第一話:ジュウベの嫁入り
二章です
満月の冬の夜。
元バルトリンデ国所属、現トリバレイ所属の町。
アオタニ町。
俺――三津谷葉介は新しく設えた城に居た。大侵攻をくじかれたバルトリンデ国は勢い乏しく、特に北部の大半はごっそりとこちらの占領下にある。先日アリシア・ミッドランド女王陛下から正式に新領土の運営を認められ、俺たちトリバレイ辺境自治領は一気に勢力を伸ばした。
つまり大加増である。
大領土の運営筆頭、ミッドランド国辺境伯、同国軍制上は少将、転移人=知識人、交易売上・利益ともに大陸随一、というのが俺立場。はっきり言って成り上がりとしては頂点を極めている。これより上は何十年、何百年と続く王家・名家くらいしか存在しない。
ので、私生活などやりたい放題となる。やろうと思えば税金は私的に使い放題だし、気軽に命じてバルトリンデの領土をさらに刈り取れるし、有力者から献上された一人娘を手あたりしだいに徴収することも――
「お断りします」
「……え?」
「お会いして気持ちが変わりました。夜伽の件、やはりお断りします」
「あれれ?」
綺麗に正座して頭を下げたが、それは儀礼上の話。すぐに頭の位置を戻して顎をつい、と背けたのはジュウベ・ルリ。元バルトリンデ人。
北部バルトリンデ出身らしい微かに褐色がかった肌。意志の強そうなやや太めの白眉。髪の色こそ異世界特有に違えど、中央アジアの人々に似ている。
年齢は俺と同じく高校生くらい。女性としてはかなり鍛え上げた筋肉質な四肢は、まさに武門の出という感じ。今の立場がなければこんな夜更けに同室するどころか、昼間に会話するのすら叶わない美貌、気品。とはいえまさか普通に断られるとは。あっれ、おかしいな。
「あ、あの……ルリ、さん?」
「何か」
「つまり婚約の話は、なし? その、ジュウベ家の恭順を認める代わりに、君が俺のところに嫁ぐっていう」
「まったく……」
バルトリンデ北部の降伏の証として、何人かの美女が俺のもとに送られた。それと手段を選ばず縁を結んで敵の四半分を取り込み、敵同士を戦わせるのが今の方針。よって敗北側たるこのルリに、俺との夜伽を断る権利など無い。戦国の世のならわしに巻き込まれた可愛そうな少女、その一人目。
そのはずが、額に手を当てほとほと呆れた様子でルリは首を横に振る。
そしてこちらを一睨みして素早く正座から立ち上がり、その動きは鍛え上げられて鋭く、
「当然でしょう」
「うわ、ちょっと、その小刀いつの間に……」
「我がジュウベ家はバルトリンデ随一の武門の家。結ぶ相手がミッドランド人というだけでも忌々しいのに――」
「たんま、話、話し合いましょう」
「こんな、軟弱で矮小な男が相手だとッ!?」
「……くっ!」
「……我慢できません。このように。お分かりか」
ぴたりとルリが振り下ろした小刀は、俺の首筋の寸前で止まった。
流石にここで俺を殺してしまえば、元バルトリンデ北部は今度こそ根絶やしになる。使者どころか新領主を切る、いや傷一つつけただけでも、女王陛下は”しらみ潰し”の号令を下されるだろう。
国民の厭戦感情を将軍暗殺事件でかき消せるなら、こんな反抗的な土地は武力で轢き潰してしまったほうがいい。だからルリの寸止めは賢明と言える。賢明と言えるが、超々々びびった。少なくとも今日は縮みあがって、夜伽なんてできそうにない。
「しょ、承知しました。その、ジュウベ家との関係はもう少し時間をかけて……。他の家と話を進めます」
だから殺さないで。
「それが良いでしょう。ま、このアオタニの血族が軟弱男に股を開くとは思えませんが」
「うう……」
それならそうと先に言えよ。別に嫌がっているのに略奪してまで手篭めにする気はなかったって。
「では、失礼」
「ああ、ジュウベ家の人にはいい感じに誤魔化して破談を伝えてくれ。よろしく頼みます」
「……ふん、随分と余裕な――熱ッ……?」
「ああもう、物騒なものをずっと持っているから……火傷はないですか?」
ルリの手元から小刀の柄が転がり落ちた。柄には刃がなく、溶け千切れた刃は一足早く床に刺さっている。
俺の指先には火葬竜・上総介の魔力が迸っており、頸動脈に切っ先が押し込まれる直前に刃の根元を切り落としていた。
「……い、いつの間に……?」
「溶接・溶断は得意でね。でもマジで怖いからマジでやめて。嫌なら嫌って言えば襲わないからマジで」
「……ふん」
つん、と顎を扉の外に向けて、堂々とルリは退出した。
これではどちらが被支配者か分かったものではない。一つだけ分かるのは、俺はたったいま自由恋愛どころか政略結婚の縁すら一方的に破談されたこと。どんだけオスとして魅力ないんだぜ。
――
昨夜の顛末を話すと、アクスライン少佐は少々意地悪く笑った。
この若き少佐は意地が悪くなど決してない。むしろ実直な性格が兵たちに人気のある魅力的な将校なのだが、俺とプライベートな話をするときは年の離れた兄みたいに接してくる。
前線拠点のアオタニ町は要衝化の進行はなはだしい。我軍の先鋒としてアクスラインの駐在は欠かせない。職権も存在感も日に日に増していて、今日は城塞防備見回りだ。
「振られましたか」
「振られた」
「バルトリンデ出身は気質が荒いですから、そういうこともありましょう」
「普通、決まりかけた政略結婚を断ったりする? 面目丸つぶれこの上ないんですけど」
「判例に照らせばジュウベ・ルリは斬首。ジュウベ家は取り潰しですが」
「やめてくれ目覚めが悪い」
ただでさえ中世ちっくなこの世界の価値観に嫌気が差しているのだ。そういう野蛮なのはよその軍団にでも任せておけばいい。領主の方針をアクスラインも心得たもので、駐屯地での苛烈な裁きは控えている。
「それにしても……三津谷殿はトリバレイではおモテになるのに、不思議なものです」
「うぐ」
「転移人の奥方は三名でしたか」
「……そのぉ……先日四人になりました……」
「おめでとうございます」
祝福三割、からかい七割でアクスラインは笑う。
そう、何を隠そう、最近の俺はメチャメチャモテるのである!
元の世界では恋人どころか女友達、というか友達すら居なかった俺が、こっちの世界では凄く女の子に縁がある。それも国を傾かせるくらい美しくて、性格も抜群にいい(一部誇張性と検閲あり)子たち。
城ヶ辻綾子、霧八佳苗、姫野佑香、美島椿……。なぜゴミみたいな最下級のオスである俺を彼女らが好いてくれるのか。イマイチ意味が分からないがそれで遠慮するほど枯れてはいない。土下座で服従し、全員幸せにすると誓って今日も働いている次第。勤勉でえらい俺。
「それで現地妻までお作りになるとは」
「じ、事情があるんだよ君ィ……」
「ははは」
「だいたい君ね、アクスライン少佐とかいったかね。君もこの辺りの若い娘によく誘われているがねぇ、この痴態を奥方になんと報告するべきか」
「ガふっ……!」
レモネード色の長髪をかきあげていたアクスラインが、毒矢でもささったかのように硬直する。アクスラインは顔がいい上に愛嬌があるので、占領地では俺の一億倍女性人気がある。が、恐妻家で知られる彼に、この攻め手は酷すぎたか。
「しょ、小官は誓って手を出してはおりません。指一本、本当です。あれは向こうが勝手に寄ってくるだけで、決して一度も……」
「ふむう、そうなのか報告しなくていい?」
「結構……!」
愛妻家のアクスラインが二股なんて器用なことできるわけがない。これは友人にからかわれっぱなしだったから逆襲しただけ。
あとあの恐ろしい奥方に、こんな虚報を伝えるなんて度胸俺にはない。以前アクスラインの単身赴任が長引いたとき、奥方に振る舞われたスープが鉄さびの味だったことは大きなトラウマの一つだ。(今日のコラム:異世界はトラウマをより多く提供する)
……ん? なんか結局、俺が浮気してるだけみたいになった気がする。まあいいか妻たちに土産は欠かさないようにしよう。
「さて少佐」
「は」
「ジュウベ家を手っ取り早く取り込めなかった以上、よりきめ細やかにやらねばならん」
「委細承知しております。船の設計図確保、作業場の視察、職人の移住はいずれも滞りなく」
「任せる。ギラン大尉とその配下も好きに使っていい。こちらは別の家を攻めてみよう」
「ご武運を。バルトリンデの『造船術』、必ず獲得してご覧に入れます」
と、いうわけで、ふざけた始まりではあるが今回は『船』の話だ。
交易を是とするトリバレイのために。




