第四十八話:水晶と鉄のアオタニ
少々タイトルに手を加えました。わかりやすいタイトルを考えるのは難しいですね。
アオタニの町で城壁復旧作業の確認中、アクスラインが呆れ顔で俺の話を聞いていた。
先日いきなり取り乱して意気消沈した綾子。何とか励まして表向きは元気になったものの、悩みを抱えているのは明らかだ。解決したいところだけれど、下手に手を出すと爆発するという予感がある。
そこで、爆弾の解除方法を人生の先輩に相談しているというわけだ。綾子の名誉のために取り乱した様子はぼかして伏せたが、大筋を伝えてアクスラインに相談した次第である。助けて。
「それでさ、結局何を悩んでいるのかよく教えてくれなかったし、どうにか綾子さんの機嫌を取り戻したいわけだよ」
「……なるほど。お気の毒です」
「ホントだよ! 急に落ち込んだ上に、詳しく聞こうとすると怒り出すし。女の子ってのはどうしてこうも、ころころと機嫌が変わるのかね」
「お気の毒なのは……城ヶ辻殿の方です……」
「ん? あれ?」
アクスラインは呆れている。
レモネード色の長髪をかきあげ、額に手を当てて呆れているが、その対象は秋の天気みたいな様相を見せる綾子ではない。綾子ではなく、もしかして、もしかしなくても呆れている相手は……俺?
思わず自分を指差した俺の両肩を、がしっとアクスラインの大きな手が鷲掴む。バルトリンデの強兵がすくむ程の猛将の眼差しが、真剣に俺に注がれている。
「いいですか三津谷殿」
「ん……? んん……? な、なんだね少佐」
「明日帰宅する時は花を買っていきなさい」
「花」
「はい。それも一輪辺りのコストパフォマンスなど一切考えず、豪華なものをたくさん買いなさい」
「花、持っていけばいいの?」
「いや足りません。次に甘味を買います。これも金に糸目をつけてはいけません。クリームと砂糖をふんだんに使ったものをお買いなさい」
「クリーム」
「最後にもう一つ贈り物です。これは三津谷殿がご自身でお考えください。城ヶ辻殿に似合いそうな品です。金貨を天からばらまくようにお使いなさい」
「て、手持ちが足りるかな。うち、お小遣い制なんだよ……」
「小官がお貸しします。いいですか。金貨はこういうときに使うのです。しかし!」
「はいっ」
アクスラインの剣幕に思わず肩が跳ねる。
「しかしその後が肝心です。すべて贈った後は決して、自分の意見を押し付けず、短絡的に事態を要約せず」
「要約したら駄目なの?」
「いけません! 要するにとか、結局はとか、絶対に言わないように」
「はい」
「そして城ヶ辻殿が話し終えて満足するまで、お側に居なさい」
「……何分くらい?」
「何時間でもです」
「要するに一緒に居て慰めればいいだけか」
「それ! その要するに、が女性にはいかんのです!」
アクスラインの助言は支離滅裂だったが、しかし不思議と従う力強さがあった。なんか本人の経験則っぽい。
手持ちを確認する。今まで貰ったお小遣いの金貨二枚。
アクスラインが言っている品はこれだと足りないのだろうな、と直感する。ギラン大尉にも借りよう。
「わ、分かった。そうする」
「結構」
一息ついてアクスラインが話題を変える。
「さて……三津谷殿に早くお戻りいただくためにも、このアオタニ町の定時報告は手早く済ませましょうか」
「ああ。ま、アクスラインがよろしくやってくれ。全部任せているからそれでいいんだけど」
「そういう訳にも行きません。事業の内容はお耳に入れておいていただかないと」
今度はくすりと笑い混じりに呆れたアクスラインが、城壁の上から手を指して城下を説明してくれる。
事業。そう、いまアクスラインは事業と言ったな。防備でも準備でもなく、事業。
「何か金儲けでもするのかい」
「……! こ、これは恐れ入りました。すべてお察しの上でしたら、わざわざお時間を頂く必要もありません」
「いや、当でずっぽうで言っただけだから説明して欲しいな……」
この若い少佐はどうも、俺のことを異常に過大評価しているきらいがある。
なんでかな。全部任せるのも度量が大きいからとか好意的に解釈しているが、アオタニ町の運営まで手が回らないからということは黙っておこう。
「このアオタニの町の城壁。前回は迂闊にも崩される一歩手前まで行きましたが、修復は完了しております」
「おお、お疲れさまです。少佐」
「はっ、そこで余った工兵や現地雇いの人員を、今は採掘事業へと回しているのです」
「ほほう、採掘。ふーん。あ、綾子さんからアオタニの概要貰っていたんだった。えっと……産業は一級の水晶と、二級の鉄鉱石」
「はい。南と東にそれぞれ、採掘場があります。特に水晶の質は大陸一二を争います。これへの設備投資も完了しました」
相変わらず仕事が早い。この男やはり町一つくらい軽々と治める器量があるな。
戦時の今は武官として活躍しているが、平時になった時のために覚えておこう。あれ、でも、
「いいのかな。ここってもともとはバルトリンデ国の町だろう。地の利は向こうにあるんだ」
不謹慎だけど取り返される危険もある。不安定な土地への投資はリスクが大きい。
「そんなところに投資して大丈夫?」
「そういう考え方もできます。が、小官としてはここの上質な水晶を、敵に取り返される前に掘り尽くしてしまおうと考えます」
「はえー……なるほど」
拠点を奪い、資源を奪う。そういう考え方もあるのか。交易で生きていくと決めたトリバレイの方針にも合致している。
ん、まてよ。似たような歴史を元の世界で学んだことがあるな。それもそれほど遡らない浅い昔――
「水晶の件、そのまま進めてください」
「お任せあれ!」
「それともう一つ、鉄も掘っちゃおう」
「は、ですが……こちらのアオタニ鉱よりもずっと良質な鉄がトリバレイ近郊では採れますが……山脈近くですから」
「いや、いいんだ。たとえ先に掘る方の質が悪くても、敢えて自分の本拠地の資源は温存する方が良い」
「……なるほど」
資源を横取りすることを拡張した戦略。自分の手持ちを温存するというのは、アメリカ大先生がよくやっていたことだ。
さらに鉄も掘る理由がもう一つ。水晶では日用品にしかならないからな。水晶は別口で、エルフ製の香水を詰める瓶細工にでも使おう。
「さらに、鉄の採掘と軍備への加工・鋳造は、編入した現地人にやらせなさい」
「その狙いは?」
「元バルトリンデ人に作業を細かく分担させて、ミッドランド国軍の装備を作らせる。歩兵ではなく騎兵が主に使うような装備を」
「……!」
「そうすればこの地域の主要産業は”ミッドランド軍事産業”になる。ミッドランドなくしては食えない、ミッドランドのおかげで栄える町が出来る。五年もすれば裏切りたくても裏切れなくなる」
支配地域の産業を一つまたは少数、それも食料ではないものに絞るのも歴史が教えてくれる。本当、欧米諸国先輩方の考える鬼畜所業には頭が上がらないな。
あんまりやりすぎると暴動が起きるのでほどほどにしておこう。
「と、まあ基本方針はそんなところで、あとは女子供が泣かないように少佐が取り計らってください」
「はっ、これは普通に占領地を治めるよりも手強そうですな。城ヶ辻殿のお考えで?」
「……? いや、ちょうど今思いついたところ」
「そうですか。三津谷殿はなんといいますか、戦術はからっきしですが――」
ひどい。真実ではあるが。
「戦略や政略のことですと城ヶ辻殿以上に鋭い、と。小官は考えます」
「ま、社会科は得意だったからね」
「社会科……?」
おっと、こいつはこの世界にはまだないフレーズだったか。はて、とアクスラインが首を捻っている。その辺の翻訳は転移時にどうなっているのか不思議なもんだ。
そして俺はもう一つ不思議に思っていた。
元の世界では、実務的に何をやってもイマイチだった俺。この世界に来ても一人で四苦八苦していた時は、イマイチを通り越して行き倒れ寸前だった。
しかし、今は運良く辺境伯という立場を得て、立場が上がったはずなのにむしろ活躍の機会が増えている。人にはそれぞれ見合った肩書があるということか。
そしてそれは過大だと破綻するのと同じくらい、過小だと人材が機能しなくなる。綾子、佳苗、佑香、アクスライン、ギラン……俺は彼ら彼女らの器に見合った肩書を与えられているだろうか。
いや、きっと足りない。きっと綾子ならば、俺なんかが邪魔をしないほうがずっとずっと……、そうだ、もう少し落ち着いたら――
そう思案の海に沈んでいた俺は、アクスラインの緊迫した声に引き戻された。
「三津谷殿……! 緊急の連絡が入りました」
「んあ、あ、はい。なんですか少佐」
「南東の戦線でアリシア女王陛下の第一軍がバルトリンデ軍を撃破、大勝」
「は、そりゃそうだ。あの人に勝てるやつなんか――」
「しかし、翌日未明、バルトリンデの大軍が戦線の北端を迂回、突破。首都への侵攻を開始」
「!」
「第七軍はこれに対処せよ、以上」
綾子への贈り物を買うのは、今日のところは難しそうだ。愛馬にまたがり、俺達は東へ急進した。




