第三話:スーサイド・ブラウン
ガルタ率いる先手衆が突貫。
アオタニの正門はときの声で溢れた。
局所的にだが優勢である。戦の先陣は必ず精鋭が務めるので、これを押し返したガルタたちの実力は本物だろう。
「すごいな。そんなに嫌いか、西の奴らが」
「当たり前だ! 親父殿の件、爺殿の件、曾爺殿の件、曾々爺殿の件、全部ここで仕返しだ!」
「ははは何年前だ。バルトリンデの人って根に持つなあ」
「ムッ!?」
「?」
「……なんでこんなに前にいる、三津谷。門まで下がれ」
ガルタが驚いて振り返る。まぁ割りと最前線ではあるが、指揮官が居ないと話にならんだろう。そう驚くことでもない。
こっちを向いて隙ができたガルタの脳天。そこへ油断なく槍が振り下ろされたので、左手人差し指を敵兵に向けて『血液』を撃ち込んだ。
内肘に命中。弾丸のように飛んだ液体は皮膚をえぐり、動脈血管を食い進み、毒蛇と化して心臓を突き抜いた。魔力は大して使っていない。要は効率的な魔術運用だ。『レッドキャップ』は他人のスキルだけど。
「責任者なんでね。監督に来た」
「バカが、下がってろ!」
「了解。ミッドランド軍少将三津谷が見届ける。存分に励み給え、アオタニの諸君」
「……――!」
言われんでもやってやる、とガルタたちは声に出さずに行動で示した。
各々が歯を食いしばって槍を振り回し、さらに敵先鋒を押し返した。怒りと意地で魔力の巡りも良さそうだ。おおやっぱりな。この異世界に来て、そしてアクスラインから戦術を一生懸命勉強して全然理解できず、しかし一つわかったことがある。
上の立場の者が前に出ると士気が上がる。
これは俺みたいなアホでもできる。だって前に出ればいいんだから。コスパ最強である。
(この分ならアクスラインの着陣まで持つか……)
味方の士気が十分なことは確認済み。敵の速度・練度は味方と同等。装備は向こうが上だが、勢いはこちらが上。総合的には互角だろう。正門と第二門を維持しつつ後続で数を揃えれば、んー多分勝ちだべ。
その読みは少々甘かった。
敵の中核から躍り出た騎馬武者が一人、雄叫びを上げながら十文字槍を振るう。
一呼吸でこちらの先手衆を吹き飛ばした。ガルタはかろうじて防いだが、側に居た数人は一撃の元に両断される。黒地に金の細工。人馬そして槍が一体となった威風。初陣での彼の武者を彷彿とさせる。
「うわやべ。こいつは……放っておくと門を抜かれるな」
「逃、げろ、三津谷……」
「将首貰うたッ!」
今までこっそりと背中に隠れさせてもらっていたガルタは、吹っ飛んだまま起き上がれない。
武者と俺の間に障害はなし。
十文字が俺にも振り下ろされる。あちらのほうが何倍も強い。打ち合っても短剣は手首ごと持っていかれるに違いない。良くすれば手首、悪くすれば首だ。
三十六計の余地なし。ならばまずは逃げる。
「『転送魔法』!」
びゅお
とつむじ風が突然起きたように、向こうからは見えただろう。
本人の俺の方はといえば、武者から五歩ほど離れた斜め後ろ。彼の死角に再出現していた。
この魔法は最悪に燃費が悪く、一回使っただけでふらふらになる。あまり連発が効かない。それだけ気力を振り絞っても五メートルだけ。かつて綾子は瞬間移動で距離百キロをひとっ飛びしたが、才能差ありすぎて意味がわからん。
兎にも角にも槍撃から離脱。
そして五メートル、スキル射程内である。武者がこちらを見失っている隙に、デメリット特盛呪いの指輪を十個装備して実力を”底下げ”したがまだ足りない。瞳の端はちりちりと灯ったり消えたり。
「あと五十ccってところかな」
「そこかァッ! 三津谷ィ!」
「応とも」
ノールックで武者が腰をひねる。
十文字槍が二百七十度を刹那で駆け抜け、何年も休みなく鍛え上げた一撃が俺の首に届く。
が、所要の血液量を『レッドキャップ』で促進し、流し出すほうが早かった。
『対象:七本槍 サギシマ・テルアキラ』
『強者上位:1% 対象判定:OK』
『革命スキルを発動可能 ……首狩り一文字』
覚えのある手応えと視界の灯火。
右肩から長剣の先端までしなるように振る。
兜の止め紐を含めて首を切断すると、首から上は血圧で押し上げられるように刎ね飛んだ。
「敵将、討ち取った」
「ま、まじかよ……三津谷、お前……」
「今だ、ギラン大尉!」
「これより残存敵の掃討戦を開始する! 抵抗するやつは皆殺しにしろ! ……――おまたせしました、閣下。お見事な戦いぶり。後はお任せください」
安心感と頼りがいのあるギラン大尉の声が聞こえ、駆けつけた彼の腕に抱きとめられる。
血を少々流したし、魔力を使いすぎた。残敵を散々に追い潰したのは後で知った。
――
敵将を討った後にアクスラインの主力到着とは、相手には気の毒なことをしたなあ。
敵戦力を粉々にしたアクスラインから、南下の橋頭堡確保の連絡を受け、細々書いてあった上申リストに『全部承認』のサインをして返す。後は放っておけば世界の果てまで征服するだろう。果報は寝て待て。
いまいち戦術とかわからない指揮官マンな俺はといえば、お気楽な市場調査だ。果報にちなんで美味い果物の出来栄えでも、と財布と相談して、底と目が合い無念諦めたところで――
「三津谷殿」
「お、ガルタさん。もう歩けますか」
「ああ、大事ありません」
ガルタ・アキィラに声をかけられた。お馴染みの取り巻きも連れて。
全員包帯でぐるぐる巻になってはいるが、元来頑丈なのか足取りはしっかりしている。っていうか全身に包帯巻きながら普通に出歩くとか……バルトリンデ人やっぱやべえな。本当に同じ人類か?蛮族だ蛮族。取って食われるぞ。
「ガルタさん、美味しくて安い果物はないですかね。今手持ちが銅貨二枚しかなくて」
「……三津谷殿」
「ん?」
殿? あれ、なんだか呼び方が……。
おや、と首をかしげていると、全員「ゴガン」と額を地面に打ち付けた。
ゴガンは比喩ではない。マジで聞こえてきた。異世界怖い。頭蓋骨を石畳に打ち付ける音、できれば覚えたくなかったな……。凄まじい土下座の勢い余って、包帯の至るところから血が吹き出る。頭おかしいんかこいつら。頭おかしいな。そして打ち付けたからもっとおかしくなった。
「三津谷殿!」
「ひゃい」
「……此度の戦ぶりは実にお見事。助太刀頂かなければ、我ら全滅しておりました。先だっての無礼、深く深くお詫び申し上げます」
「あ、ありがとう。では水に流して――」
「いや! 流していただいては困る!」
ぐわば、と全員が一斉に面を上げる。歌舞伎役者みたいなメンチ切った形相だ。土下座した側が意見をゴリ押すの初めて見たぞ。
なんでよ。被害者が許した以上、示談は成立したはずでわ?
「三津谷殿は我らがジュウベ勢の未来を背負っていただく男。どうか無礼をご容赦の上、主従の誓いをお受け取りいただきたく……」
「……? 従軍してくれるってこと?」
「いかにも!」
群雄割拠を繰り返してきた土地の必然。バルトリンデの人々は強者に敬意を払う。
俺の革命スキルの仕組みを知ったら、きっとがっかりすることこの上ないだろうが、これはいい話だ。彼らの勇猛ぶり、頑丈ぶりはミッドランド軍人に決して劣らない。(ちょっと猪突猛進すぎるのは何とかしなければならないが、)手綱を握られればきっといい戦力になる。
「じゃ、OKで」
「ありがたき幸せ!」
「うむ、ではひとまずミッドランドの軍制に組み込もう。ガルタ・アキィラは准尉、その他も追って――」
「では! 早速盃の準備をして参ります。どうぞこちらへ……」
「え、盃? いや、まいったな。俺全然飲めないんだよ。未成年」
「どうぞこちらへ……!」
主人の言うことを、聞かない……! いかん。飼い始めたのは狂犬であったか。
胴上げの要領で強引に宴の上座に祭り上げられる。
そして形式的に挨拶を飲み交わしたかと思えば、あとは各々好き勝手飲み出しやがった。褐色肌を真っ赤にして、上着も下着も脱いで笑っている。飛ばしすぎだ。どこから騒ぎを聞きつけたのか、続々と参加者が集まってくる。
俺はといえば、盃を交わすのコツが分からず参加者全員分全部飲んでしまった。ふらふらだ。
後で聞いたが、きついときは袖を湿らせるように吹き出せばいいらしい。そういうの先に教えてね、先に。あと盃とかいいながら瓶ごと口に突っ込むのを今すぐやめろ。
「いやあ、アオタニの町は安泰じゃ! のぅ、三津谷殿!」
「うええ、目が回る……ガルタが五人……」
「ありや七本槍じゃろう? あいやお見事!」
「はい飲ぉんで飲んで飲んで、飲ぉんで飲んで飲んで……」
「うごご」
「ジュウベ家も安泰じゃ!」
「ルリ様もいい婿殿を見つけられた」
「いや、実は振られ――おぼぼおろろろろ」
「「はっはっは!」」
笑うな。帰りたい。ミッドランドに帰りたい。




