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第五十三話:カラフルジョーカー

 べちゃりと思わず床に倒れ込んだ。


 急に体が浮いたかと思えば、自分は動いていないのに視界だけ急速に回転。屋外に居たはずなのに暗い彩りになって目の回りは止まった。


 うわだめだこれ吐く。三半規管がのたうち回りながら抗議している。ほんの数秒で復活した重力に合わせきれず、派手にすっ転んでしまった。


「べむぽ」

「よっ……と。これは間違いないね。転送魔法だよ、三津谷くん」


 対照的に軽やかな足取りで着地した綾子。動作の一つ一つが女優みたいだ。火を吐く剣を支えに仁王立ちし、周囲を鋭く警戒している。


「転送魔法?」

「そう、私達は強引にどこかに飛ばされたの。……神話の時代の魔術、文献でしか知らなかった。まだ残っているなんて……」


 いつになく綾子の警戒度が高い。きっと信頼できる使い魔が居ないからだ。


 何らかの魔法で無理やり飛ばされたのは綾子と、とっさにその手を掴んだ俺だけ。強力な竜種のガウスを筆頭に、フーリエ、ナビエら使い魔たちと引き離されてしまった。


 使い魔? そういえば、と思い自分も彼らを呼んでみる。こめかみに両拳をグリグリと当て、念じてみたが一向に応答はない。


「上総介……、次郎三郎……、チッどうなってる。テイムのリンクが途切れているぞ」

「三津谷も呼べない? やっぱり、この壁が魔術的な効果を遮断しているのかも」


 綾子が壁に手を当てて探っている。鉛色、鈍く光る黒壁は四方と天井を完全に塞いでいる。


 細かく縦縞の凹凸模様。なんとなくだけれど、理科の参考書で見た無響室を俺は連想した。


 百メートル四方くらいの広い空間。高すぎて天井は見えず。出口はない。まばらに壁にかけられた燭台以外光源もない。閉じ込められた、という直感。


「げっ……ろ、牢屋かな……?」

「違うね」

「なっ、なっ、なんで、出口無いよ」

「牢獄にしては広いもの。それに壁に装飾だなんて豪華過ぎる。あっちには本棚とか、椅子とか、多分、私達を連れてきたやつの部屋じゃないかな」

「部屋? おいおいおいw綾子さん。出入口ない部屋なんて住みたくないでしょ」

「転送魔法使い以外はね」

「あ……っ」


 そうか、他人を自由に飛ばせるくらいなら、使用者本人だって瞬間移動ができるのだろう。機密性を優先するのなら扉の存在はナンセンスだ。でも魔力切れたら餓死しそうじゃん。


「このことから分かることがいくつか」

「教えて綾子先生」

「強力で、知識の深い魔法使いであること」

「うむ、知らない魔法を使うんだしなあ」

「そいつの技術レベルがかなり高いこと。この細かい模様、これ全面金属だから冶金術も凄い。オーダーメイドの部屋を作れるくらい裕福か、地位・権力が高いこと」


 飛ばされた先でひと目見回しただけで、綾子は次々に敵のプロファイリングを済ませていく。この辺りの頭脳労働は頼りになるぜ。というかだいたい全部頼りになる。ありがたや。


「そして、そいつの狙いはわからないけれど、いつ現れてもおかしくは――」


 びゅお


 とつむじ風が巻きおこった。


 だだっ広い空間、その中央。ついさっき食らった強制ルーラを外側からみるとこんな感じなのか。何もないところから突如出現し、慣れた様子で着地する。そいつは、


「ち、一人ずつ潰すつもりだったのに、やっぱり二人連れてきちまってたか……ん? あれ、そっちの男のお前……」

「ピエロ?」


 小柄な道化師だった。


 現れたそいつは真っ白に顔を塗り、鼻や目元に彩度の高いマーキングをしている。フリルを散りばめた服装も含めて実にカラフルなピエロだった。


 ピエロはこれまたカラフルで玩具みたいな杖で俺を差す。


「そっちのお前、ガルゴを殺った奴じゃねえか……」

「ガルゴ? ……誰だろ、綾子さん知ってる?」

「さぁ」

「人違いじゃないのか。っていうかお前は誰だい。なんで俺たちを連れてきた」

「は、人間が知らねえのも仕方ねえ。俺は魔王軍四天王が一人、ペドロリーノ様だ」

「魔王軍……」

「四、天王……」


 俺と綾子は思わず顔を見合わせた。


 随分とおとぎ話みたいな単語を話すやつだと、つい二人で噴き出しそうになった。笑いきらなかった理由は二つ。


 異世界は何でもありだから。文化や歴史が違う世界なら、魔王でもその四天王でも居ておかしくない。


 そして、ついさっきまで戦ったのがその魔物だったから。魔物の統括者……魔族。お初にお目にかかる。


「そのガルゴってのは?」

「オーガの首領だ」

「オーガ……? ああ、あいつか。たしかに首を刎ねた」

「くっ……おのれ、奴は四天王の中でも序列はかなり上の方……」


 こいつガルゴより弱いのか。序列順に出てこないだなんて、お決まりを外しているな。だなんて、この時の俺は間抜けにもその程度しか思わなかった。


 革命スキルの使い手として、強さの序列は最も重要なヒントだというのに。


「で、そいつの弔い合戦ってわけか」

「別にそこまで同僚思いじゃない。ただ、戦況を見ていて判断したぜ。オーガの群れやゴブリンの群れを押し返せる人間は生かしておけねえ」

「なるほど。魔物を操っていたのは君たちか」

「ああ」

「小鬼の小隊を潜入させたのは」

「俺だ」

「洪水の蛇を酔わせて流し込んだのは」

「俺だ」

「ならばこちらもそちらを生かしておけない。ん? ……ちなみに火竜は操ったか」

「それは勝手にあいつが暴れた」


 上総介、ただの災害だった……。まあとにかく、このピエロは魔物を操った張本人。転送魔法の奇襲性も加味すると、人間にとって極めて脅威。


 ここで必ず潰さなければならない。


「は、人間ってのは昔から複数で組めば手強いからよ。本当は一人ずつ転送して殺っちまうつもりだったが……」


 ペドロリーノがフェンシングのように魔法杖を構える。


 その瞬間、奴の極彩色の魔力が吹き出た。おどけた見た目とは裏腹に、平凡な人間では手も足も出ない桁違いの魔力だ。こいつは……強いな。


 異世界で学んだことの一つ。それは革命スキルを使い続けたことによる後天的能力、相手を見る目。スキルが通るか通らないか、戦うか逃げ出すべきかを命がけで判断してきた経験則が言っていた。


 スキルなしでは絶対勝てない。ざっと見て隣にいる綾子と同じくらいの実力。言い換えるなら経験則からすると、革命スキルは通りそうだ。


「ガルゴやゴブリンを捌いた直後だ。魔力すっからかんだろう。まとめて殺ってやる」

「三津谷くん、下がって」

「……! 綾子さん、待った。まず俺が……」

「逆でしょ。スキルが通らないと三津谷は即死なんだから、いつも通りまず私があたって様子を見る」

「う……」

「大丈夫任せて。あいつ、私達と一対二でやろうっていっているんだよ?」


 必勝でしょう、とぱちりと綾子が片目を瞑ってみせた。


 いつも通り。そう、何度も繰り返してきたコンビネーションだ。


 一.俺の革命スキルはある一定以上の基準の強者を倒せる。


 二.革命スキルは綾子に効く。


 項一、項二より、俺と綾子が組めば対単体は無敵。


 綾子より強い敵は代わりに俺が、綾子より弱い敵はそのまま綾子が倒す。この理屈は単純すぎるほど単純で、ゆえに穴はないように思える。


 だが単純すぎるがゆえに、俺はこの理屈が破れたときのことまで考えては居なかった。


「まずは女の方か。空っぽの魔力で何ができるか――あ?」

「バカにしないで頂戴。剣を振れば全魔力を放出なんてリスク、対策しているに決まっているでしよう」


 綾子は口元に手を持っていき、


 かきん


 と指輪の装飾を噛んだ。噛んで大粒の黒真珠を口に含んだかと思えば、かろかろと飴みたいになめると、ほとばしる魔力を纏いはじめる。


 嘘だろ。あっさり魔力回複とか。さらりとやっているけれどメチャメチャ器用なことをしている。驚いたのは俺だけじゃない。ペドロリーノのあんぐりと口を開いている。


「ち、外付けの魔力回復剤……手製か」

「さてと、弱ったところを討つつもりが、あてが外れたねペドロリーノ」

「……お前、その顔立ちはミッドランド人じゃねえ。もしや転移人か」

「まあね」

「情報だと転移はたった三、四ヶ月前……。一体どうやってそれほどの術を」

「ごめんなさい。私、天才みたいなの。我流でささっとね」


 長身の綾子が一歩前に出ると、ペドロリーノが一歩後ずさる。凄い。まだ刃も術も交えてはいないが、決して四天王ペドロリーノに気圧されていない。


 テイムした使い魔が居なくても関係ない。転移人最強の魔法使いたる綾子が、魔力を整流させながら間合いを潰していく。壁まで追い詰められたペドロリーノが、決意を込めて杖を掲げた。


「なるほど、なるほどなるほど、凄え才能だ。たった三ヶ月でここまでかよ」

「褒めてくれてありがとう」

「残念だったな。あと十年、いやせめて三年学べば魔王軍最悪の脅威になっただろう」

「……」

「だが、だがまだ魔術の奥深さを知らねえ!」

「もういいかい」

「『血液のレッドキャップ』!」


 ペドロリーノが叫ぶ。


 瞬間、振り下ろした杖を躱して魔力弾を叩き込んだ綾子。彼女に向けて、部屋の四方から真紅の槍が降り注いだ。

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