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第五話:治療秘術

 治療を受けたいという俺の申し出に、ハイエルフのシグネは一も二もなく承知した。


 今すぐにでも最上級の治療魔法を施してくれるらしい。


「ええと、何か見返りをお渡しできると良いのですが……あいにく手持ちが……」

「見返りだなんて! そんなもの必要ありませんわ、葉介様」

「様? 何よこれ、何? 三津谷くん、一度ここに来たことがあるのかな? ふん、随分慕われているんだね」

「ち、違う、初めてだよここ」

「どうだか」


 先ほどから綾子の機嫌がすこぶる悪い。


 美女同士仲良くなると思っていたが、やはりライバル意識の方が勝ったのかもしれない。綾子はぶつぶつと呪詛を飛ばし、シグネや他のエルフたちは綾子をまるっきり無視している。この時俺は、何か説明のできない悪寒のようなものを感じていた。


 放っておくと時限で作動する爆弾を抱えているような感覚。今すぐ解体したい。


「あの、シグネさん。どうしてその……そんなに親身にしてくれるのですか? その、初めは矢で追い払われたのに」

「ふふ、我らエルフは通常、耳短の種族とは一切交流しません。神々の花嫁にも選ばれた由緒ある種族。交わるのは同じエルフかまたは……我らを凌駕するほどの男性です。神族を除き今までそんなオスは一人も居ませんでしたが。さ、服をお脱ぎください」

「ナンデ?!」


 いきなり服の裾を掴まれ驚いたが、他のエルフに両手足を固定されて抵抗できない。あっという間に上着を剥ぎ取られ、シグネは傷の具合を確認する。


 ざしゅり、と地面を踏みにじる音が隣から聞こえる。


 爆弾の針が早まった気がする。


「治療のためです」

「治療のためかあ……」

「チッ、どれくらいかかるの」

「これほどの傷ですと、まあ全快まで十日くらいでしょうか。ふっ、つたない応急処置だこと……」

「あ?」


 綾子の皺ひとつない筈の額が、阿吽像のように隆起している。


 怖い。


 帰りたい。


 ここで治療を受けると命は助かるけれど、後々死ぬより怖い思いをする直感がある。


 でも逃げられない。流石にダメージが大きいし、ここに着いてからも動いて回ったし、いよいよ目が霞む。


 血の気が引いた俺の顔を見て心配そうにした綾子が、妥協するようにシグネを頼った。


「……シグネとやら、任せて大丈夫なんでしょうね」

「もちろん。エルフ総出で寝ずの看病をさせて頂きます。では参りましょう、葉介様」

「は、はい」


 シグネに肩を借りて、癒しの祠とやらに歩みを進める。


 振り返ると、綾子が安心したような悲しいような複雑な無表情を浮かべて佇んでいた。


――


 癒しの祠に着いてからのことは記憶が薄い。


 森の魔力が四方から合流する場。そこに建てられた祠に居れば、放っておいても治癒力が大きく加速する。


 そこにエルフ特製門外不出の回復魔法が加われば、致命傷だった傷も見る見るうちに癒えた。……本当はもう完治していたような気がするが、エルフたちは一晩やそこらでは帰してくれなかった。


 このお香のせいだろうか、それとも治療の副作用だろうか。思考が鈍り、顔も全身も火照るように熱い。


 瞼が重い。


 暗い祠の中で台に横たえられ、何故か妙に薄着になったエルフたちが看病を続けてくれる。ローブの丈短すぎでしょう。


 遠くなる意識の端で、こしょこしょとシグネ達が密談しているのが聞こえる。


「では、ここは指導者たる私から――」

「あ、ずるいシグネ様。一番は私が良い。あんなに良い外のオス、今後二万年は寄ってこないでしょう」

「まぁまぁ、シグネ様も行き遅れて焦っているのだ。譲ってあげましょう」

「行き遅れてなどいない……!」

「じゃあその次が私」

「順番だ。希望者は全員、キヴィ・パペリヤサクセトで決めた順で」


 仲が良さそうだ。


 もしやエルフたちは厳格そうに見えて、意外と身内間では俺達人間と変わらないのかもしれない。


 うとうとしているとシグネが俺の上にまたがって来た。暗くて良く見えない。が、彼女の甘い息が顔にかかるほどに近い。


「葉介、様っ」

「シグネ、さん……?」

「っ、ふっ、う……よ、よろしい、あなたの持つ強さの秘訣、全部、我がエルフの種族が貰い受けます……! こ、このオスは、わ、我らの、私のもの……っ」

「あのー、これって本当に治療なんですか……?」

「大丈夫、皆さんなさっていることですからね。少しリンパの流れを良くしています」


 ほんとかな?


 四方八方をエルフに塞がれて熱がこもる。シグネに何をされているのか、感覚が無いし思考が追い付かない。暗闇の中で、シグネのブロンドだけが微かに輝きを帯びている。


「葉介様……っ」

「は、はい」

「どうです、エルフの村は美しい女性が多いでしょう」

「はい。……シグネさんも皆さんも、目もくらむような方々ばかりで……」

「ふ、ふ、そうでしょう、そうでしょう。……葉介様、永遠にエルフの村で暮らしませんか? 何一つ不自由なく、何一つ不満のない暮らしを。嫁は少なくとも一千人ほど見つかるでしょう」

「……!」


 はい、喜んで。


 と返答が口から零れかけた。


 だが出かかって出なかった。別にシグネに企みがあるようにも見えず、エルフの村の生活に不安があったわけでもない。きっと幸せに暮らせるだろう。転移して最初にこの村を訪れていたら、一瞬も迷わずに承知していたに違いない。でも――


「あの女のことが気になりますか」

「う……」

「あの女が邪魔でしたら除いておきましょう。弱みを握られているなら処分しておきましょう。……そういうわけでも無さそうですね。何が気になるのです」

「お、おれは……」


 何故かこの祠の空気は、漂う香は、四肢の感覚を甚だ鈍らせる。そして、口からするすると思考を引きずり出す。


 恥ずかしいこともうっかり話してしまった。


「あの人は……おれに声をかけてくれたんです……ほかのクラスメイトみたいに、無視しないで、異せかいに……きて初めて」

「……」

「と、いっても利用したいだけみたいだったんだけど……そ、それでも、もとの……せかいでも空っぽだったのに……」

「……そうですか。横恋慕と独占は難しそうですね。まぁ、一口目を頂けるだけで今は満足しましょう」


 何故涙がにじむのか自分でもわからない。


 奴隷にしたいとか。最低の動機だった。


 それでも内心嬉しかった。


 だって一カ月もの間、他の知り合いは一言も声をかけてくれなかったのだから。


 ステータス向上もスキルもない足手まといに、声をかける知人は居なかった。異邦の地で、一人でなんとか食いつないで、ようやく声をかけて貰えて自分の存在が認められた気がした。我ながら実に歪んだ忠誠心だ。しかも一緒に死地をくぐりぬけて、ますますゆがんだ形で固められてしまったらしい。


 綾子に会いたい。早く元気になって、あの心配そうな顔を解消してやりたい。シグネ程の至高の女性が側にいるのに、他の女のことを考えるだなんて、やはり俺の思考回路は鈍りに鈍っているようだ。


「もし、同郷の者と喧嘩して困ったなら、このエルフ村にいらしてください。どうしてもというなら、受け入れて差し上げます」

「ありがとう、シグネさん」

「そ、それと、ほ、他の者がこれほど容易いとは……思わないようにっ……っ♥」

「はい?」


 よく分からないが、シグネがびくんとエビぞりになって痙攣している。


 その内ぐったりとうつ伏せに寄りかかって来たシグネは、本当に指導者なのかというくらい雑に横に避けられた。


 そして先ほど順番がどうとか言い争っていたエルフが、次々と跨ってくる。


「葉介様。どうしてもというのなら霧の抜け方を教えて差し上げますが」

「本当? ありがとう」


「葉介様? 頭を地に擦り付ける用意があるのなら、森の完璧な地図を差し上げましょう」

「ありがとう。嬉しいです」


「そこまで欲しいのなら、よく効く護符や薬をお譲りしても構いません」

「感謝します。エルフ様」


 次から次へと贈り物をくれるエルフたち。


 礼儀のような気がして、彼女たちの背中に手を回して優しく撫でると、みんなひと際喜んでくれた。


 一度は彼女たちの申し出を断った身で図々しいが、俺の第二の忠誠心はすくすくと大きく育っていった。

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