第四十話:エルフ式輸出管理政策
初陣とその戦果を褒められ、綾子から丸一日休みを貰った。やったぜ。
最近はずっと綾子や佳苗たちの補佐のために走り回っていたから、急に手持ち無沙汰だ。異世界に来たほうが万倍勤勉になっている気がする。
突然の余暇をどうしたものかなと町並みを歩いていると、
「あら、三津谷くん」
「あ、椿先輩! こんにちは」
「はい、こんにちは」
美島椿に出くわした。
佑香たちの五人組グループのうちの一人。学年一個上の三年生美島椿は、俺の中で佑香グループ怖くないランキング第一位である。自然と手をもみ敬う姿勢へ。
しっとりとした黒髪を結った女性。この子だけは五人組の中で唯一、くすくすと俺を嘲笑することがない。つまり女神だ。仕事をお手伝いするときも丁寧に教えてくれるし、五人組に用事がある時はだいたい彼女を通す。
そうすると佑香の機嫌が悪くなるので佑香に話を振り、そうすると誰かしらの機嫌が悪くなるので……要はアイツら全員かまってちゃんなのだな。見た目が良くてちやほやされて育ったせいで、精神的に未熟なのだろう。きっと。
しかも今はちやほやしてくれる男子が俺しか居ないものだから、大概の雑用をこっちに押し付けてくる。そしてその厄介者のうちの一人が、
「ん、三津谷じゃない」
「あ、アンナさん。どうも、お疲れさまです」
崎田アンナ。
銀色混じりのショートボブ。身長はえらい高く、元の世界では確かバレーボール部だったらしい。
詳しくは知らんが両親のどちらかが欧州のどこだかにルーツがあり、そのため顔立ちは日本人離れしている。
まあ、こっちの世界でエルフとか見ているから、堀が深かろうが鼻が高かろうが全然怖くないけどね。
全然。
全く怖くない。
「三津谷、これ持って」
「はい」
「こっちも」
「はい」
「椿のも持ちなさい」
「はい」
「はあ、もう肩凝っちゃた。こっちの世界ってスマホもパソコンもないから、伝票とか全部紙なのね。運ぶのめんどくさいんですけど。三津谷、運び終わったら肩揉んでくださいね」
「はい」
怖いのである。
美人なのは認めるが目つきが悪すぎる。体格も違うし、殴り合ったら性別差を余裕で覆されてワンラウンドKOされる気がする。基本的に応対は敬語、さらに言うとアンナとの会話は「はい」が九割を占める。
くそ、小鬼なんかに負けてたくせに……。ということをこの前遠回しに言ったら、肘を極められて軟骨が「パニィ」って鳴ったので心のなかで留める。
まあ、ゲームならともかく奇襲を完璧に決められて挽回できるなんて現実ではありえない。体勢万全での椿やアンナの実力は、異世界人の中でもかなりのものだ。
椿はエルフに匹敵する弓使いで、アンナの方は――
「あーあ、三津谷に魔物狩りを禁止されて、魔法の腕がなまっちゃいますね~」
魔法使い。それも例のごとく、元の世界で優秀だった彼女もまた優遇されている。
通常の魔法使いスキルに加え、呪術的な効果をその魔法に乗せることきるのだ。火傷とか毒とか疾病とか、火球を食らわせた相手が耐えきっても時間が獲物を殺す。
うへー怖い。不良っぽい見た目にお似合いのダーティースキルだ。とは当然口に出さず心のなかで留める。
肘関節は二つしかないからな。大切にしていこう。
「べ、別に禁止しているわけじゃありませんが」
「そうなの? じゃあ椿、軽くその辺で――」
「でも危ないことは駄目ですよ。女の子なんですから」
「……んっ、う……そする……今日はやめとこかな……やめときましょう」
素直になるタイミングがいまいちわからん。強いて言えば先日の小鬼に関することか。危ないことをしないように、というとアンナも椿も、そして他の娘たちも割合素直に言うことを聞いてくれる。危ない思いをしたのだから当然だ。ちなみにそれ以外は全然お願いを聞かない。
こうなればしおらしいのだが、それはそれで微妙に怖かったり。先日の苦戦の記憶が呼び覚まされたのか、そしてその時の恐怖感を和らげたいのか、アンナと椿が、
じりっ……
と肩を寄せて距離をつめてくる。最近は寄ってき具合に遠慮が薄くなって、自分より体格のいい椿やアンナに挟まれると怖い。大型トラックに幅寄せされた時のあの感覚。
なぜだろう。身の危険を感じる。
痛い。どうして肩を掴むんですか。どうして脚で挟むんですか。どうして――
「止めなさい。嫌がっているでしょう」
「……あ?」
小鳥のように軽やかな声がアンナたちを制止した。応じたアンナの不満げな声は、小鳥に対してシベリアトラって感じだ。
そこに居たのは実に高貴な気配を放つ女性だった。砂金を流したような金髪。背筋が凍るくらいに美しい白い顔は、今はほぼ不透明なヴェールで覆われている。豊かで完成された肢体もまた絹のローブで覆い隠し……
「って、あれ、シグネ様……?」
「はい、お久しぶりです葉介様」
「ど、どうしてここに? あれ、森の外に出ても大丈夫なのですか」
「ええ、エルフが森を出てもいい場合は二つだけございます」
「二つだけ」
「はい。一つは盟約を果たす場合。そしてもう一つは……伴侶に逢いに行く場合です」
シグネはヴェールを近づけて、そうこっそりと耳打ちしてくる。
え、シグネ様結婚してたの。超ショックなんですけど。しかも相手は森の外ということはエルフではなく、もしかしたら人間……? うわ超羨ましいんですけど。
奇妙に胸が痛む失恋感に憮然としていると、シグネが俺を抱きしめてくる。大変緊張するが、先日教わったエルフ式の挨拶だ。
シグネの長い腕で抱きしめられ、腰が腰に当たり、シグネの豊かな胸元に強制的に顎が乗る。柔らかすぎて全身の力が抜ける。シグネに抱きとめてもらわないと崩れ落ちているくらいに。
ヴェールを通しても分かる美貌に見つめられると、「いやこんな挨拶エルフの集落でやっている奴居ないけど」という疑問も霧消してしまう。
「葉介様」
「は、ひ」
「先日交易品にお持ちいただいた火の魔法結晶ですが」
「あ、ああ、うぉるけの、山脈の……」
「はい、術者に調べさせたところ大変貴重な品だそうで」
「そ、それは、よかっ、よかったです」
抱きしめるシグネの指が、つつと俺の頬を伝い上がり、耳をいじり始める。触られる前から熱かった耳たぶだが、熱くなりすぎて火の魔法石もかくやという色になっているに違いない。
「ただ……残念なことに、前回は量をあまり頂けませんでした」
「あ、あ、はひ」
「葉介様、単価を三倍にして構いません。ですのでもう少しだけ流通量を増やして頂けませんか……?」
「あ、う」
OKです!!
と快諾しそうになったが、かろうじてもう一人のご主人さま厳命されていた言いつけを思い出した。
「す、すみません、シグネ様。あ、あれは武器への転用が可能なので……日用分以外は入れないように言われていまして……」
「む、綾子ですか」
「はっ……」
「我々と葉介様の仲を裂くだなんて忌々しい女ですね、相変わらず」
シグネの口ぶりは辛辣だが、エルフは本当に嫌う相手に感情を見せることはない。綾子のこともある程度尊重するビジネスパートナーくらいに思っているのだろう。ただし仲は悪い。
「でも、それだと我々の森の守りが疎かになってしまうかもしれません……」
「そ、それはもちろん、自分が責任を持って森をお守りします……!」
「ふふ、嬉しい。でもね、葉介様、少しだけ出して頂けませんか。少しだけ、ほんの少しだけ、こっそり出してしまいましょう?」
はいOKです!!
と承諾しそうになった。蠱惑的すぎる。
が間一髪、絡みつくようなシグネのハグに顔を真赤にしていたアンナたちが、ようやく我を取り戻して引き剥がしてくれた。助かった……うっかりガバガバ輸出するところだった。
「ちょっと、嫌がっているでしょう! 止めなさい!」
「大丈夫ですか、三津谷くん」
「……はっ! お、俺は一体……?」
「ふん、人間の娘。綾子の仲間ですか。逢瀬を邪魔するだなんて無粋なことを。葉介様、交渉は次に森でお会いする時に。是非、前向きにご検討くださいね」
ふぁさり
と金髪をかきあげるシグネ。その胸元が上下に揺れるのにつられて、首が自動的に縦に動く。催眠術かな。
バシン
バシン
と両隣の女子に肩を叩かれなければ自我を保てないところだった。
森のエルフ恐るべし。にこりと笑う椿やぎりりと歯ぎしりするアンナも恐るべし。
怖い女ばっかりじゃねえか。




