第四十一話:手ほどき
佑香たち五人組のグループで誰が一番苦手かと聞かれると、非常に困難な問だと言わざるを得ない。
美島椿先輩はまっさきに消去される。優しげな表情が印象的な和風美人。この人が苦手だなんて男子、居るはずがない。
……いや、最近仲良くなって思ったけれど、あの人顔はにこやかでもやることは強引なところがあるんだよな。シグネにふらふらとついていこうとした時に、ぎちりと握られた肩の指跡は三日たってもまだ残っている。
でもまあ、それでもなお椿が苦手ということはない。基本的には優しい人だ。
で、残り四人から誰を消去法で消していくかと言うと、これは無理。全員苦手。佑香やアンナの見下すような視線は一生慣れる気がしない。
アイツら俺をその辺のダニかミトコンドリアと同一視しているんじゃないだろうか。そうに違いない。
ただまあ、最初に話した時に比べれば鼻で笑われることは少なくなった。だから驚くべきことに、一番苦手という問いからは佑香もアンナも消去され――
「先輩、三津谷先輩」
「わ、皐月さん。どうしたの、かな」
「あの、私たちこれから魔物狩りに行こうと思っててぇ」
当の本人たちが来た。その可愛らしさに思わず言葉が渋滞する。
ちょろちょろと小柄な体を、計算され尽くした足運びで可愛らしく揺らし(――俺はこれをモテカワ愛されステップと密かに呼んでいる)、ぱちっと上目使いを決めたのは小早川皐月。
俺の一個下の後輩で、つまり無敵の高校一年生。ふわりとした明るめの茶髪。タレ目がちの目元。背は低いがこれでも女子サッカー部で、夏の大会はルーキーながら全国でもいいところまで行ったらしい。
なんで陽キャってスポーツが上手いやつばっかりなんだろうな。俺のようなモブ底辺男子には危険な相手だ。
こうやって可愛らしい視線を投げかけて、常に実利を稼ごうとするしたたかな女だ。乗せられないように要警戒。
「でもぉ、この前のことでちょっと怖くなっちゃってー……、ぐすんっ、先輩に付いてきて欲しいなー……」
「ああ、もちろんいいよ」
「ホントですかー! 嬉しー! じゃ、荷物よろしくでーす」
「はーい」
あれ? おかしいな、警戒してたはずなんだが。
皐月から手渡された荷物を抱えながら疑問に思う。どういうことだ。どこかで幻術でもかけられたか。
ぐすんっ……とまったく濡れていない目元を拭った皐月を見て、つい思考回路がショートしてしまった。君の涙は相手の回路に滴下しているのかな。
身軽になってばたばたと愛馬に駆け寄っていく皐月。短めの丈のスカートが翻るのに目を奪われていると、横からもう一つの荷物を差し出された。
「三津谷さん、これも」
「あ、はい」
荷物の持ち主は藤堂みなみ。
同い年のこれまた美少女でしかもめちゃめちゃ頭がいい。東大模試とか普通に受けて普通に全国一位を取ってくる子だ。
ちなみに俺は地元のマイナー大学をE判定。Eて。ふん、異世界に転移した以上、テストの成績や学歴など関係ないのだ。だから悔しくなんかないのだ。嘘だ。IQが違い過ぎて、たまに言っていることがよく分かんなくて悔しいのだ。
なんか可愛い子ばっかりで飽きてくる、とはちっとも思えないのが男子高校生の悲しい習性。
姫野佑香、美島椿、崎田アンナ、小早川皐月、藤堂みなみ。五人揃えば生徒の人垣が割れる、(佑香あたりは一人でもかち割る)我が母校最強無敵のメンバーだ。
その中でもこの二人は、男を顎で使うのに喜びを覚えるという意味で俺の天敵だった。
――
草原で皐月とみなみが馬上から見下ろす中、俺はまたしても強敵相手に死闘を繰り広げていた。
「先輩、よわ~い……」
「ほら三津谷さん、もう一匹行ったよ」
「くっ……また増えたか……! てやあああああー……あっ、あわわわ……」
先日佑香から譲ってもらった長剣を構え、そして思いっきり横に振る。
が、振りが鈍すぎて躱されてしまった。
剣の重さに引っ張られて回転が止まらない。完全に体幹がめためたになった俺に向けて、軟体生物スライムがむぽむぽと弾みながら突進。止めきれない。したたかに肩を打たれてぶっ倒される。
ある程度修羅場を越えてきたつもりだったが、スライム三体に手も足も出ない。革命スキル抜きの俺本来の実力は大して代わっていないらしい。
おかしいなー。綾子や佳苗にたっぷり鍛えられているはずなのに。土木作業も結構頑張っているはずなのに。
ひっくり返って空を見ながら反省。もう少し厳し目に鍛えたほうが良さそうだ。
「うわあ……先輩弱すぎて引きます……」
「だっっっっっさいなぁ……」
うるさいなあ。
とは口に出せず。他の子たちのくすくす笑いは最近少なくなってきたが、この二人だけは別。俺の欠点を見つけてはケラケラと笑い話の材料にしている。
「あれ、でもおかしくないですかあ? あの時はもうちょっとマシだったような」
「あ、気付いてなかったの? あれ多分外付けの魔力使ってるのよ。そでしょ? 三津谷さん」
「うう、はい……その、使い魔に魔力を分けてもらっていまして」
「え、じゃあ先輩の本当の実力って、こんなもん?」
「こんなもんです……」
呆れた皐月が馬から飛び降り、勢いそのままに剣を振るう。
転移時に皐月が振り分けられた職業は剣士。
佑香と同じだが、長剣での一撃必殺を旨とする佑香とは流派が違う。小刻みな足運びとダイナミックな連撃で敵を削る、フェンシングのような流派だ。今回は連撃など必要なく、スライムを一刀両断してしまったが。
「いいですか先輩。剣の握り方はこうです。先輩は構えが固すぎ」
「わ、わ、は……い……」
残り二匹で手本を見せてくれるらしい。
皐月はその小柄な体を俺の両腕の間に潜り込ませ、背中を俺の胸板に押し当ててくる。ちょっと……普通動きの指導をするなら位置が逆でしょう。背が小さいからってなんで腕の中に入ってくるんですかなんで。
「えいっ、えいっ、と。こうです、こうやって振るんです。わかりますか」
「…………はい」
「ふ、ふふ。ちゃんと見てますか」
「み、みて……ます」
「もう一回行きますよ~」
皐月が剣を振るたびに、ぐいぐいと彼女の可愛らしい尻が俺の腰に押し付けられる。柔らかな感触から必死に意識をそらそうとしても限度がある。
男を手駒にするためにわざとやっているんだろうが、なんて無防備なんだ。俺じゃなかったら押し倒していたかもしれない。感謝しろよ。俺が紳士的であることに感謝しろ小娘。
……まあ、そんなこと思っても出来ないヘタレなだけなんだが。
「はい、二匹目撃破。簡単でしょ?」
「…………」
「あ、黙っちゃった。皐月やりすぎ」
「ふ、ふふ、やば、もしかして先輩って――」
こしょこしょと皐月とみなみが小声で話している。
もしかしての先は何だよ。いくらでも陰口を思いつきそうだし、その全部を話しているだろうことは想像がつく。やっぱりこの二人が五人娘の中でも性格最悪だ。
やれやれ、もういい。
女の子に見られていない方が集中できる。皐月が狩り残した最後の一体。宿敵のスライムに半身を向けて、長剣を縦に構える。
(ええっと、あの時はこんな感じだったかな……)
革命スキルが勝手に動かしたとは言え、剣を振るう動きは覚えている。
弾みながら体当りしてくるスライム。移動から攻撃に移る瞬間、全身が加速して硬直する。どんなに不規則な動きをするやつでも、その瞬間だけは直線的になるから読みやすい。
初撃がこちらに届く前、剣先を最小限の軌道で敵の急所に押し当てて一思いに振る。
これだ。経験したことのある手応え。
薙ぎ払った長剣がスライムを真っ二つにしていた。やった。やったぞ、初撃破。革命スキルなしで魔物を(最弱のスライムとは言え)打倒した。見たかどや。
こそこそ耳打ちをしていた皐月もみなみも目を見張って驚いている。
「……! い、今のは悪くないな」
「えー! 先輩、やればできるじゃないですかあ」
「……俺、俺……」
「先輩?」
「俺、強くなってるかも」
だってスライムすらまともに倒せたことがなかったのだから。これは明らかな進歩だ。
きっかけは革命スキルの動きのトレース。もしかして、革命スキルが発動した時の身のこなしが経験として残っている? しかもその動きは強者を一撃で屠る動き。
皐月の指南も成功してみれば的確だったように思えるし、これを積み重ねていけば……もっともっと綾子の役に立てるかも。興奮して思わず皐月の両肩を握る。
「皐月さん!」
「はっ、はい。やっ、ちょっと痛いです先輩」
「今の! 今の握り方もう一回教えてくれ! お願い!」
「ふ、ふーん……ようやく私のありがたみが分かりましたかぁ……綾子先輩だけ構うのを改めるなら、考えてあげてもいいですよー」
「お願い!」
「ちょっと、三津谷さんにはそろそろ私が魔法を教えるんだけど」
今までの修行でなかった明らかな手応え。俺はついに、戦士として一段高いステージへ手をかけようとしていた。




