第四十六話:これにて閉廷
論破されたら拳で殴ればいい。
そうミッドランドの法学科では教えているのだろうか。顔真っ赤にして涙をたっぷり貯めたユースティティアが、綾子ではなく俺に怒りを向けてきた。八つ当たりだ。
怒りで髪が帯びる青みは濃くなり、そしてふわふわと浮かび上がっている。
「三津谷、葉介……!」
「ちょうこわい」
「なかなかの手練のようだな」
肩の上でとぐろを巻いている白蛇次郎三郎は呑気なものだ。こっちは命の危機だぞ。
やっかいなことに、革命スキルの発動がギリギリだ。ギリギリNGだ。視界で微妙に灯ったかと思えば、すぐに消えてしまう。それでもユースティティアの実力は若さに見合わない素晴らしいものであるが、俺にとっては相性最悪である。
スキルが効かない中で一番実力差が大きいのだから。あと一年、いや三ヶ月成長してから来てほしかった。
「こっ、こっ、この屈辱……敢えて書類の回覧を止めるその妨害、怠慢……許しません!」
「すげー怒ってる。もうちょっと冷静な第一印象だったのに」
法律家。法を司る者。委員長。そういうフレーズからはかけ離れているようだ。ジャンプキャラみたいにオーラが噴出している。
「クローデル嬢は飛び級で法務官に就くくらいだから優秀だし、自律心は鍛えられているさ」
「フェルトンさん」
「でもいかんせんまだ若いからな。たしか十四になったばかりだ。感情が爆発することもあるのさね」
「生まれつきは感情苛烈な気質のようだな」
フェルトンと次郎三郎が、第三者の立場を崩さず批評する。おのれ。厄介事には関わらないつもりか。
さっきの綾子ユースティティアとの舌戦と同じように、高みの見物を決め込むらしい。
やむを得ん、ここはまたハッタリで行くか。というか俺の手札はゼロに近いので、それくらいしか打てる手はない。流石にアンサラーで刺し殺すわけにも行かないし。
「ま、待ち給えユースティティアくん」
「……! いまさら命乞いしても、遅い……!」
緊急速報、命のやり取りだった。切迫し過ぎである。
一、議論→二、殺し合いというステップの少なさにおののきつつ、俺は自分を大きく見せることに専念した。
「火葬竜の噴火、ミシャクジの氾濫、それを抑えたのが誰か、知らないわけではあるまい」
「……!」
「法律上の議論ならいざしらず、戦闘なら君程度に遅れを取る俺ではないよ。それでもやるかい?」
「……甘いですね、三津谷葉介。私の能力を教えて差し上げましょう」
かろん
とユースティティアは天秤を差し出して告げる。こいつやっぱり戦闘経験が浅いな。自分から能力を公開してくれるとは。そういうことすると綾子に叱られるんだぞ。俺は叱られた。
それにしてもまずいな。どんな能力だろうとこいつを強化することに変わりはあるまい。ますます勝算がなくなる。まーどうせ勝てないのは変わりないかと諦めて、見栄を張ることに専念。眺めることにした。
かろろん
とユースティティアが手にしている秤を高く掲げる。その美貌と威容は、天から裁きを下しに来た天使のようだ。
「我が能力は……『天秤』!」
「むむっ」
「私が念じた二つのものを強制的に”つり合わせる”能力です。そう、お互いの魔力や実力すらも。この意味がおわかりですね」
「……?」
「……………………ふっ、ふふ」
一拍置いて状況を把握した綾子が、背後で笑うのをこらえている。いや、こらえきれていないな。こらえきれず噴き出している。
ティティちゃん、マジでか。
「つまり! 天災クラスの魔物を屠るあなたですら、私と魔力がつり合ってしまうということ!」
「はい」
「その後は鍛え上げた法学科流拳術でボコって終わりです! 覚悟なさい!」
「はい」
「能力、発動ッ!」
かろろろろ……
と微かな余韻を残して、ユースティティアの手にある秤がつり合った。左右ともに何も載っていないので当然ではあるが、ユースティティアがオーバーアクションで掲げた割に、極めて短時間で揺れは収まる。
自信満々のユースティティアの表情は、
しかし三秒後には脆くも崩れ去っていた。
「ぐっ……ば、ばかな……なんですかこの体の重さは……!?」
「ふっ、どうやら策に溺れたか。”格”が違いすぎたようだな」
「な、に……?」
「俺の魔力は成長した竜種の鱗すら容易く貫く。それほどに高純度の魔力、常人では背負いきれまい」
「しまった……っ」
「三津谷よ、卿は魔力を吸い取っただけのようだが――ぐむ」
肩でネタバラししやがった白蛇の顎を慌てて塞ぐ。
危ない、耳元での囁きで助かった。
膝をかくかくさせて、権杖頼りに立つのに必死なユースティティアからは聞こえなかったらしい。
そんなに? 二人で平均するとそんなに辛い? どんだけ冷遇されているんだ、俺のステータス。悲しい。
『対象:ユースティティア・アン・クローデル
対象不可 ※実力差が少なすぎます』
辛そうなユースティティアに比べ、こちらは非常に体が軽い。半分こぼしてしまったコップと、半分注いでもらったコップ。状態は同じでも心持ちは全く違う。
ましてや、こちらはさらにこっそり継ぎ足しているから尚更だ。
「もうちょい、もうちょい魔力を回せ、次郎三郎」
「二人で均されるのなら、少し渡せば十分のはずだが」
「一撃でばちこん決めて分からせるんだよ。このガキ、法学以外は正直者ではったりに弱いと見た……おや、辛そうだなユースティティア」
「ありえない……そちらのほうの魔力がさらに多く……!」
「ん? ちょっと力を込めただけだよ。もっと欲しいかね」
「う……う……これ以上は……抱えきれません……っ。私の天秤が、こんな敗れ方を……」
ついに杖を取り落してへたり込んだユースティティア。絶望の表情を浮かべている。ちょっと怖がらせすぎたな。ガキ相手にやり過ぎた。
「ふっ、君の素質なら、いつか背負い切ることも出来るだろう。もう少し精進してからまた来なさい」
「ほ、本当ですか、三津谷葉介」
「ああ、””上””で待ってるぞ」
ユースティティアのつるつる広めな額に指を据え、ぱちんとデコピン一つ。
白蛇の分インチキした当然の帰結で、おデコの防御は打ち破られ、若き法務官は仰向けに倒れた。
「お見事……です」
「完全勝利ッ!」
――
ユースティティア・アン・クローデル法務官が済まなそうにカップに口をつける。
ぶっ倒れた彼女を運び、トリバレイ城の応接間へ。目が覚めてから、意気消沈した彼女に罪状一つ一つの冤罪を説明してようやく騒動は収まった。ストライテンやフェルトンを交えて、仲直りのお茶会である。
「すみませんでした、三津谷葉介。どうも私の調査不足だったようで……」
「新領地に新領主だから、情報不足も仕方ないさ。それにうちの綾子さんが、ずいぶんギリギリを攻めた予算計上したのは事実だし。あれギリギリアウトじゃない?」
「ギリギリ合法だよ」
二百年前の前例を引っ張り出してきたり、バルトリンデとの境界線解釈が強引だったり。綾子はかなりやりたい放題やって、中央から通常の二倍近い補助金をせしめている。
それでも予算は足りないくらいだからありがたいのだが、正義感に満ちたユースティティアが目をつけるのも仕方ない。
そのユースティティアが、広めのデコを抱えて悩んでいる。しおらしくしていれば普通に可愛い年下の娘だ。ちょっと妹みたいで可愛らしい。
「うう、またやってしまいました……私、どうも法学科の頃から思い込みが激しい質でして……」
「熱心でいいじゃないか。ほら、君の紹介状にも書いてある。学業優秀。お、学年首席。正義と規律を重んじる有望な法務官」
「……そんなの、他所向きに褒めているだけで……事実、中央からこんな僻地に派遣されたのは私だけ。女王陛下にとって私はご不要なのでしょうか……」
「うーん」
躁鬱の気があるね。それと空気を読むのも不得意。
領主の前でその土地を僻地とか言わないように。とは言えガキなんだから、そういうのはそのうち矯正すればいいさ。それまで縛り首はやめてね。
「俺が陛下のお立場だったら、新しい領地に無能者は向かわせないけどなあ」
「……そうでしょうか」
「しかも若いってことは、任務を長く任せたいってことじゃない。そんな任務が不要なわけないよね」
「……いいことを言いますね、三津谷葉介……! よ、よし、私、がんばります!」
躁鬱の躁やね。
ま、取り急ぎ無能ではないわけだ。手綱を握って、暴走しないようにしつつ存分に活躍してもらおう。
「じゃ、これからよろしく、ユースティティア」
「はい! 頑張ります! み、三津谷葉介はなかなかいい奴だったのですね」
躁過ぎて悪い奴にコロッと騙されないように。気を付けたまえ。
「それじゃあこのトリバレイで、法律関係の業務と権限は全部任せます。ちょうど法律の専門家が居なかったんだよね~」
「はい! ……はい? え、全部? いいんですか?」
「待った」
いーのいーの、と了承しようとしたところで、トリバレイ共同経営者からストップがかかった。
綾子は俺の権限移譲を差し止め、しかし彼女が疑問を投げかける相手は俺でもユースティティアでもなかった。
「基本的には賛成。優秀そうだし、熱意もありそうだし。でもその前に一つご確認しておきたいのです、中将閣下」
「……ふむ……」
「もちろん。閣下でもなく、確認したいのはあのおん――女王陛下のお考えです」
心得顔で問う綾子と、うなずくストライテン、そしてフェルトン。
どうやらよく分かっていないのは俺達だけらしいぞ、ティティちゃん。
キョロキョロと見回すユースティティアを眺めていると、お仲間が増えたみたいで嬉しかった。.




