法整備されている環境でもそうだ。条約なんてうっかり無視して誠にごめんなさい、でも経済制裁したらこっちもするからね許さないからね、が日常茶飯事。
ましてや不名誉な情報など握りつぶし放題な、この中世ちっく異世界のこと。この約束は羽毛よりも軽い。契約書そのものに拘束力を持たせる高度な魔法もあるらしいが、今の手持ちでこの中年男を従えさせるのは難しい。
「約束の担保として、内陸にある砦の開門を求める」
「かしこまりました。諸準備がありますが三日以内に必ず」
「そこに我軍の陸上部隊を駐留させる。戦上手のアクスラインの名は知っているな。刻限を一分でも遅れれば、彼が城門と城兵を細切れに粉砕する」
「おお、かの名人にお守りいただけるとは……。心強い。不安だったのです」
「不安?」
「はぁ、食料の供給を停止すればバルトリンデ本国から、仕入れを停止すれば海の向こうの西方諸国から。それぞれ怒りを買います……。討伐船団が来れば私の首など、麻生地よりも気軽に千切れ飛ぶでしょう」
大仰な手ぶりで不安を表しているが、本心は全く別。こちらを脅している。
別勢力からの後詰、それが向こうの自信の根拠か。まずいな。
「……ムラクモ艦長」
「はっ!」
「ちょっと失礼」
「もちろんどうぞ」
町長に断りを入れて椅子を立つ。交渉は中断。部屋を一時退出する。
ムラクモ・ジルを呼び寄せ、周囲に聞き耳が無いことを確認して問う。ひげもじゃなムラクモは口の動きがわかりにくく、内緒話には絶好の相手だ。
「どう思う」
「申し上げたとおり、降伏は全てまるっと偽装です」
ですよね。
「やはりか。三日あればバルトリンデ本国や西方諸国とやらが、後詰で俺たちを討ってくるのは可能か」
「無論です。我らがここまで一日でした。バルトリンデも同様でしょう。奴らは口達者でコネもある分、助ける者が大勢居ます。厄介な町です」
「砦を全速力で攻めて、落とすまで何日かな」
「三日ですな」
「くそっ、待機も強攻も変わらん! だから準備に三日かい」
「おわかりと思いますが、待機したらもっとかかります。というか、いくら待っても城門は開かないでしょう」
お茶もぶぶ漬けも出てこないのと同じメソッド。待たせるだけ待たせて救援を待つつもりだ。三日堪えられると敵の援軍に挟み撃ちにされるのは、戦術に拙い俺でも簡単に想像できる。それは死に筋だ。
「だが待て、砦があっても町並みと町民は守れまい。火の海にされたらどうするつもりだ、あいつら」
「……恐れながら、ご自分の戦績を思い出してください」
「……? ……あ」
ぬるいということは重々承知。
その上で、俺はこれまで民草を虐げる作戦を取っていない。転移して、従軍してから一度も。その弱点を把握され、持久作戦に利用されているとしたら……相当細かく情報を握られている。かなりの手練だ。
「あのオッサン舐めやがって」
「かくなる上は潔癖を捨てることをお覚悟ください。夜襲焼き討ちのご命令を」
「…………わかった。全体に通達――いや待った」
「……あれは……白外套の乗り手?」
「王都からの伝令だ」
「王都から?」
「アリシア女王からの」
「む! あの噂の別嬪か」
お見事。王城におわしながら、ここで我々が足踏みするのをお読みになられたか。
ただの平兵卒なのに、一国の姫君のように美しい第一軍団所属の伝令から封書を受け取る。
何。軍団の数字違うだけでこんなにルックス変わるのか。ずるいぞ。うちの兵士共はみんな粗野で臭い大男ばかりなのに。
「三津谷少将、陛下からの封書を持って参りました」
「確かに。拝見します。……ええと、何々? ……『西方諸国とはまだ構えるな』、か」
「……撤退の命令ですかな……港まで落としておいて、無念」
「いや、バルトリンデ対応についてのご指示がない。封書はこれだけか」
「はい」
霞がかった瞳の伝令がうなずく。部下としてどう読むべきか。大国の主としてのアリシア女王陛下の筆は重い。無用なしがらみを残さないよう、あえて必要最小限のことを書いたのではないだろうか。
つまり、西方諸国は存在感が大きいので全面戦争に突入するべきではない。バルトリンデとの二正面作戦など下策。平和的な関係を維持したい。できれば、友好国まで切り込めて影響力を握れたら最高。
その一方バルトリンデは好きにしろ、今まで通りぶっ飛ばしていい。読み解くならこんなところだが、これを成立させるのはかなり難しいな。ただ武力を押し込めればいいというものではない。
うぐぐぐ、こういう頭使うのは綾子がやればいいのに。頭脳労働は担当外だぜ、うむむむむ。よし、まずは……
「委細承知いたしました、とお伝え下さい」
「ええ、ご武運を」
「……ありがとう」
ご武運を、か。伝令という無色な立場を求められる彼女なりに、ヒントをくれたらしい。
ただ引くのもいいが、陛下のためには武人として何かもう一手打っておくべし。自分の読みが確信に変わる。
「しゃらん」と妙に優雅な動作でマントをはためかせ、伝令が踵を返す。別に貴いお方がお忍びで来ているとか、そういうわけではない。第一軍団の伝令はだいたいこんな感じだ。
おい、ずるいぞ。うちの第七の兵が踵を返したら「どたり」って鳴るぞ。
「ムラクモ艦長」
「はっ!」
「背中を任せます」
「はっ! ……はい?」
扉を蹴破る。
長剣を抜き放ち、続けて回答剣アンサラーを町長側の護衛の首元へ。刺しきらずにピタリと止める。
長剣を町長の首に当てるのも、これまた同じように寸止め。慌てたムラクモの背中が俺の背中に合わせられる。
「三津谷殿?! な、な、何を……」
「町長を出せ」
「は?!」
「町長を出せ、本物のだ。たった今伝令に貰った人相と違うぞ」
「そんな、バカな……! 本物です! 本人ですよ!」
ぎりり、と町長の首の皮を薄く切る。脂汗でいっぱいになっているが、白状はしない。たぶん本人だからな。
別に嘘を暴こうとしているわけではなく、狙いは別だ。この町長がどんな人物かを見極めたい。彼が今後の戦略の鍵だ。
「本人という証拠は」
「そんな……、あまりにも……的はずれな……」
「証拠は……そうだな。来い。どれどれ……ふむ、これでいい。この御大層な金庫を開けてみろ」
「……!」
町長を引きずり部屋の奥へ。この迎賓館は町長の屋敷が兼ねているらしい。彼個人の貯蓄もここにある。
無念そうな町長に開けられた金庫には、大きな金塊があった。
「へっへっへ、ずいぶん溜め込んでいるじゃないか……よし、こいつで勘弁してやる。行くぞ、ムラクモ艦長」
「よ、よろしいので」
「今日はもう日が落ちる。明日まで総員黒蓮および護衛船で待機。夜襲の警戒を怠るなよ。その後この町は放棄し、帰港する!」
あえてこちらの行動を筒抜けにしたが、町長の方は私財を追いかける様子もない。じっと耐える以外にリアクションを見せなかった。
なるほど。思ったより悪人ではなさそうだ。




