第四十三話:城ヶ辻綾子
だいぶ形になってきた。
と教鞭を取りながらしみじみ思う。ようやくここまで来た。
「じゃ、前回の復習からするよ」
「はい先生!」
「元気があってよろしい。で、前回の最後にやったこの幾何問題、三津谷に解けるかなー?」
「むむむ」
「……元気がなくなるのが早いなあ」
三津谷葉介の戦力はだいぶだいぶ良くなってきた。出会った頃に比べれば、まさに天と地の差だ。
町づくりという理由で土木作業を毎日やらせた。筋肉痛で嫌な顔をしていたけれど、どうせ嫌われているのだから構わない。キリキリ力仕事をさせたおかげで体つきがしっかりしてきた。
正直かなりカッコいいので、見た目ばかり気にするような変な女に引っかからないか、それだけが懸念点である。
佳苗や佑香あたりを選ぶといい。少なくともエルフどもに独占させるのだけは嫌だ。エルフに対抗するために、彼の元へ転移人の女子を集めている面もあるのだ。後は……他の子に夢中になってくれれば、その子の友人としてずっと側に居られる、とか。我ながら遠回りな性格になったものだ。
そんなことを考えながら、私は教鞭で彼の頭を叩く。ぺしぺしと。ちっちゃくて叩きやすいなあ。
「つまりね、一言で魔法と言っても人には得意不得意があるってこと」
「ふむふむ……得意不得意……」
「私の魔力は黒色だけど、三津谷くんは火か水でしょ。それを理解して修行するべき」
「なーるほどー」
「で、こっちの魔法陣幾何の話に戻るね」
「な、なるほどお……」
間抜け面。
うんうんと頷いているが本当に理解しているのだろうか。前も同じようなことを教えただろう。まったく頭の回転の鈍い男だ。
これくらいの初歩、私や佳苗や佑香なら教えられるまでもなく理解していた。でも一生懸命聞いてくれるので何時間でも話せる。全部教えよう。
力仕事で鍛えた筋力に加えて、私が魔法を教えてあげることで彼の戦力アップになる。そしてこの魔法指南でさらに一ポイント。
「じゃ、誰でも使える魔法ってないんだ」
「そうでもないよ」
「あれ? そうなの?」
「例えば魔力を放出して空を飛んだり、肉体を強化したりは、魔法の訓練さえしていれば誰でもOK」
「あっ、そっかそっか」
「……単独で空を飛ぶには相当訓練が必要だからね」
『誰でも飛べる!』
といそいそとメモしてどうするつもりなのだろう。このおバカ。この世界では紙はまだ貴重なのだから、落書きには使わないで欲しい。
戦力アップといえば、最近は剣術も少々ましになってきた。初陣を終えてきたこの男は、はっきり言ってマジヤバイ――のは佑香の言い過ぎだが。でも頼りがいと貫禄が出ていて驚いた。
しかも、兜首をとったときの経験を剣術に活かせるようになったらしい。革命スキルでどんどん経験を積めば、もしかしたら一流の剣士になるかもしれない。
戦闘経験は多ければ多いほどいい。四歳の時に剣道は極めたので、木刀同士でコテンパンにしてあげた。はい一ポイント追加。
「それに、火の玉くらいなら私でも打てるけどね。別系統でも初級魔法なら簡単」
「へええ……」
「大して複雑な術式じゃないから」
「じゃあ逆に、ほとんどの人が使えない魔法とかもあるってことかな」
「そうだね。一族門外不出とか。他には、人間には使えずに、魔族にだけ使えるっていうズルい魔法もあるよ」
「確かにズルいなあ」
「例えば相手を即死させる魔法だとか、相手を強引に場所移動させる魔法だとか」
「……怖」
「おとぎ話の中だけだけどね。いわゆる神話の魔法ってこと。今はないよ」
……多分。と含みを残すと、目の前の男は震え上がった。平時では怖がりで軟弱な男だ。ここぞというときには怖がらないくせに。
特に。特に! 私に対しては四六時中恐怖しているような気がする。まったく失礼なやつ。まさかとは思うが、私のことを恐ろしい魔女だとか考えたりしていないだろうか。こんな献身的な女は居ないだろうに。……その泣きそうな目を止めなさい。正直ものすごく押し倒したくなる。
装備だって整えた。佑香から譲ってもらった長剣を愛用しているのはちょっと癪に障る。けど他はほとんど私が揃えた。
兜や鎧は軽くて頑丈なものを、金に糸目をつけず選んだ。一ポイント。
幸運の首飾りも私が買い与えた。
早駆けの足輪も買った。
防御の指輪だって、佳苗やエルフが贈ったのよりも私が買ったやつの方が似合っている。魔術的な効果も一番のはずだ。毎晩寝ている隙にこっそり魔力を練り込んでいるもの。その指輪が絶対に外れないように、しっかりと指ごと握りながら魔力を流す。
触れた瞬間、少しだけ手を引っ込められた。震えているし、目は泳いで合わせてくれない。そりゃそうか。たしかに彼はお人好しだけれど、殺そうとされたやつに完全に心を開くほどではないだろう。
慣れたつもりだったが、どうしてもすこし目頭が熱い。落ち着け。三津谷は優しいから、涙を貯めるとすぐ気付かれる。
「……じゃ、早速火の玉を出す練習をしようか」
「うっ、うん……お願いします。綾子さん」
「ん」
彼の指に温かい魔力が宿り、巡り、放たれる。
ばしゅん
とサッカーボールくらいの大きさの火の玉が飛び、百メートル先の岩に正確に命中する。その威力と精度に驚く横顔。尊敬一色の瞳が私に注がれる。
これだけでなんと満たされることか。もっと頼ってほしい。もっと褒めてほしい。もっと、もっと利用してほしい。
「わ、わ……すごっ……え、綾子さん、これで本当に炎系が苦手なの?」
「まあね」
「本当に凄いなあ、綾子さんは。いつも何でもできる」
「三津谷は何にもできないけどねー」
「う……」
しまった。言い過ぎた。マイナス十ポイント。だってこいつが虐めやすそうな顔をするんだもの。
危ない時はカッコいいくせに、普段はどうしてこう、嗜虐心をそそる振る舞いをするのだろう。わざとやっているのか。わざとだ、そうに違いない。
そんなに小柄な、私の顎くらいしか背が届かない体格で。どうしてそんな薄着で二人っきりになるのだろう。危機感が足りない。いくら嫌っていようが、この間合なら一息で押し倒してこいつの意思なんて無関係に無理やり子供ができるまで……
おっと、危ない危ない。三津谷を悲しませるのは良くない。でもいつまでも我慢はできないので薄着は避けさせよう。
「なんてね」
「……?」
「三津谷だってすぐできるようになるよ」
「本当?」
「本当。あっという間だよ」
乗馬を教えた。これで三津谷の経済活動は飛躍的に広がった。筋はイマイチだけれど。一ポイント。
弓術を教えた。エルフの弓使いは確かにそこそこ良いが、五歳で弓道を収めた私の敵ではない。一ポイント。
食事を与えた。私の手料理をこの男はいつも美味しそうに食べている。胃袋は入り口から出口まで完全に握った。住まいも与えた。衣服だって。一ポイント。一ポイント。一ポイント。
これまで稼いだ二百六十四ポイント。三ヶ月もかかってしまった。
彼と異世界で出会ってから、彼を谷へ突き落としてから、あっという間に季節も変わってしまった。秋が深まるのが早すぎる。焦りが全身を支配していく。
「もう一回教えてよ綾子さん。この感覚、なんとなく掴めそう」
「いいよ」
「よーし……!」
「今の三津谷くんは補助輪付きで漕いでいるみたいなものだから、感覚さえつかめれば一人でもできるようになる」
「よし、よーし……!」
一万ポイントでは流石に許してくれないだろう。でも三津谷は、バカみたいにと頭につけるほどお人好しだから、目標十万。十万ポイント稼げばギリギリ許してくれるかもしれない。
そうに違いない。そうでなければ困る。単純計算で百年かかってしまう。ペースを上げればギリギリ、なんとか間に合うはずだ。私は、三津谷の人生にとって居ないほうが良い女になりたくない。
「よいしょー! ……ん!? さっき一人でやったより飛んだ気がする……!」
「いや、気のせい」
点数を稼ぎ終わったら求婚しよう。それまではどうか、今まで通りそばに置いて欲しい。叶わぬ夢だがそう願った。




