第五十話:陣形魔法
バルトリンデの侵攻は素早かったが、素早いだけであった。
峠を越えて勢いそのままに突撃。だが、アクスラインの計算された両軍距離は彼らの突撃を平凡なものにした。
まさに絶妙。高低差の有利を無効化しつつ、距離を取ろうとしても敵の後背部隊は斜面で上手く機動できていない。渋滞を起こしている。やっぱりアクスラインは凄いなあ。
そしてそれを見ている俺はと言うと――観戦していた。
のんきに軽食にサンドイッチを食べながら。メイフィールドやその他百の兵と一緒に。
「おっ、おっ、おー……! 追い返した。また追い返したぞ」
「はいっ。さすが少佐、一分の隙もない用兵です」
「すげえなあいつ。でもなんであんなに凄いんだろ。ぶっかっている兵にそう差はないのに、戦果はこっちが桁違いに多いぞ」
「あの……恐れながら解説いたしましょうか?」
「お願い」
アクスラインに感心するついでに、俺は一個下の可愛らしい少尉にも心酔するようになっていた。この子、さっきから戦況の予測をことごとく言い当てている。ことごとくとは大げさではない。文字通り、一回も外していない。
小柄で未熟な見た目の割に、武門の家の出身っていうのは伊達ではないらしい。
「我が方の優勢の理由は、陣形魔法を十全に生かしているからにつきます。つまりこちらは完全な平地・真円に対して、敵の配置を斜面に強要し、魔術的にいびつな――」
「あ、あの、ちょっと」
「はい」
「その、陣形魔法っていうのがよく分かんないんだけど」
「……」
「……」
「え」
「ごめんな、学がないもので」
メイフィールドが顎を落っことして固まる。よっぽど基本的なことを聞いてしまったのか、「どこから説明したものか」と悩み始めてしまった。一からで頼むよ一から。
「そ、そうでした。少将閣下は異世界のご出身であらせられる」
「魔法とかよくわかんないんだよね。トリバレイに居る女の子たちなら分かるかもしれないけどさ」
「こほん。では、基本的なことから説明させていただきます。戦術の基本は?」
「包囲!」
「その通り。鶴翼による包囲です。が、魔術的な要素が加わると鶴翼が最適とは限りません」
ぴん、と人差し指を立ててメイフィールドが講釈を続ける。
出会った頃に見られた緊張っぷりは鳴りを潜めている。多分人見知りをする方なのだろうが、俺があんまりにも物を知らないことと、同年代ということで緊張が解けたのだろう。
薄い胸板を張って説明してくれるのが可愛らしい。眼福なので専属の小姓になってくれないかな。
「魔術の基本は円にあります。魔法陣も外形はそうですね。これを応用し、多数の兵士で魔法陣を描いて全体に魔法的な恩恵を与えるのが『陣形魔法』です。お味方の布陣が、複数の円の組み合わせになっているのが分かりましょう」
「おおー……ほんとだ」
「これによって筋力、持久力、反射速度その他さまざまな強化を施して、騎兵であたるのがミッドランドの軍法。バルトリンデは歩兵で同様のことをします。ここで問題ですが、鶴翼の陣型は魔術的に見ると?」
「……円から遠いからイマイチ?」
「その通り!」
メイフィールド少尉の説明に熱が入ってきた。こいつ、もしかしてミリオタ気質かな。
後で知ったことだが、実はアクスラインの大ファンらしい。尊敬する先輩の勇戦を見てテンション上がっちゃったのだ。バンドの追っかけに近い。
そのアクスラインはといえば、時に陣の中央で指示を発し、時に先頭に立って自慢の剣術で切り込んでいる。彼の視力強化と、魔力を込めすぎてビームサーベルみたいに輝く剣術。この組み合わせを受け止められる敵は居ない。切り込むたびに十人単位の敵が吹き飛ぶ。
単体の駒としてもアクスラインは強烈だ。
「御覧ください! 部隊を三つに分けそれぞれで真円を形成し、全体では鶴翼や魚鱗を成す戦術。お見事!」
「お、おう」
盛り上がってきたな。高揚して頬を赤くするメイフィールドが可愛い。
楽しそうなので口を挟むのも悪い。満足するまで放っておこう。そういや元の世界のクラスにも居たわ。ミサイルの話をすると三時間止まらないやつ。
「しかも敵の布陣を斜面と平地の”境目”に強要することで、バルトリンデ方は三次元的にいびつな円しか作れません。こらえきれず引こうにも、斜面を駆け上がる脚は遅い。これを背中から討ちつつ――む」
「どしたの」
「おかしい」
興奮したインコみたいに騒いでいたメイフィールドが、ぴたりと動きをとめる。
おかしい? 何が? さっきからアクスラインは絶好調だぞ。またしても敵を突き崩した。そろそろ敵の全面崩壊だろう。
「勝っているみたいだが」
「いえ、悪いことではありませんが。奇妙です。敵の後ろ備えの崩壊が早すぎます」
「……!」
「不利な時に最前線ではなく予備兵力から逃げることはよくありますが、それにしても早い。……あ、アクスライン殿も警戒されているようです。これは恐らく、偽の退却では……?」
「なんてこった」
言い換えるなら敵に策あり。
それをこちらは把握していないということじゃないか。アクスラインがそう簡単にやられることはないだろうが、出来ることはやっておいたほうがいい。
「少尉」
「はっ!」
「部隊を率いた経験は? 訓練以外で。どの規模まである」
「い、一度だけ五十人程を」
「よし。この部隊の指揮を君に交代する」
メイフィールドの戦術眼は本物だ。岡目八目という格言はあるけれど、それでもアクスラインの戦術を解説できる程度には追いついている。
ならば、俺を部隊の指揮官にしてメイフィールドの意見を聞くよりも、こいつを指揮官にしてしまった方がタイムラグは少ない。
「そんな! 少将を差し置いて、前例がありませんよ。兵たちが納得しません」
「大丈夫。……聞け、諸君! これより私は、バルトリンデの退路を潰す特殊作戦入る。その間はメイフィールド少尉に交代するので、彼を私だと思って万事従うように」
「わかってますよ、少将殿」
「戦はこっちでやりますから、危ないんで下がっていてください」
「ふっ……完璧な権限移譲だ。士気も良好」
「なんだか元々あんまり当てにされていないみたいですが……」
そんなことはない。俺が出しゃばらないことで部下たちが全力を出せるってわけだ。
「よし、頼りにしているぞ少尉」
「はっ、お任せあれ。全隊! 円陣を維持しつつ、味方左翼の外へ!」
メイフィールドが左を剣で指すと、麾下の騎兵百が隊列を保ったまま味方の補強につく。
回り込んでこちらの首都へ向かうポイントの封鎖。ここなら敵の別働隊を防げるし、敵本隊の横槍も突き放題。距離を確保しているので少人数の俺たちにわざわざ仕掛ける敵も居ない。見事だ。
メイフィールドの布陣も実に巧妙だが、それに加えて部隊の陣形を維持する術が良い。
(ミッドランドを強国たらしめているのは、軍制の整備か)
そう確信させる用兵だった。
この異世界の文明レベルは、元の世界よりも何世紀も遅れている。それなのに将官、佐官、尉官という近代的な階級制度が確立している。そうしなければならなかったのだろう。
陣形魔法は極めて強力な術式だ。多人数の陣形で魔法陣を兼ねるのは一石二鳥で効率的。これを使えない勢力は衰退あるのみ。
ただし、必然的に率いる者の知識は多く、率いられる兵の練度も高くなければならない。
常備軍。この戦の専門家集団が、ミッドランド国境の平和と秩序を支えている。
「よし、このまま敵の横を睨みつつ待機。敵に策略の兆しあれば、先手を打ってこれを――なんだと」
しかし、常勝の軍はあくまで人間相手に常勝であるに過ぎない。
メイフィールドが手綱を引き、前かかりになっていた乗馬を止める。若い少尉が意表を突かれた声を上げるのは、この戦場で初めてのことだ。
「……閣下、どうか速やかに退却ください」
「どうした、何があった」
「オーガです。峠をご覧ください。オーガの群れが向かってきます!」
人間の五倍はある大鬼の集団が、アクスラインの陣を轢き潰す。三つあったミッドランドの円陣のまず一つ目が崩壊した。
兵士全体で魔法陣組んで軍隊のスペック上げるって、なんかどっかで見た設定だな




