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第四十二話:修行、修行、修行

 手のひらに力を集中し、そのまま一気に前方へ解放。


 瞬間、全身を熱い魔力が駆け巡る。そして手のひらから「ぽむっ」と人畜無害な火の玉が飛び出て、スライムの表面を炙ることすら叶わずかき消えた。


 熱気を不快に思ったスライムが、全くダメージを受けた様子見せないまま跳ねてどこかへ消えてしまう。


 戦果なし。と確認した俺は、がっくりと膝に手を当てた。


「また駄目か……」

「うーん、これは0点」

「……駄目ですね……」


 場所はまたしても草原。先日の修行で剣術に一定の光明を見出した俺は、調子に乗って魔法の強化も始めたのだが。進捗駄目です。


 面白そうに見物していたみなみが呆れて帰り、残ったのは綾子と佳苗。こっちの二人も今すぐにでも帰りそうだ。佳苗は天使なので表情には出さないけれど、内心明らかに手の施しようがないと困っている。


 綾子の方は天使みたいな見た目の悪魔なので、さっきから落第点を告げるだけ。たまに助言はくれるけど。


「……三津谷くんは、こう、魔法に対して独特の視点を持っているみたいなので……その視点をちょっと通常にすると言いますか」

「要はセンスがないよね」

「うぎゃふん」


 綾子の辛辣さよりも、佳苗の婉曲の方がいまは心に刺さる。


 くそ、俺なんでこんなに才能ないんだろうなあ。まあ何事も才能ないのは慣れっこだけどね。でも、せっかく元の世界で一つも才能貰えなかったのだから、こっちの世界では魔法くらいホイホイ使わせてほしかった。


「極端に火炎系の魔法が苦手なのかもしれませんが」

「どうだろ。あいつ、火と泡以外は出せすらしないんだよ」

「……火と泡……、両方ともテイムで獲得した魔法……上総介さんと、次郎三郎さんですか」

「うむ。三津谷が泡を操れるのは余の配下であるからに他ならぬ」


 つまり、テイムしたからその特典で使えるだけ。


 あとは微かな身体強化以外からっきしなのである。その身体強化すら、ちょっと長剣の扱いを違えると指の腹を切ってしまうほど。一般兵でもこれくらいの切込みは魔力で防げる。よわい。


「……! ちょっと。三津谷、血出てる。指切ったでしょう」

「あ、いや、大丈夫。舐めとけば治るよ」

「駄目。この世界は消毒液とかの質が良くないんだから。ほら見せて」


 綾子が馬から駆け下りて手当をしてくれる。


 やばば、感激で目頭が熱い。普段は辛辣なのに、ここぞというところでは優しいんだよなあこの子。


 はあー…………マジでお嫁さんになってほしい。


 俺だと一生無理だけど。今すぐ生まれ変わってこの世界の住民を引けばワンチャンあるかな。ないか。いやでも奇跡を起こして即時生まれ変わりに成功すれば、俺が十六の時に綾子は三十二歳。


 余裕でセーフだな。アウトか。他の男が放っておくわけがない。難問に頭を悩ませていると、佳苗が試験管を持って俺の指にあてがった。


「あの……一滴でいいので、三津谷くんの血を貰ってもいいですか」

「もちろんどうぞ」

「ヘラヘラしないの。げ、なに佳苗、どういう方向の趣味?」

「ち、違います。えと……魔術的には血液って魔力をよく溜め込むんです」

「ふむ……?」

「汗とかに比べて魔力の純度や密度が良い。分析するなら、体液の中で二番目に望ましいです」

「じゃあ、一番目は?」

「……え、と……その、男性の場合は――」


 こそこそと佳苗が綾子にだけ耳打ちする。


 また内緒話かよ。最近のこの二人は本当に内緒話が多い。納得した綾子と佳苗はこちらを睨み、眉をひそめて口をとがらせ、頬は赤く染めている。いきなり怒ってどうした。


「じゃ、今回のところは血で」

「……はい。まあ、そういう理由で、血を吸うという行為が相手の力を奪う効果があったり……詳細は省きますが。血と魔術は密接な関係です。それをこのように分析することで」


 ふりふりと佳苗が試験管の中身を撹拌させる。そうすると瓶のもともとの中身に対してずっと少ない血液は、あっという間に溶け込んで透明になってしまい、そして……


 以後変化なし。


 あれ? じっと何か起こるのを待ちわびていた俺と綾子が、佳苗の方を向く。佳苗は感情をあまり表に出ない方であるが、今は額に手を当て冷や汗をかきながら一言。


「……これはひどい……」

「ひどいの?! え、どうひどいの?」

「あまりにも魔力量が少ない……三津谷くんちゃんとご飯食べてますか」

「た、食べてるよ。というか今朝は佳苗さんに作ってもらったよ。おいしかったよ!」

「う……そうでした。これはいけません……」

「例えば佳苗さんと比べるとどのくらい少ない?」

「反応が無いということは……三つほど桁が落ちるので、千分の一未満?」


 少ないねえ。同じ人間なのにねえ。


「森に居るリスでもうちょっとマシくらいです」


 人間じゃないねえ。


 と、錬金術師佳苗の分析結果に絶望しているところで、綾子が言葉を挟んできた。


「あれ? でもちょっとおかしくない?」


 ……! ここっ、ゼミでやった問題だ!


「おかしいって、俺の魔力が少なすぎるってことだよな?」

「そうだよ」


 そうなんだ。ゼミだと周りがざわざわ騒いで、物凄い火球の威力に驚いたりするんだが。普通に魔力少なかった。


「そんなに少ない割には、三津谷ってぽんぽん火の玉出してない?」

「……確かに……いくら低威力とは言え、貯蔵量がこうも少なければすぐに枯渇するはず」


 またなんかやっちゃいました?


「それはな、小娘よ」

「わ、次郎三郎さん」

「三津谷に代わって余やあの火竜の小僧が魔力を払ってやっているからだ。こやつにとっては大河よりも多い魔力でも、余にとってみれば弾けた泡の飛沫のようなものよ」

「あ、やっぱりそういうことですか……」

「なるほどね。普通はテイムの主従関係が力関係なんだけど、それが捻じくれてるわけか」

「そうだ」


 じゃあ何か。俺は結局火の玉一つ満足に出せないことに変わりないのか。ひどい。


「良かったね、三津谷くん」

「ええ、朗報ですね」

「お嬢さんたち、いまのところ全然良かった材料がないみたいだが。結局俺ってセンスゼロじゃん」

「うーん、じゃあこう聞こうかな。なんで三津谷は無尽蔵の魔力があるのに、小さな火球しか出せないと思う?」

「……?」


 確かに。


 確かに確かに。


 おう上総介、ケチケチしているんじゃないぞ。もっとドバっと魔力寄越さんかい。という感じに上総介や次郎三郎が魔力の融通をせき止めているわけでもなさそうだ。


 綾子も佳苗も心得顔で白蛇を撫でている。む、この感じ、俺はわからないが才能と実力ある彼女たちが分かるということは、また魔法技術に関することか。なら分からん。


「わかりません。教えて下さい」

「うん、簡単に言うとね、魔力を生み出す能力と魔力を使う能力は別なんだよ」

「相関はありますが」

「ほほう……?」

「魔力をバンバン使えても、持久力がなくてすぐ息切れする人もいるの」

「今の三津谷くんは逆でしょうか……?」

「そうだね。三津谷は魔力をいっぱい生み出せる。でも全然出力ができていない」

「そういうことか! ……あ、あれ? それで、どうなるんだろ。言うほどいいニュースかな」

「魔力の貯蓄量と魔力の出力量。貯蓄量の方は才能とか血筋に寄って、出力量の方は訓練でなんとかなるんだって」


 とはいえ血のにじむ努力で貯蓄量は何倍にもなるし、才能だけでバリバリ出力量を確保するやつも居る。あくまで比較的、ということらしい。


 だがそれでも光明だ。先日の剣術におけるひらめきに加え、今回は魔法運用の道筋がたった。


 綾子や佳苗の役に立つ道筋がたった。訓練でなんとかなるということは、言い換えるなら気合でなんとかなる。


「綾子さん、佳苗さん。俺……俺、頑張るよ。頑張って強くなるから、もう少しだけ待っていてね」

「ん、頑張りなよー」

「……はい、お手伝いします……」


 最強の剣士になれば、いつまでもこの子たちの側に居られるだろうか。その未来想像図が実に嬉しく、掛け声とともに火球を放つ。


 相変わらず拳よりも小さいくらいだったが、先程よりも少し遠くに飛んだ気がした。

少なすぎるってことだよな→そうだよ の精神

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