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第五十一話:オーガの首領

 巨大な鬼の群れが兵士たちを潰していく。


 さっきまでの優勢があっという間にひっくり返り、俺もメイフィールドも呆然と見ているしか出来ない。


「に、逃げ切れないのか。最前線の奴らは……」

「まずい。アクスライン殿の敷いた距離は、対人間歩兵のもの。桁違いの歩幅を持つオーガ相手では……」


 棍棒一振りで丸ごと頭が弾ける。


 摘み上げるだけで鎧が真っ平らになる。


 二、三十程度のオーガの進軍は、たったそれだけの数で味方の隊列をぐちゃぐちゃに引き裂いた。


 苔色の肌、十メートル近い巨躯、ギラン大尉の胴くらいに太い腕。生え放題の長髪の奥には、血しぶきを楽しむ残虐な瞳。


 これがオーガか。機動戦士くらいデカイぞ。


 十人や二十人で取り囲んでもどうにもなりそうにない。ましてや、今みたいに急襲されて乱れまくった我が方の陣形ではなおさら。


 味方が体勢を整えるまで、時間を稼がなければ。


「まずいな。救援に行くぞ、メイフィールド」

「いけません! 三津谷殿は今すぐお逃げください。必ずお守りするよう、ギラン大尉に固く言いつけられております」

「馬鹿を言うな。味方が全滅するぞ。今無傷なのは俺達だけだ」

「百人でかかっても無理です。竜には竜を殺す備え、蛇には蛇を殺す備えが要ります。そういう対オーガ装備が、今の我々にはありません!」

「くっ……」


 確かに。


 確かにメイフィールドの言には一理ある。


 我々はバルトリンデとの会戦に来た。言い換えるなら人間を殺しに来た。


 剣も、槍も、弓も、鎧も、そして魔法も。全部人間を相手にするためのものだ。奴らオーガの分厚い皮膚には効果が薄い。やみくもに突撃してもまるごとやられるだけだ。


 しかし、しかし――


「ここを抜かれれば首都を直撃される。引けないぞ」

「承知しております。こういう時のために、本会戦に従軍するは首都出身の単身赴任者ばかり」

「チッ、ガキが。あざといことを言うんじゃない」


 メイフィールドは武家の出身らしい、苛烈な瞳を見せた。


 剣を抜き放って高く掲げ、率いる部隊百人を鼓舞する。


「最後の一兵まで抵抗する! 誇り薄いオーガは首領さえ追い払えば逃げるだろう。最も大きな奴だけを狙え!」

「オオオッ!」

「……そうなの?」

「はい?」

「今の。ボスさえ倒せば他も逃げる?」

「は、はあ、奴らは強い者にへりくだる性質がありますので……」


 なんだよー。そうなの? そういうこと早めに言ってくれないと。


「メイフィールド少尉、オーガのボスはどのあたりにいると予測するか」

「はっ、ボスの性格にもよりますが……群れの先頭か中心に大別されます。そして今回は先頭の個体があまり大きい個体ではないので……」

「消去法から中央、か。一番面倒だな」

「そ、それよりも早くお逃げを……」

「少尉。ボスの首は俺が落とす」

「な……!」

「君は部隊を率いて、あの群れの外殻に居るやつをできるだけ剥がしてくれ。倒さなくていい。出来るか?」

「出来ません!」


 必死に首を振り、栗毛色の髪が頰に張り付いている。メイフィールドの「出来ない」が能力不足によるものではないのは、表情を見れば明らかだった。


 瑞々しい愚直さ。ギランの言いつけをよく守ろうとしているのだろう。


 だが、よーいどんで始めた時に最善だったことが、最後まで正しいとは限らない。バルトリンデ軍相手にはちっとも役に立たなかった俺。当然だ。凡人の集合には革命スキルは相性最悪である。


 だが、二十人がかりで苦戦するオーガの、しかもそのボスともなればスキルが通る公算は高い。まー、あいも変わらず確証はないのだけれど。


 それでもアクスライン、ギラン、メイフィールド、他三千の兵、首都の民草。命をかける価値あるか否か、法務官のお嬢ちゃんの天秤を使うまでもない。


「できるだけ早く取り巻きを引き剥がせ。俺が他のやつに潰される前に頼むね」

「お、お待ち下さい! 一個中隊、お守り――」

「来なくていい」


 メイフィールドを手で制して、オーガの群れの右後方へ。


 愛馬を駆って急ぐ。松風と名付けたこの賢い馬も、今回は危険かもしれないな。上手いこと生き延びて欲しいもんだ。


 綾子に教えられたように松風の手綱を操り、バルトリンデの残兵にもオーガにも遠巻きで死角のポイントを確保。


 絶好だ。距離二百。道さえ開けば射程内。


「お、仕掛けるか……」


 視界の端でミッドランドの騎兵が動く。メイフィールド麾下百の部隊が雄叫びを上げながら、乗馬を限界まで加速させて突っ込んだ。


 最大戦速ながら乱れない円陣。衝突後も四散しないように突入角を工夫している。称賛されるべき奪戦だ。が、一度、二度、三度と突撃するたびに、少なくない犠牲が出ている。時間はあまり残されていない。


 しつこく食らいつくメイフィールドを、オーガ数体が苛立ちながら追い始めたのが見えた。


 ここだ。


 四度目のメイフィールド勢の突撃に合わせ、俺も馬を加速させる。残り百メートルを切ったところで、こちらに気付いたバルトリンデの弓矢が降り注いだ。


 あー、これはどうしようもないので祈る。当たるなと祈る。


 祈る。


 セーフ。鼻先をやじりがかすめたけどギリセーフ。


 続いてオーガが、当店では樹齢幾年の木をこれ一品のために丸ごと使いました、みたいな売り文句の棍棒で振り払ってくる。これは急停止して回避。


 前掛かりになった奴らは放っておいて、愛馬の無事を願いつつ叫ぶ。


「こい、アンサラー!」


 叫ぶと同時に鞍を蹴って飛ぶ。


 百メートル後方に置いてきた短剣が、凄まじい速度まで加速して俺の耳元に。不思議と、念じるだけでタイミングをドンピシャ当てた俺は、回答剣の柄を握って引っ張られるまま前方、そして上空へ。一瞬、地べたを見つめていたオーガたちの視界から消える。


 肩が脱臼しそうなほどの加速だが、これもまたコラテラル・ダメージというやつだろう。上空から必死に討伐対象を探す。


 (ボスオーガは、どこだ……!)


 オーガは知能が低い種族であるが、決して間抜けに獲物を逃したりはしない。むしろ野生の肉食獣のように執拗に追撃してくる。


 その跳躍力もまた人間とは桁違い。十分に高度を稼いだと思った俺めがけて、棍棒がかち上げられる。思考と直結したアンサラーで飛んでいなければ探しきれなかっただろう。


 だがそう何度も上手くはいくまい。早く見つけなければ。オーガは総勢三十かそこら。アクスラインやメイフィールドが引き剥がした分を除けばもっと少ない。落ち着いて探せば――


 目があった。


 野蛮に喚き叫ぶ取り巻きとは対照的に、冷静にこちらを観察する瞳。周囲よりも縦に一回り大きく、横には三回り大きい。アンサラーに引きずられる正体不明の飛行物体を、侮らずむしろ警戒している。


 オーガらしからぬ高度な知性。他の個体を盾にするように、一歩後ずさったことで確信した。こいつだ。


「そこかああーーーーっ!」


 俺は獲物めがけて突撃を開始する。次々と振り下ろされる棍棒は、直感を短剣に伝えるだけで回避。


 飛んでいるんだか竜巻に巻き込まれているんだかわからないような挙動と軌道で距離をつめた。


『対象:ボスオーガ ガルゴ』

『強者上位:0.01% 対象判定:OK』

『革命スキルを発動可能 ……首狩り一文字』


 アンサラーをボスオーガの両目に突き刺し、長剣鞘から抜く勢いそのままに首を跳ね飛ばした。


 大木の切り株みたいな首から血しぶきが吹き出る。血の滝に打たれる俺に、仇を討とうと向かってくるやつは居なかった。


――


 オーガ勢が潰走していく。


 よほど頼みにしていたボスだったのだろうか。首を跳ねてから数瞬はどの個体も唖然としていて、それから金縛りが解けると我先にと逃げ出していった。勝った。オーク勢は残らず逃げ出し、バルトリンデ勢もほぼ全面崩壊している。我が方も少なくない打撃を受けたけれど、これでようやく勝ちだ。


 嬉しそうに駆け寄ってくるメイフィールド少尉を抱きとめたところで、陣太鼓が鳴り響く。


 「バルトリンデのものではない」と顔面蒼白の少尉がつぶやいた次の瞬間、峠から万を超える小鬼が押し寄せてくるのが見えた。

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