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第四十九話:メイフィールド家訓、寝ても起きても千手読め

 我が第七軍の長所は将軍級の数にある。


 ミッドランド国軍の軍制では通常一軍に一人程度と定められているところ、俺とストライテン将軍の二人がいる。徐々に兵数を増強している今なら、ストライテンに防御を任せて俺は迎撃に出る、という別行動が可能だ。


 迎撃に率いるのは三千。その先頭を走る若い少佐に声をかける。


「アクスライン。綾子さんと相談したいんだけど、ちょっとトリバレイに寄れないかな」

「……お気持ちお察ししますが、今は時間がありません。諦めてください」

「そうか……」


 相談といったが、正確には少し違う。


 先日、女の子らしく少々脆いところを見せた綾子を、戦場につれて行きたくない。というかあの子にはあんまり戦争の最前線とかに居てほしくない。


 俺一人で大丈夫だから安心して家で待っていてほしい、と伝えておきたかった。一人で大丈夫と言っても、どうせ全部アクスラインに任せるのだから大変もなにもないが。


 仕方ない。切り替えよう。今はプライベートよりも公人としての責務を果たす時だ。


「アクスライン、敵の数は分かっているのか」

「捕捉しきれてはおりませんが、二千人以上は侵入しつつあると斥候から報告がありました」

「ふーむ、まあ互角かちょい有利ってところか……それにしても、バルトリンデは兵が豊富だなあ。次から次へと、めっちゃ居るじゃん」


 先日の戦いも、その一つ前の侵攻もこちらが勝った。こっちだってダメージがないわけではないが、バルトリンデ軍には毎回全滅に近い打撃を与えている。


 それなのにまたしてもこちらと同規模の兵を向けてくるのはおかしい。


 ミッドランド王国のほうが土地はずっと広い。バルトリンデは人口比の兵士の割合が多いのだろうか。あいつら見るからに野蛮だし。


「湿潤な気候のバルトリンデは、麦よりも稲作を主にしておりますので」

「あー……それで土地あたりの人口が多いのかな。それでもこの動員は異常だけど」

「はい。どうやらそれに加えて、魔族がバルトリンデに手を貸している様子」

「!」


 魔族。魔物の中でもそれを統括するような、手強い奴らだ。文献でしか見たことがない。ボスキャラね。


「小鬼の奇襲がその一例です。人間以外を兵に加えることで、動員数を補っているのでしょう」


 まじでか。そんなインチキ、ありなのかよ。でもよく思い出せば、バルトリンデの方が魔物やそれに類する生き物の使い方が上手い。今回も兵の増強に使っていてもおかしくはあるまい。


 アクスラインいわく、魔物が人間に協力することは考えにくい。しかしそれを統括する上位の魔族と手を結べば、全くありえないことではない、とのこと。


「……うっかり兵数は向こうが多いことを覚悟したほうがいいな」

「同感に。では戦闘目的は」

「単独での撃破にあらず。女王陛下の第一軍やほかの軍の到着まで、敵の首都侵攻を防ぐこと。時間稼ぎを全軍に徹底させよ」

「承知いたしました。して、具体的な迎撃の作戦はどのようにいたしましょう?」

「うむ……ギラン大尉! こちらへ!」

「はっ!」


 馬を走らせながらもうひとりの将校を呼び出す。呼び出しに速やかに応じたギランが、その岩みたいな巨躯を馬に乗せたままこちらに寄ってきた。


 ギディオン・ギランもまた、こちらの指示をハイレベルにこなす優秀な軍人だ。体格も相まって実に信頼感がある。一つだけ心配だとすれば馬は大丈夫だろうか。常人の二倍くらい重いギランを乗せた馬は、抗議の目をこちらに向けている気がする。がんばれ。


 作戦の詳細をつめながら、俺達は迎撃地点へと行軍を急ぐ。


――


 雄大なウォルケノ山脈の南東麓。


 俺が普段根城にしているトリバレイとは反対側。女王陛下が不在のミッドランド首都を後ろに背負い、俺達はバルトリンデを待ち構える。


 峠の陰になってバルトリンデの動きはまだ読めない。が、今にも稜線から奴らが姿を見せてもおかしくない。


 迎え撃つはミッドランド軍総勢三千、うち二千九百が前方で陣を構え、残りの百を俺が率いている。ギラン大尉が心配そうに話しかけてきた。


「三津谷殿、もう一度お考え直しいただけませんか」

「え、何を」

「お守りする兵士が少なすぎます……! せめて千はお近くに置かなければ、万が一の際に応戦できません」

「えー……」


 ギランの指摘はもっともかもしれない。名目上は少将あつかいになっている俺は、率いてきた三千をそっくりそのまま指揮する権限がある。


 だが、それだとよくない。よくないっていうかそもそもそんなの出来ない。


 三千人って三千人だぞ。大半が自分より歳上の三千人、それにビシビシ指示を飛ばせるカリスマなんて俺には無いのだ。ほぼほぼ初陣で、そういうのをこなしながら勝利するのはアレキサンダーとかじゃないと無理ではないか。


 だが、俺にも出来ることがある。異世界で学んだいちばん重要な知識。出来るやつにやらせる、だ。考えた作戦はこうだ。


『先鋒:アクスライン、大将:アクスライン、参謀:アクスライン』


 これ。これが最強。次鋒あたりにギランを据えてもいいな。多分だいたい勝てる。


 ジグムント・アクスライン少佐は俺が留守にしている間も戦功凄まじく、結局なんにも指示しないのにアオタニ町を維持し続けている。


 不在がちな、そして居るときも大して指揮しない三津谷辺境伯に代わって『先鋒総大将』なんていう奇妙で非公式なあだ名を兵士たちから貰ったほどだ。そのあだ名が本職の少将を揶揄するところ少なくないのは、この際置いておこう。


 つまりアクスラインに任せておけばだいたいなんとかなるのだ。


 それなのに彼から動かせる兵を削ってどうする。百も引っこ抜いて多いくらいだ。


「と、いうわけだ。君も少佐の指示に従いなさい」

「で、ですが……」

「俺がここにいるのは、アクスラインの権限では判断を下せない規模の問題を、あいつの言うとおりに追認するためだ。今更戦術面でデカイ顔するつもりはないよ」

「……承知いたしました。ですが、決して無理はなさいませんよう」

「無理な時は逃げるからセーフ。大尉も頑張ってね」

「どうかお気をつけて。……メイフィールド少尉! しっかり閣下をお守りしろ。片時も目を離してはならん」

「はっ!」


 俺の隣にいた小柄な新米尉官が、何倍も体積が大きいギランから叱咤激励を受けて、慌てて敬礼しようとして兜で手を強打した。痛そう。


 若い。かなり若く色白、華奢で、童顔だ。少年といっても差し支えない。思わず俺はギランに顔を寄せた。


「おい、ギラン」

「はっ」

「ガキじゃないか。なんでガキを連れてくる。ミッドランドはそこまで兵に困っていないはずだ」

「……三津谷殿と同い歳です」

「マジ?」


 じろじろとメイフィールドを観察しても、同年代には思えない。


 なよなよと肩まで伸ばした栗毛色の髪。その肩は力自慢とは程遠い俺と比べても小さく、なんとも頼りない。まてよ考え方によっては、こいつをアクスラインの担当する最激戦区におかずにすむか。


 うむ、せっかく自由にしたアクスラインの足を引っ張るのも面白くない。こちらで引き取ろう。


「それに、メイフィールド家は名のある武門の家です。きっとお役に立ちます」

「マジで……見えねえ……」

「では、私はそろそろ部隊に戻ります。どうかお気をつけて」

「おう、じゃあね。死なないようにしなさい」

「はっ、閣下もどうかお気をつけて」


 何回目かわからないお気をつけて、を残してギランは率いる部隊へと馬を向ける。どんだけ心配されてんだ俺。頼りにならなさ加減は理解しているが。


「さてと、敵の到着までまだ余裕がありそうだな」

「……そうなのですか?」


 メイフィールドが不思議そうに首をかしげる。


 ふふん、このガキには威厳を保っておくか。がつんと一発、最近の勉強の成果を見せて格の違いを分からせよう。新米尉官と少将の”格”をな。


「ああ、メイフィールド君。戦の基本を押さえていれば簡単なことだよ。見たまえ、目の前に広がる峠を」

「峠……」

「あそこを越えてバルトリンデが攻め入ってくる以上、あそこに横陣を引くのがこちらの手筋。戦は高所を抑えたほうが勝つ!」

「基本的には、そうですね」

「だが、あの戦巧者のアクスラインがあそこに陣を構えるのに急がないということは、敵の到着まであと一日はあるってことなんだよ君ィ」

「……」

「ま、この分なら女王陛下の直属軍との合流のほうが早いかな」

「そうでしょうか」


 メイフィールドの栗色の大きな瞳が、峠をまっすぐ見据えている。先ほどまでのか弱い雰囲気は鳴りを潜め、眼差しは鋭い。


「小官はそうは考えません」

「何?」

「峠に陣を引かない。考えられる理由は二つ。一つ、陣の形成が間に合わないから」

「……あ。……で、でも――」

「ですが、これは神速を是とするアクスライン殿に似合いません。二つ、敵をこちらに誘い込み、敵方の背後を高所とすることで逃さないようにするため」

「……!」

「アクスライン殿は、ここで敵を根絶やしにするおつもりです。敵はすぐに来るでしょう」


 メイフィールドが鞘の口に手を当てるのと、敵国バルトリンデの陣太鼓が響くのは同時だった。


 第一軍の合流は間に合いそうになかった。

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