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第四十五話:舌戦

 ユースティティアの弾劾の眼差しが俺を突き刺す。


 法律違反。犯罪。弾劾。地位剥奪。クビ。そして縛り首。様々な不穏フレーズが脳裏をよぎる。


「罪状その一、特権地位を濫用した公的資金の過大投入。懲役、悪質な場合は極刑」

「極ぅ?!」

「罪状その二、敵国バルトリンデ産の邪悪な蛇を秘密裏に保護。懲役または極刑」

「余は邪悪ではないのだが」

「罪状その三、兵役への不参加。極めて悪質なため辺境伯の地位を剥奪、除名の後、懲役刑」

「あわわわわわ……」


 若き法務官が次々に罪状を挙げていく。さっきから罰が重すぎる。俺はカチカチと震える顎に指をあて、虚勢を取り繕う。


「き、君ィ、ユースティティアとかいったかね……」

「なんです。まだありますよ」

「君はずいぶん若いし、しかもヒラの法務官と見える。それに対して私はこのトリバレイを預かる辺境伯で、軍制上は少将だぞう」

「はぁ」

「も、も、もうちょっと口の聞き方に気をつけたほうが、ねぇ……」

「うわ、三津谷ちっちゃいなあ」

「見損なったぞ三津谷よ」

「綾子と次郎三郎は静かに」


 脅しである。


 基本的に、非常に小心で器がちっちゃい俺は割と権力を笠に着る。実力がないものの常套手段だ。アクスラインの部下とかは、これで結構言うことを聞くのだが……


「はん」


 ユースティティアから返ってきたのは、高めで形の整った鼻を鳴らすことだけだった。


「元辺境伯」

「な、なんだね、まだ剥奪しないでくれたまえ」

「なにか勘違いしているようですけれど、私は王都にて法を司る身。その責任と命令系統はすべて、女王陛下直属です。たかが辺境伯程度が口を挟める業務ではありません」

「な、な、な……?」

「また、軍制上のお立場はこの際全く関係ありません」

「え、いや、憲兵とかさ……」

「それは軍内部のお話でしょう。法務省と軍務省の垣根を超えるなら、まず法務大臣の許可をお取りいただかないと」

「……? ……??」

「まったく、これだから貴族系の高級士官は。ご自身の権力が際限なく広がっていると勘違いしがちで困りますね」

「……あ、あ、わ?」


 舌の回転数が違いすぎる。こっちは一秒間に一文字がやっとなのに。向こうは癇癪女(スピットファイア)のプロペラみたいに回っていやがる。


 俺に残された道は、


「あ、あ、綾子さぁァん!」


 頼りになる人に泣きつくことだった。肩の白蛇がいつもより長めに朱舌を出して呆れている。


「弱いなー三津谷は。年下の子にこてんぱんじゃない」

「こ、こ、この子がイジメる! 変なこと言う! し、縛り……」

「三津谷よ……余は悲しい」

「はいはい、私が居ないと駄目ですねー?」

「だ、だめ、だめだ! 助けて、極刑、縛り首になる……!」

「むっ、城ヶ辻綾子」


 クソ雑魚辺境伯を一人仕留めたユースティティアは、勢いそのままに、ギラリともう一人の獲物へと刃のような視線を向けた。


 俺が受ければ刺し身のツマみたいに細切れになるその一睨みを、綾子は堂々と受けて揺らがない。さらりと黒髪かきあげる動作が頼もしい。綾子さんカッコいいヤッター! 一生ついていこう。


「法務官殿」

「なんでしょうか。あなたには三津谷葉介への共犯の容疑が――」

「罪状一から潰していきましょうか」

「……なんですって」

「公的資金の過大投入。私が管轄している以上、ビタ一文基準を上回ることはありえません」

「虚偽の供述ですね。戦時辺境運営の基準に対して百七十八パーセント! 明らかに莫大な予算オーバーです」

「王国歴七二五年、南の戦線で新たに領地を得たドランスフィールド伯爵家に報いるため、戦時特例として二割増しの補助金が出ていますね」

「……む」

「七三二年、トッド家、ミルナモルド家に南東の戦線でも三.三割増し。それぞれの家格が同等ということから考えても、補助金増額は新領地の面積に基づきます。それから算出すると、我々は四割増しで中央から補助を頂いても問題ありません」

「馬鹿な、このトリバレイの半島はそこまで広くない!」

「お忘れですか。かの火葬竜の影響で海岸線は膨張しています。もうそれくらいにはなっているかな」


 想定外に手強い敵の出現に、ユースティティアがひるむ。


「……だ、だが、判例に基づくと、補助金の額が決まるのは女王陛下からの領地下賜の時点。それ以降の膨張は算入しません」

「それは七三三年の大攻勢からも明らかかと」

「む、む、お詳しい。なら、あなた達がここを賜った時点の海岸線から算出すると、もっと金額は小さくなるはず……」

「おや、その時点の地形ですと、王都には記録がありませんね。証人もそう居は――ああ、一人適任が居ました。三津谷葉介。竜の背から見ているはずなので、聞いてみたらどうでしょう」

「くっ……!本人が証人になれるわけが……」

「ありますよね。うちで保管している測量調査の記録、出しましょうか。まぁ内容も署名も私かあの男ですけれど」

「……今、国家の重要気密書類の改ざんを示唆しましたね!」

「あら、そう聞こえます?」


 おお……、押している。何か難しいことを言っているので口は挟めないが、一先ず劣勢を押し返している。


 海岸線の形を聞かれたらこう答えなさい、と耳打ちをしてくる綾子。正面から発言を取るほど馬鹿ではないユースティティア。二人の女性がバチバチやりあっている。


「俺は綾子さんに一本」

「余もそうしよう」

「中将と財務官は?」

「どうも一枚上手のご様子。城ヶ辻殿で」

「クローデル嬢もまだ若いからな……こりゃ賭場はお流れだ」


 いい見世物みたいに眺める男どもとは反対に、女性陣の舌戦はヒートアップしていく。個人的にはもう少し観戦した後、飛び火しないように逃げ出すことにした。他の者も同意見のようだ。


「で・す・が、仮に四割増しの補助金を認めたとしましょう」

「四割増しを認めた今の発言、法務官として記録に残してくださいね」

「仮にです! 仮に四割増しとして、残りの三十八パーセントのはみ出しはどうするおつもりか!」

「ミシャクジ川の氾濫と治水。これに対する領地補助で十パーセント。前例、王国歴六九八年、以降慣例化済み」

「残り二十八!」

「川の両岸に砦の建設。五かける二で十パーセント。前例、六八八年、六七二年、六……」

「隣接して二つも砦を……工兵との癒着が新罪状ですね」

「戦術論は専門外のようだね。そこの中将閣下にご教授頂きなさい。ちなみにこれ、閣下の助言だけど」

「く、う……」


 なんか助かりそうだ。


 寒かった首元をさすり、フェルトン財務官にユースティティアの人柄を聞く。いわく優秀で忠実だが、規則に厳しすぎるゆえに敵も多い。上手く使ってやってほしいとのこと。


 初手で極刑にしてくる部下を、どううまく使うのか老練なストライテンあたりにご指南賜わりたいところだ。是非に。


「ツメが甘かったようですね! アオタニ町の追加予算、申請されていませんよ! ほら、残り一パーセントをどうするおつもりです!」

「まぁ、三パーセント未満なら慣例的に許されているけどね」

「慣例が許しても私が許しません!」

「法律家としてメチャクチャ言ってる……うーん、おかしいなあ。追加予算の回覧はアクスライン少佐から回ってきていたはずだけど……三津谷くん、あれどうなったっけ?」


 回覧……? ん? ……。


 あ。


 がさごそと脇に挟んだ書類の束から、一枚の追加予算案の紙を抜き出す。これじゃん。やばい。回してない。嫌な汗が吹き出る。


「あの、すみません……その書類、これかも……」

「……! な、な、なんで、回覧していないんですか、三津谷葉介……!」

「あら、やっちゃったね三津谷くん。回ってきたの三日前。あーあーこれは縛り首かな。はい、最期に一言」

「……あっ、あっ、あやこしゃん……おれ、君に会えてよかっ――」

「な、なんてね。城壁の修繕だから軍部内の管轄。佐官級の申請と将官級の承認で、この金額の案件なら問題なし。ですね、法務官殿?」

「ううっ、くうっ……三津谷、三津谷、三津谷葉介……!」


 綾子に勝てないと察したのか。そしてやっぱり負けず嫌いのガキなのか。ユースティティアの逆る魔力がこちらに向けられていた。

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