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第四十七話:国造り

 綾子の指摘は意外なものだった。


 法律の専門家ユースティティア・アン・クローデル、財政の専門家バーナード・フェルトン。この二人を派遣してくれるのはいい。いいことづくめだ。


 しかし、いいことが過ぎるのではないか。


「これではこのトリバレイの町が発展しすぎます。それも軍事的な供給基地ではなく、一つの経済圏として」


 健全な裁判と健全な税制度。二人の加入はこの、経済に必要な二つを確立するだろう。


 そうなれば今は自治レベルで行われている商取引が、法秩序に則ったものになる。物々交換は陳腐化し、紙切れ一枚が人生よりも重い価値を持つだろう。


 それは経済圏の桁違いの発展を意味する。いいことじゃん。


「城ヶ辻殿おっしゃることはごもっとも。そして真にお聞きしたいこともあるでしょう」

「はい閣下。これでは国が出来上がります。一有力者レベルの領地ではなく、ミッドランドから独立しうる秩序と経済が出来るでしょう」

「そうなりますね」

「女王陛下がそれを、まさかお望みなわけはないでしょう」


 なるほどね。地方自治体の独立。この世界のように貴族階級が色濃く残る社会ではまったく無いことはない。


 が、それをアリシア女王陛下が進んで行うのは理屈に合わん。何か裏があるのでは、と綾子は疑っている。..


「と、いうか前から疑問だったんですよね。七百年以上続くミッドランド王国は、時々領地の有力者を進んで独立させます。絶対君主制のくせに。しかもそれで結構うまくいっている」

「ドランスフィールド家、ミルナモルド家、ドワーフ自治領……いくつか実例がありますな」


 こくりと頷いたストライテンはカップに口をつけて間を開けた。


「ミッドランド国土は広大です。気候や人種も違う。これを一つの法で縛るのは無理が生じます」

「だから独立させる? うーん……世界の違いかな。イメージしにくいね、三津谷くん」

「占領先の自治を認めるのは植民地支配とかでよくあるけど……中央がガタついたら怖いね」

「そのガタつきを許さないからこそミッドランドは巨大で、そして機敏な強国なのです。ある意味、女王陛下お一人の威光の為せるものです」


 王家のカリスマによほど自信がないと破綻するだろう。ただ、肥大化しすぎた組織を整理できるというメリットがある。即応性も与えやすい。


「女王陛下は聡明なお方です。独立による痛手は承知の上。無論、利点があるとお考えです」

「利点?」

「あなた方の領地運営は素晴らしい。これを従来の枠組みに組み込まず、独自に成長させて優良な交易相手の確保を目論んでいます。もちろん、トリバレイの北とも」

「ふん、あのおん――女王陛下も、なかなか銭を知っているようね」


 なるほどね。アリシアの狙いも交易か。ミッドランドの現行制度ではエルフとの外交を確立していないし、それを一から作ろうとしても障害が大きい。


 俺たちを窓口にして、エルフ・ミッドランド間の巨額な取引を成立させるつもりか。


 っていうかエルフ相手にこっそりお金稼いでるのバレてるし。報告を上げているのはストライテンか、それとも他の諜報担当か。生真面目そうなアリシア女王陛下も、搦手が不得意というわけではなさそうだ。


「ま、貰えるものは貰っておくか。三津谷くんはどう思う?」

「うん、陛下のお考えに甘えよう。どうせ俺たちの抱える人口では取引規模が少ない。ミッドランドの人口はどうしても要る。よね?」

「ん」


 頷いた綾子の顔は、どこかいつもよりも冴えないものだった。


 その沈み気味な様子に気付いたのは俺だけのようだった。


――


 ストライテン、ユースティティア、フェルトンの三人を見送る。


 後の二人については、今日のところは仮設テントに泊まってもらうが、いずれこの城に住み込んでもらうことになるだろう。


「国、国か……」


 ドタバタした会談だったけれど、今日の顔合わせは見た目以上に有意義なものだったように思える。綾子の言うように、ただの商業都市ではなく一つの国家としての骨組みがおぼろげに見えてきた。


『国務:城ヶ辻綾子

 内務:**

 財務:バーナード・フェルトン

 軍務:ジェイコブ・ストライテン

 法務:ユースティティア・アン・クローデル』

『宗主国:ミッドランド王国

 友好国:エルフ国

 敵対国:バルトリンデ国』


 現状の仮”トリバレイ国”の内外をまとめるとこんな感じか。


 財務についてはフェルトンに専任してみよう。ユースティティアのことをエリートとか言っていたが、彼も経済関連の学問を優秀な成績で卒業した人材。卒業論文の『ミッドランド周辺経済圏の流通における魔術移動補助効果の定量的分離』は努力だけで仕上げるのは不可能だ。


 今のところ内務の役職が空いている。治安維持については駐留部隊に任せているのが現状。これにアクスラインやギランを据えて専念させるのもいいが、軍人として優秀な彼らを引き立てるのはもったいない気もする。


 ひとまずは俺が代わるとして、他にも省庁のポストを挙げるとしたら、建築関連と魔法関連ってところかな。魔法分野は佳苗に頼むのが手筋か。


 陣営については当然暫定。ミッドランド、エルフともに関係は非常に良好。バルトリンデとは改善のきっかけすらなし――


「って感じだと思うんだけど」

「……ん」

「綾子さん。おーい綾子さん、聞いている?」

「あ、ああ、うん。国づくり」

「町づくりをしていたと思ったら一気にハードル上がったよね」


 俺が現状をメモした紙を、綾子がぼんやりと眺めている。


 らしくないな。創造性に満ちた彼女のことだ。いつもならば俺が書いたことの百倍くらいはアイデアを噴出させているはずだが。


「さっきからなんだが元気ないけど……どこか具合悪い?」

「ん、別に……」

「綾子さん。何か悩みがあるならさ――」

「……三津谷はさ、私がここに町を立てる時に言ったこと覚えてる?」

「え? んー、エルフ相手にじゃぶじゃぶ稼ぐよ」

「言った。けどそれじゃなく」

「えーっと、庶民どもを見下ろすために高いところに建てよう」

「それでもない」

「んー……?」


 なんだろう。この女、悪巧みばっかりしていたから心当たりが多すぎる。


「国をつくる、って言ったの覚えてる?」

「あ、言ってた。言ってたね、そういえば。なるほど、この展開も綾子さんの読みどおりってわけだ」

「……ん」


 元気ないな。今日の話はいい事ずくめじゃないか。綾子が元気ないと俺が困る。


 機嫌を取るために甘味でも買ってくるか。と腰を上げたところで綾子が重い口調で続ける。


「だからさ、このトリバレイで国を作るっていうのは私のアイデアなわけ」

「そうだな」

「あの女の……アリシア・ミッドランドのアイデアは二番煎じなわけ。私が、私が最初に思いついたんだよ」

「つまり……綾子さん超凄い?」

「違う」


 また違う。今日の綾子は中々正解をさせてくれないな。


「そうじゃなくて、あの女が居なくても私がやってあげたってこと」

「国を作るのを」

「み、三津谷くんを王様にするのを」

「……?」


 俺がトリバレイの王? それは役者不足もいいところだ。むしろそれは綾子の役割だろう。俺と彼女では器が違いすぎる。


 だがそんなわかりきったことが提案出来なかった。


 何が琴線に触れたのか堰を切ったように綾子の口調が乱れる。前髪をかきむしり、その様子は焦燥感すらある。


「私が……私だってできたのに。三津谷くんを、世界で一番の……そうすれば、そうすれば最初から……」

「綾子さん、ちょっと落ち着いて……」

「最初から、やり直せたのに……三津谷は優しいから……ちゃんと償えればチャンスだったのに……」

「あ、綾子さん。俺、俺……」

「あの女、ズルい! 自分は失点していないくせに……自分だけ、自分だけ……」


 綾子がなぜ昼も夜もトリバレイの発展に尽力しているのか。傍から見ていてその奮闘ぶりは半端ではない。


 常軌を逸していると言っていい。「お金を稼ぐのが好きなのかな」くらいに間抜けに考えて、こうも一生懸命務める綾子の心情を、この時の俺はまだ良くわかっていなかった。


 あとになって思えばもっと、ずっとずっと簡単に綾子の心を落ち着かせるフレーズは転がっているのだが。綾子の震える肩を抑えて、大変お恥ずかしいことにこんなことしか言えなかった。


「俺頑張るよ。トリバレイの王様でもなんでも、綾子さん言うとおりに全部頑張る。だからいっぱい頼ってくれ」

「ん……ん……三津谷……、私も頑張る。頑張るよ」


 女心のわからない馬鹿を相手にしたせいで、綾子の願いが叶うのはもう少し先のことになる。

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