第五話:マンガで分かる指揮官入門
昨日のミカゲに続き、ルリが造船所の仕組みを丁寧に説明してくれている。
当初は近づいただけで門番に槍投げられたジュウベ・ルリの実家。そこで作られる門外不出の造船術を、なぜか突然見せてくれることになった。
一つ一つの説明が原理に基づいたもので、若い彼女がお飾りではないことが端々からよく分かる。
というか、むしろルリこそがこの造船所で最も秀でているようだ。血筋と努力を含んだ知の結晶だ。そして何よりも船が好きなのだろう。説明はどれも生きた知識である。
「――つまり、塗装にこちらの魔法式を組み込むことで、被弾強度を確保しているのです。竜骨を基準に、塗装で魔法陣の外形を」
「なるほど……うーん、こんなに狭い面積にこんな複雑に。すごいね」
「ふん、こんな仕組みが。しかもこれを量産するには我らでは真似できぬ。どうしたものか……」
「……どうしてクジョウの娘が一緒にいる。ここの作業は門外不出です」
「それはもちろん、葉介様の 妻 ですから。葉介様の船に関することには、必ずアドバイスのために立ち会わせていただいているの」
俺の腕にしがみつきながら、ミカゲが顎を上げてルリを睨めつける。
決して悪い子ではないのだが、長年の商売敵としての因縁が彼女らの間を不穏にさせる。そして当然、極秘の技術をミカゲに見せるということは、ルリの抱える既得権益を次々に吐き出すということであり……。十分、二十分と説明を続けるごとにルリの肩が落ち込んでいくのがわかった。
「あ、あの、ルリさん」
「……はい」
「その、今日はこのへんでどうでしょう。また次の機会に、色々教えて下さい」
「……三津谷様は、今日の話に興味がおありですか」
「もちろん! 凄く参考になりましたよ」
「……で、では、続けます」
アイエなんで。
「塗装の量産方法について……こ、これは、これは私が独自に編み出したもので――」
こちらの制止を振り切り、ルリの説明が本質に近づく。ミカゲの聞き耳は露骨になり、ルリの説明は涙声の色を帯びてきた。
「――こ、ここに、触媒として海王種の真珠を投入すれば、連鎖的に反応が起き、塗装の量産は即時可能になります」
「あの、ルリさん、そこまでで」
「量産は場所を選びません……み、ミッドランドでも、クジョウ家でも。……ですが、ですが、私ならもっと効率的で効果の高い塗装をきっと編み出せます! 研究中なのです」
「研究中、素晴らしい! ね、ね? ルリさん凄い!」
「つ、つ、つまり私はこれからも価値のある人材であると、思うのですが……夜は無用でも、一芸者として側に置く価値は……あるかと……」
先程までは意地悪い表情だったミカゲも、ばつが悪そうにメモを破り捨てた。
嗚咽を漏らすルリの、涙の理由……やはり嫌悪感か。先日の勝利で、もはやこの町での影響力が無視できなくなった俺。ルリの実家のジュウベ家も、俺のもとにミッドランド軍協力者として吸収されるのは明白だ。そんな好きでもないよそ者の男に、技術を盗まれ夜まで盗まれる嫌悪感。
それとも――。
とっさに目元を拭ってあげる。ルリが少し安堵の表情を見せたところで、「カンカンカンカン……」と急報の鐘が鳴った。敵襲の知らせだ。
どうにも造船所の外が慌ただしい。もはや武将というよりもSPと言ったほうが正しいギディオン・ギラン大尉が駆け寄ってきた。ボディーガードは嬉しいけどさ。こいついつ仕事してんの。
「閣下、馬をどうぞ」
「ギラン大尉、状況は」
「バルトリンデ西軍の上陸部隊です」
「おいおい、この前来たばっかりじゃん。あいつらの動員数どうなってんのよ。迎撃するぞ」
「狙いはこの造船所の破壊の模様。南に三分の位置に三百、五分の位置にも三百、更に奥に本陣。本陣の数は未確認ですが破壊工兵が居ます」
「斥候続けて数を正確にしてくれ。それとアクスラインには予備兵力以外、橋頭堡の持ち場を動かせるな。主にアオタニ駐屯戦力で対応する」
「はっ!」
流石、戦闘民族アオタニ勢は立ち上がりが速い。もうここ造船所に集結しつつある。
しかも、先日の出遅れへのアクスラインの檄が効いたのだろう。ミッドランド勢もあっという間に集まってきた。よしよし、今回は最序盤から兵数同等だぜ。
さて、布陣だが――……
よし決めた。
いつも通り、やれないことは人に任せる方針で。
「ギラン、左翼を頼むよ。油断なく守り抜け」
「はっ」
「ガルタ! 右翼を担当。突撃だ! 気合で勝て!」
「オォ!」
「中央の敵部隊は私が受け持つ。メイフィールド少尉、背中を任せます。あと権限全部あげるので全軍の指揮よろしく」
「お任せあれ」
それぞれの武将の性格はわかっている。それに応じて下知の声色を変える。
守勢に優れ、苛烈な攻めに晒されても部下の動揺を抑えるギラン大尉は左手の盾。
先駆け性能が高く、しかも粘り強いガルタ准尉は右手の槍とする。
そして中央で士気あげの置物と化した俺に変わり、一瞬で状況を読むほど戦術眼に長けるメイフィールド少尉が全軍を掌握。万が一の強敵が来たら革命スキルの切りどころだが、このプレッシャーの感じは多分杞憂だろう。
むしろ心配なのは傍らにいる娘のほうだ。俺が指揮を飛ばすたびに、なぜか泣きそうな顔に拍車がかかる。
「う……う……聞いてない、こんな、こんな将でいらっしゃるなんて……」
「ルリさん。行って参ります」
「はっ、はい、ど、どうかお気を――」
「泣いてはいけません。戻ったらよく話し合いましょう。それまでは北方の防壁へ避難を。きっとお守りしてご覧に入れます」
「……! はい……!」
ぎゅっと胸の前で祈りの手を結んでいるルリ。どうやら先ほどよりかは少し感情が落ち着いている。
その彼女に誓う様に剣を胸元に掲げる。
「ミカゲさんは付き添ってあげてください。お姉さんなんだから、優しくしないとダメですよ。喧嘩しないで」
「はい、お任せください。ほら、行きますよルリさん」
「お、お気を、お気をつけて。ぃや、お願い、もう一度だけお話を――」
「全体突撃! 私に続け!」
愛馬・松風の腹を蹴り最大戦速へ。剣を指揮官らしく敵を指す。
自分に続けといった手前、一生懸命馬を操っていたのだが……俺よりも乗馬がうまい奴=全軍が、あっという間に追い抜いて敵に襲いかかる。
この日、革命スキルの出番はなかった。オタオタと周りを見回している間に、味方が三方から攻撃を仕掛けて圧勝したが、結局なんで勝ったのかよくわかんなかった。
――
ルリの透き通った白銀髪を撫でる。
「と、いうわけで、個人の実力どころか指揮能力すら無いんですよー。ダサいですねー」
「ふぁい♥」
「いいんですかー。こんなに雑魚なのに、お嫁さんになっちゃって」
「いいんでふ」
「革命スキルのことも伝えたよね? これ無しだとゴミクズコモンな男ですよ」
「んんー♥」
一戦終えて、ベッドの上で腰掛けて一息ついていると、枕は別にあるのにルリは俺の膝に頭を乗せてくる。乗せてくるだけではなく、ちろりと愛情を込め込めに舐めてお掃除してくるので、お返しによしよしと後頭部を撫でてあげる。
「好き、好きです葉介様。強くて優しい、格好いい」
「だから強いのはメイフィールド少尉なんだけどな。でも、そこまで勘違いを改めないなら本当にお嫁さんにしちゃうぞ」
「なる。お嫁さんなります」
「勘違いしたルリさんが悪いんだぞー。せっかく優秀な家なのに、雑魚を婿に迎え入れて。家の歴史が台無しになっちゃうぞ」
「決して抵抗しません。お迎えさせてください。ど、どうして最初から教えて下さらなかったの……そうすれば……」
すりすりと顔面をシーツにこすりつけられると、ルリのよく整った顔が見られないので両肩を掴んで持ち上げる。
実にいい気分だ。なんでか分からんが凄くモテる。アオタニに居ると凄く凄くモテるぞ。
原因を分析してもいいが、そういうのはもっと見た目が良くて継続的に人気のある男性がすることだ。俺のようなチャンスに乏しい男は、こういう時を逃さず手篭めにしなければならない。いつルリに愛想をつかされるのか分かったものではないのだから。
「ルリさん、もう一回。もう一回しましょう」
「喜んで。あの……いちいち断りは無用です。葉介様の望むだけ――」
「ちょっと、そろそろ交代ですよルリ」
「ふん? もう風呂から上がったのか、ミカゲ。今良いところだから邪魔をするな」
ルリだけでなく、一回戦で降参して風呂に逃げ込んだミカゲも寝具に潜り込んできた。
アオタニ町を統べてきた二つの名家、ジュウベ家とクジョウ家。その一人娘たちが我先にと自分の寝具に殺到してくる景色は、まさに感無量だ。新領土の支配は今日も順調。これでライバル心むき出しの二人がもう少し仲良くなってくれたら、言うことがないのだが……。その未来もきっとすぐそこだろう。
二人共にたっぷりと愛情を注いで、俺のために素晴らしい船を作ってもらおう。




