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第五十四話:革命スキル、応用編

 血液のレッドキャップ、と道化師ペドロリーノは唱えた。


 全く知らない魔法だ。血液に何らかの魔法をかけているのだろうけれど、術式に見当がつかない。


 が、何をできるのかは見て分かった。血液を操るのだ。思うがままに。


「知っているだろうお嬢ちゃん! 人間の血液はよォく魔力を溜め込む!」

「……なるほど、それを操れば魔法の発揮も思うがまま。ガソリンを好きに操れる放火魔ようなものだね。転送魔法の陣を描いたのもこれか」

「ッはぁはっはァ!」


 芝居がかった動きと雄叫びで、ペドロリーノは血液を操り続ける。レッドキャップとはまさに名前通り。彼が杖を振りかざすと、帽子をかぶった小猿サイズの妖精を血液が形どる。


 そいつらが次々に放ってくる真紅の槍を、


「えい」

「んがプァ! ……な、なんだその殴り方……? え、超痛いんですけど……」

「八極拳。六歳の時に極めたから」

「??? は、はっきょ……?」

「あの国が無い世界は楽でいいね。大概の技術や文化でマウントが取れるじゃない」


 放ってくる真紅の槍を綾子は全く意に介さず躱して、ペドロリーノに拳を叩き込んでいた。


 ……魔法、使い? 正確には拳に魔力をまとわせているけれど、これを魔法使いと分類するのはどうにも疑問が残るな。一つ言えるのは綾子に逆らうのは止めておこうという、百回を超えた決意をまたしても繰り返したということだ。


 それにしても血液は部屋の四方全部を満たす量だ。模様かと思っていた壁の隙間からどんどん流れ込んでくる。何リットル、何十リットルというオーダーではきかない。


「な、どこからこんなにたくさんの血を……」

「決まってんだろォ、坊や? ついさっき人間同士が殺し合ったばかり。血の元栓なんてその辺に転がっているじゃないか」


 つまりミッドランド兵やバルトリンデ兵が材料か。それも、それも……


「死んじまったら血の魔力が四散するからよ、行きたまま蛇口をつけるのは苦労するんだぜ?」

「こ、こいつ……!」


 兵士から生き血を吸い上げているのか。壁の向こうにはおびただしい数の人間が、死ぬことを許されずに干からびている。


 魔族。魔王軍。生理的に相容れない嫌悪感が胃からこみ上げ、しかし一つ疑問が沸き起こった。


「お前……何だ? 何を狙っている? 露悪的なのは良いが、それにしても自分の力を説明しすぎる」

「……あ?」

「その通りだよ三津谷くん。ペドロリーノ、本気も出さずに何がしたいのかな?」

「……ほぉ」

「だってそうでしょう。押されているふりをしているけれど、押されているなら転送魔法で逃げればいい。私達を飛ばしてもいい。それを使わない時点であなたは劣勢ではない」

「け、最初からお見通しってか……」

「気をつけて、三津谷くん。さっきも言ったけどここはこいつの居室。にしては妙じゃない?」

「妙?」

「部屋が大きすぎる。どんなに金持ちでも、書斎は広すぎると不便でしょう。きっとこいつはもっと大きい――」

「噂の転移人がどんな実力か見るつもりだったけどよォ」


 ばぎんばぎんばぎん


 とペドロリーノの骨格がねじ曲がる。手足が自らの首元に突き刺さり、そして頭蓋を含めて歪に丸まっていく。


 これは、第二形態……! いいな凄いな異世界、本当に実在したんだ。変身をまだ残している敵。とちょっとウキウキしたところで、横にいる綾子が顔をしかめるのが見えた。


「まいったな。なるほどね、三年修行すれば十分脅威になれた……か。たしかにそれくらいだ」

「手抜いてんのがバレたなら仕方ない。情報集めも、もう十分だから殺しちまうかァ」


 部屋いっぱいに大きく翼を広げたペドロリーノよりも、俺は綾子の表情が気がかりだった。


 なぜ苦戦しそうな顔をしているのだろう。楽勝のはずだろう。


 だって、だって革命スキルの光は灯っていないのだから。


――


 不死鳥を色彩反転したような巨鳥。


 ペドロリーノの見た目を表現するならそんなフレーズになるだろう。青白い、映画で見るゾンビみたいな皮。鳥なのに産毛一つなく、その代わりに血を吸い上げるとそこだけまだら模様にピンクを帯びる。


 ゾンビ不死鳥、という矛と盾が踊り狂う命名を俺は思いついた。


 さっきとは比べ物にならない圧倒的な存在感と魔力波動だ。


 ぞわぞわと新鮮な血液を取り込み、翼の端から真っ黒な(つまり搾りカスの)液を捨てる。奴の体内に残るのは純粋で強大な魔力。血液操作、その神髄か。


 ばさりとペドロリーノが一つ羽ばたくと、正面からまともに波動を食らった綾子が吹き飛ばされた。


「綾子さん!」

「く、う……!」

「期待させて悪いな、お嬢ちゃん」

「チ、強い……!」

「そして理解したら早めに諦めてくれよ。できればその極上の血、あまり垂れ流したくねえ。瓶詰めにしてやる。本体は手足を落としてずっと飼ってやるよ」


 駆け寄るのがギリギリ間に合って綾子の後頭部を支える。


 駄目か。俺から見ると綾子もペドロリーノも凄まじい強者だけれど、本人たちなら分かる実力差があるらしい。自信家の綾子の瞳に怯えが見える。


「ごめん、これはまだ勝てない……でもそれなら三津谷くんの革命スキルが通じるね。ちゃちゃっ、とやっちゃってよ」

「……おかしい」

「え?」

「発動しない! 発動しないよ、さっきから何度も試しているんだ!」


 別にこの盤面、一対一に拘る必要なんてなく、いままで俺は綾子とペドロリーノの戦いをぼーっと傍観していたわけではない。


 間合いを計りながら、ペドロリーノを対象に革命スキルの発動可否を探っていた。だが、変身前はおろかゾンビ不死鳥への変身後すら、革命スキルは発動しそうにない。


「ど、どうして……」

「分からん。オーガの首領は倒せたのに。さっきから――」


『対象:魔王軍四天王ペドロリーノ(変身後)

 対象不可 ※実力差が少なすぎます』


「実力差が少なすぎるって……俺とあいつの実力が近いんだ」

「そんな、私は別に弱くなったり、なん、て……」


 綾子の声は尻すぼみになった。綾子が弱くなったのではない。ボスオーガを倒せたのだから、革命スキルの性能が落ちたわけでもない。


 最後の可能性に彼女も気付いたのだろう。俺だって気付いた。


 ヒントはあった。なんて間抜けな。しかもそれを綾子に報告し忘れる無能さ。


 あの法務官のお嬢ちゃん、ユースティティア・アン・クローデルに実力を吊り合わされた時、革命スキルは”発動する気配もなかった”。吊り合う前は、発動しそうだったのに。


 俺がしてしまった致命的なミス。もしかして……


「ペドロリーノ、一つ聞いておきたい」

「あ? 坊やのほうが先か? は、ガルゴ相手に消耗したお前なんざ……」

「そのガルゴとかいうオーガの首領、そいつとお前はどっちが強い」

「……あいつは強かったぜえ。俺じゃ敵わん。奴は四天王でも古参でよ」

「……やっぱり……」

「だから弱っている今のうちにお前もってな。お前らを殺しておけば魔王軍はあと百年は安泰だァ。いや、念のため転移人ってのは皆殺しにしておくか」

「そうか」


 俺が強くなってしまったのだ。


 俺<<<綾子<ペドロリーノ<ガルゴ


 という並びで、三ヶ月前は綾子に革命スキルが効いた。今はガルゴにしか効かない。スキルの基準となる俺の実力が上がってしまったためと考えると自然だ。


 盲点だった。なんてこった。俺は、


「俺は強くなったらいけなかったんだ」


 最底辺の奴隷役で転移したくせに、綾子たちに甘えて自分を鍛えてしまった。脇役のくせに主役になろうとしてしまった。


 主役になりたかった。


 綾子の隣にいるのがふさわしい主役に、どうしてもなりたかった。


 それで筋トレして、魔法訓練をして、剣術まで学んで、せっせと自分の特技をなまくらにするのに励んでいたわけだ。元々何も持っていないくせに、分不相応に色々手に入れたがって……。


 このざまだ。最悪だ。俺の思い上がりのせいで綾子が死ぬ。


「違う!」

「うう……綾子さん、うっかりだごめんね……」

「違う、私は、そんなつもりじゃなかった……本当です。今度こそ三津谷くんの役に立とうと……」

「はい?」

「違う! 違う、足を引っ張るつもりなんて……役に、立つつもりだったのに……ちゃんと鍛えてあげるつもりだったのに!」

「あの……」

「いや、き、嫌いにならないで! これ以上、これ以上嫌われたら、取り返しがつかなくなる!」


 せめてこの子だけでも逃がそう、と想い人に目線を向けると……なんでかものすごく取り乱していた。「間に合わない、間に合わない」と頭を掻きむしって泣いている。


 どうした、いつもの冷徹っぷりは。人格が乱れまくってビビるぞ。なんだかわからんが、うむ、かわいい。


 そして決心は付いた。女の子が泣いていると、不思議とどうにかするぞとやる気が湧いてくる。俺はいつまでたっても頂点にはなれない。が、それでも男子なのだ。


「ペドロリーノ、次は俺が相手だ。一対一でやってやる」

「上等だ」

「一対一にする代わり、こっちの子は見逃してくれない?」

「駄目だ」

「そうか」


 ならば俺もろとも死ね。


 短剣アンサラーを腰から外す。鎧も、兜も、綾子から貰った指輪も、自分の実力を底上げする装備はすべて外す。


 でも足りない。スキル発動は未だ灯らず。しびれを切らしたペドロリーノが近づいてくる。短剣を念じて舞わせての迎撃、想定通り特に効果なし。


 覚悟を決めるのに一瞬だけ目を閉じ――


「切り落とせ、アンサラー」


 ばつん


 と左手首を切り落とした。肝心要のこんなとき、うかつな刃の取り扱いミスにペドロリーノが嘲笑しながら近づいてくる。いいぞ、殺してやる。近づいて来い。


 まだ足りない、いや”足りすぎる”。左手だけでは駄目か。だが、アイデアはある。お前のおかげでよく分かっているぞ。血液は魔力をたっぷりと溜め込む。


 これを存分に流しだしてしまえば。


 こそぎ落すように、血管の中身を押し出す。


「三津谷! 駄目、止めなさい!」

「ハハハハハ、何だお前、バカかお前!」

「久しぶりだ。この、空っぽになる感覚――……」


 この世界に転移して、俺らしくもなくずいぶんと沢山満たされた。満たしてくれた。隣の少女にほんの少しでもお返しがしたい。


 体から力が抜けていく。寒い、とても寒い。


 傷口を心臓の位置より下に。すると流血は容赦なく進み、つまり俺という存在が加速度的に矮小になり下がる。


 綾子が駆け寄ってきたが、それだけは駄目だ。久しぶりのテイム、盆踊りをさせて以来のテイム発揮で一瞬足止めする。


 留まることのない流血。


 そして遠のく意識のなかで確かに灯火を見た。


『対象:魔王軍四天王ペドロリーノ(変身後)』

『強者上位:0.1% 対象判定:OK』

『革命スキルを発動可能』


 耳がもうだめになったが、この一手さえ間に合ってくれれば良い。致命的な自傷はこの一撃のために。


 振り絞って差し出した拳が、巨鳥のくちばしに直撃する。


 暗く霞んだ視界は、かろうじてペドロリーノの四散した姿を映した。


 勝利だ。


 革命スキルらしい、問答無用で理不尽で無敵の勝利だ。


 そして分かっては居たが、ここまで消耗すると生存は難しい。抱きしめてくれる綾子の腕や胸の感触もほとんどない。もったいない。


 ああ、しまったな。随分泣いてしまって……。こんな死に方では君に傷を残してしまう。本性は意外と傷つきやすい質だもんな。君の記憶に残れるのは正直嬉しいが、大半を強引に独占したくはない。


 最後の最後までダメダメ、迷惑かけてばかりだ。次があれば上手くやりたい。


 君と同じ世界に生まれて、もっとイケメンで、もっと強くてカッコよくて、主役らしく、隣にいても恥ずかしくないような――

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