第四話:アオタニの生態
対西軍防衛戦の後、俺は妙にモテ始めた。
まず厄介なことに男にモテた。アオタニ町、元バルトリンデ北軍の若い衆がひっきりなしに居室を訪れる。彼らにとって訪れる、とは、扉を蝶番ごとへし折り倒すことらしい。異世界って変わっているなあ。
今日もガルタの取り巻きたちが何人も相談に来ている。
「三津谷殿! 今よろしいか!」
「はい」
「南西にちょいと行ったところに敵の偵察ゥ! 蹴散らしてきてもよかか!?」
「あ、ああ、ただし深追いはしてはいけません。慎重に退却させてね」
「了解!」
すると深追いどころか敵の根拠地まで追いかけて潰してくる。話を聞け。
「三津谷殿!」
「……はい」
「南にちょろっと走ったところに敵の工兵や! ”わからして”来る!」
「あー……その辺りは田植えの準備があるから、あまり派手にしないように。アクスライン少佐の兵站を乱したくない」
「承知ッ!」
田畑ごと橋をぶっ壊して帰ってくる。
落とされそうになった橋を守るために橋ごと敵兵・周辺全部燃やしたらしく、豪快に笑って渡された報告書は最後まで理解できなかった。アクスラインから丁重だが明瞭な抗議の文章が来たので平謝り。俺は悪くないの一文を必死に我慢して反省文をしたためる。
「三津谷殿!」
「ダメです」
「西の方の集落が無防備じゃて、すり潰してきましょか!」
「ダメ。マジでダメ。あそこと今講和中だからマジでやめて、っていうか講和のための外交館作るの任せたの君だよねマジでやめてうわストップ」
「ン万事、お任せあれ……!」
「あー! 馬を引け! ガルタ准尉、追いかけるぞ!」
「「おぉーッ!」」
「……? いや違う、加勢じゃない! 全員ときの声をあげるのやめなさい!」
なぜか火矢の準備だけはいい(外交館作りは一切手を付けていない)味方をどうにか抑えて事なきをえた。
はっきり言ってこの町を併呑する前より疲れる。頭を抱えざるを得ない。おかしい。人手が増えたのにもっと大変だ。どうなってんだ。
こいつらのことが大体わかってきた。第一に奇襲、第二に夜襲、第三に突撃強襲。それさえできれば些末なことはどうでもいいのだ。群雄割拠のるつぼで定向進化しすぎたせいで、根っからの戦闘民族。うっかり魔族ペドロリーノの助勢を黙認したのも、魔に染まったとかではない。単に便利だったからってだけ。
こりゃ領土三倍のミッドランド王国相手に善戦もするわ。多分、根本的な解決には、宗教等の道徳体系を整備しなければならないと思う。俺には荷が重すぎるので訓練でエネルギーを発散させて今後に備える。
多分上手い使い所はある気がするんだが……。手に負えないので半ば放置だ。祈りの時間は日々増えている。
それと女性にも急にモテ始めた。
嬉しい。超嬉しい。
先の戦果が広まったのだろう。婚姻どころか面会すら渋っていた有力者の娘が、続々と居室を訪ねてくる。やった。巷では猛将とか呼ばれて凄く噂になっているらしい。
ええい、こっちだけ来ればいいのに。みんな綺麗だしスタイルいいし、明らかに自分よりも生物学的に格上なので応対は自然と正座になる。ただ、ちょっと事情というかトラウマがあるので、
「お初にお目にかかります。クジョウ・ミカゲと申します」
「よ、よ、よろしくお願いしまふ、ミカゲさん。三津谷葉介です」
「あの……お噂では、皆々夜伽を断られてしまったとか……アオタニの娘はお気に召しませんか?」
「いえ、その、こういうことはお互いのことをよく知ってからのほうが良いと思いまして」
「まぁ……なんと誠実なお方」
バルトリンデ女性特有の微かに褐色がかった肌。真っ白な髪のルリと対照的な、濃い黒色の髪。困っているような形の眉が実に色っぽい。ルリよりも少し歳上。大学生くらいだろうか。そんなミカゲは、夜伽中止を言われて不思議そうに頬へ手を当てる。
誠実、とか褒められているけど事情は別。本当のところは面会・即・小刀を突きつけられたのがトラウマなのだ。怖すぎるのだ。
それに、革命スキルで実力を大いに誤魔化しているのに、強者に惚れ込むアオタニの娘たちを騙すのも気が引ける。せめて自分の為人をわかってもらって、それでも嫁いでくれる子だけを迎えるべきだろう。さっきからミカゲの妖艶で豊満な雰囲気に、二人っきりの同室が我慢の限界なことは内緒だ。我慢だ、我慢。ご期待通り誠実に。
「ええと、僕の出身世界では普通のことなんです。まずはお互いのことを知る。それから交際して、時間をかけてようやく結婚です」
「では、私のことはどうやって知っていただけましょうか」
「た、例えば、一緒に外出して食事したり、買い物したり、ですね……はは、つまんなくてすみません」
「まぁ、まぁ! 良いですね。是非早速」
「わ、わ」
ミカゲはおっとりしているように見えて、強引なのは男性陣と大差ない。無理やり引きずられて、繁華街へ連れ出されてしまった。
市場や外食店、混み合っている人々がこちらに目線を向ける。こんなに綺麗な人を連れて、というか連れられて歩けるとは。こころなしか男性陣の目線が羨ましそうだ。いいだろー。
ただ、必死に背伸びしてもミカゲの肩までしか背が届かない。ミカゲの腰に手を回しても、半ば肩を組むみたいな腕の位置。うむ、ちょっとわずかに並んで歩きたくない。なんか異世界に来てから自分より背が高い女性に縁がある気がする。悲しい。
「三津谷様は交易に興味がお有りとか」
「ああ、うん。アオタニは造船も盛んだから、いろいろ勉強させてもらっています」
「まぁ! それでしたら――」
ずいっ、と距離十センチまで顔を寄せられる。だめだ。最近対女性の免疫や経験が増えたとは言え、遺伝子的な優劣がありすぎて緊張する。十秒目を合わせ続けるのに一日分の気合が要る。
「我がクジョウ家はアオタニでも造船・操船随一」
「え! 本当ですか!」
「ええ、我々が作る船は足が速く、南の海でも追いつけるものが居ないほどに。竜骨への魔術式に秘訣があるのです」
「す、すご……是非ご教授下さい」
「もちろん、それで三津谷様に嫁げるのなら喜んで」
「……あ。いや、あなたの魅力が素晴らしいのがまず先で。造船のことはおまけにて」
「ふふ、嬉しい。ねえ、もう少しお近くに来ていただけません――」
「アオタニ随一ぃ? 小舟専門のクジョウ家が、ずいぶんと大きく出たものですね」
「……あ?」
ギシッ
と背中から抱きしめられる。痛、痛い痛い痛い。ミカゲの胸元に押し付けられるのは一生このままでいいけれど、ちょ、ちょっとミカゲさん腕力強すぎ……。
振り返ると見覚えのある少女が居た。
「ジュウベ家のルリ。何用か」
「ふん、ちょっと聞き捨てならない思い上がりが聞こえたので、注意しに来ただけです」
「はあ? 思い上がり?」
「造船・操船術は我がジュウベ家が筆頭。それを差し置いて随一などと、何を偉そうなことを」
「鈍亀船のジュウベが筆頭? はっ(笑)」
ルリが鋭い眼光を飛ばし、ミカゲがそれを鼻で笑う。
どうやら二人の実家はライバルのようだ。事前調査では軍事情報のため秘匿性が高く不明だった、造船術の元締め。そのキーパーソンの二人が彼女たちというわけか。ぜひとも技術交流を成し遂げなければならない。
ミッドランド王国は陸と騎兵の国。女王陛下の元、陸上では連戦連勝だが、陸上で強すぎるゆえに海軍をおろそかにしがちだ。ここで新規に造船術を獲得できれば、俺たちの重要度は一気に増す。
なぜならバルトリンデは――海洋国家だから。敵としても味方としても。
「流木のようなクジョウ製が! 何隻揃おうが問題ではありません!」
「は、ノロマなジュウベ製が、どれだけ撃とうが……っ? ……というかあなた……」
「なんだ」
「この辺りは我がクジョウ家の領地ですが」
「……!」
ぎくり、とルリの体が強張った。
たしかに何しに来たのだろう。理由を探すように、ルリの視線は四方を泳ぐ。
「おやおや、どうしてジュウベのお姫様がここに? もしかして後をつけてきたのでしょうか」
「ち、違います」
「噂では三津谷様との夜伽をお断りしたとか。ああ勿体ない」
「あ、あの、ミカゲさん、その辺で……」
「七本槍すら屠るオスを見逃していただき、ありがとうございます。しかもミッドランドの少将様。これで我々クジョウ家も名実ともに安泰ですね、ね」
「は、ひ、そうです」
「う……やめ、て……」
ミカゲが両手を俺の頬に添え、自分の頬とすり合わせるくらいまで近づける。まるでルリに見せつけるように。
甘い吐息がかかる。これをされると彼女の望み通りの回答しか口から出ない。
「嬉しいっ。今夜は是非、家に泊まってくださいな。泊まりますね?」
「泊まります……」
「ふふ……ああ、まだ居たのですか。これからクジョウ流の造船術を見学いただくの。そちらジュウベ流は見学もさせていないとか」
「う、ぐ……」
「ふっ、商売敵には当然秘密なのでお帰りくださいますか」
「………………私が先に、……だったのに……」
とぼとぼと帰路につくルリ。その背中を追いかける資格があるのか、まだ良くわからなかった。




