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第六話:復活と帰還

 祠を出る。


 初めの一晩のことは辛うじて覚えているが、その後気を失って記憶が全然ない。


 久しぶりの日光に目がくらむ。


 足取りがおぼつかない。両脇を美しいエルフの女性に支えられながら、祠の外へ。


 祠のすぐ側には、意外なことに綾子が待っていた。


 石に座り、退屈そうにエルフ製の本を読んでいる。


「綾子さん」

「……! 三津谷くん、もう大丈夫なの?」

「ああ、すっかり全快したよ。凄いなエルフの魔術って。ありがとう、待っていてくれると思わなかった」

「こ、これは、あなたが居ないと森を抜けられないでしょう」


 なるほど。


 一理ある。よく考えれば、俺もまた綾子が居なければ森を抜けられない。革命スキルが通用しない程度に弱い敵は、綾子が居ないと追い払えない。また、綾子が勝てない程に大物ならば俺の出番だ。少なくとも森を抜けるのは一心同体という訳だ。


 そんな理屈に納得したところで、綾子が堪え切れないように抱き着いてきた。


「無事でよかった……! 十日も臥せていて、三津谷くんもうダメかと……」

「あ、あわわ……」


 至福の時。


 あの綾子が、エルフにも勝るとも劣らない素晴らしい女性の綾子が、今俺に抱き着いている!


 今、俺に、抱き着いている!


 生き返ったけれど今すぐ死んでもいい。間違いなくこの瞬間が俺の人生の最高潮だ。保存して死にたい。


 抱きしめられるだけでは不自然だ。だからそっと手を回して抱きしめ返すくらいしてもいいだろう。


 慎重に、変な所を触らないように。腰? よりも少し上の方が良いのだろうか。いや、上過ぎてもおかしい。ちょうどこの至高の曲線美のあたりを優しく抱き寄せる。泣けてきた。生まれてきてよかった。


 そんな至福の時は、冷酷な言葉で中断した。


「他の女のにおいがする」

「ヒッ」

「なに? ん? 十日間も何をしていたの?」

「あの、その、すみませんよく覚えていないんです……。祠に入って治療を受けた一晩目は覚えているんだけれど、そこからの記憶が……」

「ふーん」


 声が冷たい。


 何か悪いことをしてしまったようだ。


 何とか弁明をしようと綾子の顔を見ると、その美しい双眸は俺ではなく背後に鋭く向けられていた。


 祠からぞろぞろと、何人も何人もエルフの娘が出てくる。先頭には彼女らの指導者シグネ。煌めく金髪をかき上げ、勝ち誇ったように綾子へ宣言した。


「葉介様の治療は間違いなく完了しました。ご安心を」

「…………そう」

「幾つか治療の一環で頂いたものもありますが、後遺症は一切ありません。エルフの治療術に誓って」

「本当に傷一つ残っていないようで、感謝いたします」

「ふっ」

「ふ、ふふ」


 俺に抱き着いてくれていた綾子が、すっと離れてシグネと対峙する。名残惜しいがそんなこと言っている場合ではない。


 二人の美女はお互い、顎を上げて睨み合う。まさに一触即発。まさに爆心地三秒前。一体なぜこんなに険悪なのだろう。


 割り込もうとしたが足腰が震えて動けず。しかし事態には動きがあった。


 向き合っていた二人は少し頬を染めてこちらを睨み、そして声が微かに聞こえるか聞こえないかくらいの所に歩いていく。


 にこりと微笑む綾子やシグネも良いが、ちょっと眉を寄せて睨む二人も実に素晴らしいなあ。顔立ちや毛並みなどは全く似ていないが、切れ長な瞳は似通っているところがある。もっと仲良くすればいいのに。


 なにか交渉、らしきものをしているらしい。


「――ではエルフは、三日に一度――」

「――多すぎ――――じゃあ一カ月なら貸してあげ――」

「――せめて一週――」


 何度も数字が飛び交い、その度に二人が発する数字の差が少なくなっていく。値切り交渉でもしているのだろうか。


 治療の代価というわけだ。幾らになるか知らんが、命に代えられるものなどない。だから命を賭してシグネ達エルフには報いなければ。


 そう決意を固くしたところで交渉も固まった。


 綾子に呼び出される。


「三津谷くん」

「はい」

「三津谷くんは一週間と一日十二時間六分に一回、このエルフの村を訪れること」

「……一週間と……何?」

「一週間と一日と十二時間六分です、葉介様。無論間隔が短くなる分には一向に構いませんが。やはりややこしいですね。一週間に一度にしましょう」

「ダメ。間隔が短すぎる」

「……? ええと、エルフの方々のために労働に勤しむという事でしょうか」

「ふふ、労働。なるほど、ふふふ。そういう言い方をしておいた方がいいでしょうね。お連れの方への建前もありますし」

「一応言っておくけれど、私も必ずついていくからね」


 険悪なのか息が合っているのか、綾子とシグネは俺の約週一の義務を勝手に締結したのだった。勝手すぎるのでは?


――


 足取りもしっかりしている。


 これなら森を抜けるくらい問題あるまい。一度来た道を戻ることは段差の関係で出来ないが、エルフたちが不思議な術で頭に入れてくれたマップがある。そらでも森への出口が分かる。


 見送りに来てくれたシグネ達に振り向き、改めて出立の挨拶。


「ありがとう、エルフの方々。きっとこの御恩はお返しします」

「まぁ……!」

「そ、そこまで卑屈にならなくてもいいでしょう、三津谷」


 綾子の苦言を聞き流しつつ、代表者であるシグネの足元に跪く。


 彼女がバランスを崩してしまわないよう、そのおみ足を持ち上げることはせずに、地べたに這いつくばるように足の甲へと口づけした。


 異世界に転移してよかった。


 綾子に加え、またしても敬愛する女性たちを見つけてしまった。生きる意味と意欲がわいてくる。


 色めき立って何百人ものエルフたちが足を差し出してくるが、綾子に止められてしまった。残念、全員分したかった。


「ほらさっさと行くよ、三津谷」

「うん、ありがとうシグネ様、皆さん。すぐにまた来ます。どうかそれまでご息災で」

「いつでも来てください。いつまでもお待ちしております」


 名残惜しい。


 やっぱりエルフの村で一生暮らせばよかったかなあ。美しいエルフたちに目いっぱい手を振りながら、綾子の後に続く。


 村の門を抜け、木々を越えていき、エルフたちが見えなくなるまで手を振り続ける。


 ふむ、かなり難しい問題だ。俺の頭だと解決し切れないだろう。綾子の後を追いかけて彼女の役に立つか、シグネ達エルフの側にいて彼女たちの希望通りに暮らすか。


 どちらも俺にとっては過ぎたるものだ。


 出来る限り両方を満たせるように生きていこう。異世界での生きがいか。つい先日の俺では考えられないことだな。


「三津谷くん、エルフに森の地図を教えてもらったって?」

「ああ、ばっちり思い出せるよ。エルフの魔術だって。何か頭に直接情報を入れられて。しかも勝手に更新されるらしい」

「……変な洗脳とかされなかった?」

「そんなことする人たちじゃないよ……」

「そうかしら」


 可愛らしい顎に指をあてて、綾子は首をかしげている。


 どうにも綾子はエルフへの不信感が抜けていない。


 話してみると思慮深くて素敵な方々だと思うが。まあ、何だか凄く距離感が近いのが少し驚くけれど。


「それにお土産も沢山貰ったし。エルフって凄いんだな。魔術も他の技術も」


 エルフに貰った護符を使えば、よほどの相手でない限り森の獣を遠ざけることができる。


 他にも一かけらで丸一日歩ける木の実、魔力を帯びた短刀等。迷い込んだだけだというのにシグネは大変優遇してくれた。


「確かに。あんな質素な集落に暮らしている割に、技術レベルは凄まじかった。治療面は私たちがいた世界以上だね」

「でも伝統的に森からは離れられないんだって」

「不便だね――ってちょっと。どういうこと。エルフの護符は獣を遠ざけるって」

「おわ」


 森の中。


 またしても魔物のお出ましだ。護符を打ち破るほどに強力な巨猪。


 片手で綾子を下がらせ、片手で鼻面を叩いて瞬殺。


 沈む巨体を横目に、俺達は帰路を進む。

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