第二話:因縁
ルリにフラれた翌日、しょんぼりとアオタニの町を視察しているときのこと。
時々、しばしば、ほとんど忘れがちであるが俺たちは『交易』を主軸している。
そこで「どれどれ」と市場の品揃えや価格を調査にでかけた。商店の品揃えを手にとって見るに、ふむ、やはりこの辺りはガラス細工がいいな。エルフの乳香と組み合わせれば、付加価値の高い香水と相成る。高級ブランドの成立すら可能だろう。
といっても俺にファッション系のセンスはないし、詳しそうなアンナや皐月に任せてみようかな……。とか、これでもトリバレイ領主として考えを巡らせていると、突如野蛮な大声をかけられた。あまりの声量にビクリと両肩が跳ねる。
「あんたが! トリバレイの三津谷か!」
「うひっ……ん? はい。そうです」
目が合ったのは若い兵士だった。
若い、十代後半から二十代前半くらいだろうか。戦士または武士と言い換えても良い。
つまり、とさらに言い換えると、人を殴ったり斬り殺したりするのに心血注ぐ人種。日常生活によく馴染む奴のほうが少ない。褐色肌に白毛、バルトリンデ出身の特徴だ。女性陣よりもより一層色黒。まるで海の男のような、恰幅のいい若い衆が五人ほど。
「こいつがジュウベ様のところの婿か」
「噂じゃあ破談らしいど!」
「当然じゃ、こんな華奢なやつ。ウチの妹のほうがまだ腕太いぜ」
「チビが、ミッドランドで何食ってんだ?」
とかいいながら睨めつけてくる。あぁんとか口に出して。首どうなってんだ、人と会話するときは顔の角度を垂直にしなさいよ……。
もしかして皆さん、ちょっとだけ俺に悪意があるのかな。それとも親の仇くらい憎悪しているのかな。うーむ、難問だどっちだろう……答えは決まっている。
バルトリンデの北部とはつい先日まで直接戦争をしていて、こっちがあっちを降伏させた。
比喩どころではなくリアル親の仇かもしれないのだ。おまけに治安軍を駐屯させて、治安維持費の名目で財産を徴収して、経済をミッドランド依存型に歪めて、有力者の娘を召し上げて……。あれ、こうやって書くと悪魔じゃん。嫌われて当然である。こちらとしては必要・必然なことをしているだけなのだが、戦後処理ってめんどくさいな。
じりじりと囲まれて逃げられず。火葬竜やミシャクジ、さらには魔王軍の四天王すら倒した俺がいきなりのピンチである。
というかだいたい詰みである。ごく一部の強者にしか効かない革命スキルはこれだから……。まいったな、どうしたものかと悩んでいると、リーダーらしい一番大きい男が更に一歩前に。額と額が触れるほどまで近づいて、
ごちん
と頭突きをしてきた。
「おう、噂になっとるど。軟すぎて膜破れなかったて本当かクソガキ?」
「……お名前と要件は」
「ジュウベ家先手衆のガルタ・アキィラだ! てめェ……ルリお嬢様に手ェ出しやがって! 勝負せい!」
「……こ、こわ。喧嘩っ早すぎ……」
手、出してないのに。
十八番の革命スキルは発動せず。かと言って筋肉隆々のガルタに正面からやっても勝算はない。彼が脇に差すのは図体に似合わず、バルトリンデ風の華美な片刃剣が二本。
うーむ……まともにやって無理なら抜き放つ前に勝負を決めるか。鍔にさえ目を配っていればそこから溶断できる。火葬竜・上総介の魔力を指先に送らせ、一か八かの抜き打ちを覚悟したところで――助けが来た。
「貴様ら、その方から離れろ! ……ご無事ですか、少将」
「やあギラン、助かったよ」
「駐屯地ではお一人で出歩かないよう申し上げたはずですが……」
「事情があって傷心なのだ」
「は、ぁ……?」
ギディオン・ギラン大尉。
アオタニ駐屯の第七軍団所属。一睨みを効かせたバルトリンデの奴らよりもさらに恰幅がいい。でかすぎて視界が暗い。陰が広すぎる。
軍服の上からも分かるほど盛り上がった背筋、上腕筋、大腿筋。最近は敵方から鹵獲した名朱槍ユナダを片手に、鍛錬凄まじくますます体積が膨らんだ気がする。こいつに一対一の力勝負で勝てるやつはそう居ない。できればトリバレイ城で綾子たちの護衛についてほしいのだが、なぜか言うことを聞かず俺の直掩に付いてくれている。上長の命令は聞け。
流石にギランの体格に怯んだようだが、ガルタたちも根性を見せた。上着を脱ぎ払って殴り合いの構え。五対一プラス一役立たず。数で劣るが、総合的な戦力比で見るとこちらが上回っているようだ。優勢を確信した俺はギラン大尉の後ろに回り込み、ビシリと敵を指差す。
「よし、やれギラン、やっちまえ!」
「少将、せめて占領統治下ではもう少し威厳を……まあいいか、話は後だ。来いガキども!」
「くっ……覚悟せいやァっ! ――あ?」
「む」
殴りかかったガルタたちとギランがピタリと止まる。
そばで見ている少将閣下の威光にひれ伏したからではない。町の外から喧騒が聞こえてきたからだ。
平和な国出身のくせに最近慣れて来てしまった、軍隊の音。それは行軍の音だった。
――
主街道を抜けて正門へ、先頭を走るガルタが叫ぶ。
「チッ、西軍の奴らだ! 俺らごとアオタニを抑えちまうつもりだ!」
「西軍? どこの奴らだ、ガルタさん」
「西軍つったら西軍だ!」
「はわわ、情報量が一バイトも増えてない」
「バルトリンデの方面軍が一つ。彼らにとっては昨日までの味方で今日は敵、そして……古くからの仇敵です」
つれない態度のガルタに代わって、ギランが敵の説明をしてくれた。
ギランいわく、バルトリンデはいくつもの豪族・王族・有力者の寄り合い世帯。俺たちミッドランドの隆盛に対抗して結束はしたものの、歴史を紐解くと各々が不倶戴天の敵だとか。ぶっちゃけミッドランドよりも北軍のほうが嫌い。北軍も西軍が嫌い。うーんここは大日本帝国かな?
今までに矛を交えたのは北軍、そしていま押し寄せてきているのは、
「西ってことは……海。大陸の海側だな」
「はっ、三津谷殿の方針、交易に向けた制海権の確保にとっては大きな障害です」
「うむ、では初戦で格の違いを見せておくか。アクスラインを呼べい! 呼んでこいギラン!」
「はっ!」
格の違いを見せる、とかカッコいいことを言っているが、やっていることは丸投げである。駐屯軍の司令部にいるジグムント・アクスライン少佐が布陣完了すれば、あとは放っておいても概ね勝てる。最前線に怪力のギランを伴えばなおさらに。
が、その前にやっておくことがあるな。
「ガルタさん」
「あァ?!」
「当方の駐屯部隊が出動するまで、敵の第一陣を足止めする。そちらの先手衆の実力に期待してもよろしいか」
「はッ、任せとけや」
「うむ、どうやら正門に集まってくる味方はアオタニ出身ばかり。早いな」
「あたりめえよ、戦はどんなときも先手必勝だ!」
内緒だが君ら、先の戦で先手ばかり指して負けたけどね。
だが長所は長所で素直に認めるべきだ。バルトリンデ地方出身兵は出足が速い。飛び起きるように前線へ集結する。重厚な陣を引いて騎馬突撃するミッドランドとは対照的。歩兵は最高速度で騎兵に劣るが小回りがきく。味方にできれば戦術のバリエーションが増える。
そして彼らが成し遂げつつある『これ』が、アクスライン着陣の前にやらねばならないことだ。
戦局は始まりの対峙でだいたい決まる。こちらの致命的な地点に兵を固められたら、勝てるものも勝てない。例えば今回のように二千対二千程度の規模の戦いでも、最初の五十対五十が趨勢を定めるのだ。
はじめから全軍が塊になってぶつかる戦は一つもない。将棋の開戦は歩を突き合うように。実際は一手目に香車ドン! 更にまだ俺のターン飛車からの竜成りドン! ついでに顔面グーパンチドカン! ってやるルール無用な奴が多すぎて困るが、とにかくそいつらを止めなければならない。
ガルタとともに物見櫓を駆け上がる。うわやば、正門までもう一、二分で届く間合いだ。
「くそが、向こうも速えェ……先頭は騎兵か。正門は閉めたままだ! 隠門から打って出て横槍を入れる!」
「なるほど。第二の門か」
「三合打ち合ったら引くぞ、隠門に射手を固めろ! ……あんたは下がっていていいぞ、三津谷。隅っこで震えてな」
「いや、少し手伝おう。どうやら向こうが勢い上だ」
「舐めんなや、こっからじゃ!」
「『血液のレッドキャップ』」
短剣で手首を薄く切る。
そして正門外の周辺に自分自身の血を撒けば、即席罠の準備完了。
次の瞬間、すわ押し寄せてきた敵の先鋒を、大地から生えた紅の槍が串刺しにした。




